第40話 甘えん坊


 お父様はどこにでもいるような普通の父。変に偉ぶったりしないし、私達を大切にしてくれる気さくな人。

 お母様は己の道をひた走る強い人。私たちにあまり関与しないけど、大事な時にはビシッと決めるようなそんな母。

 お兄様は無表情でクールだけど、黙々とやることをやっているタイプ。異母兄妹だけど、私とジュリアを差別しない。というか、私とジュリアどちらにもあまり関心がない。

 ジュリアはいつもほっておけなくて、本当にポンコツで本当にアホで、空回りばっかりしてしまう。いつもいつも要領が悪くて、私が手を引っ張ってあげないと足を前に出せなかった。そんな姉。



 ーーーー私はこの平凡な家族の中で、しっかり者の末っ子だと自負していました。ジュリアの何かを奪うときに猫撫で声をあげることはあっても、誰かに本気で甘えたことなんてなかったのです。


 レックス様の腕の中はとても心地がよくて驚きました。私の頭を優しく撫でてくれたり、背中をさすられるたびに温かい気持ちになります。


「‥落ち着いたみたいだね」


 レックス様の声はいつもと変わらない筈なのに、何故だかとても安心感がありました。


 落ち着いたと言ったら、もう抱きしめるのはお終いなのかしら‥‥。


「‥‥‥まだですわ」


「ふふ」


 すっかり声の震えも収まり涙も引っ込みました。未だこうしてレックス様の胸を借りる理由なんてないのです。それでも、この熱から離れたくない‥とそう思いました。

 それを見透かしてか笑い声を溢すレックス様。本来ならば私は絶対に怒っていた筈です。


 だけどそんなことよりも、私を温かく包んでくれるこの熱を、ただただ感じていたかったのです。


 あんなにレックス様のことをボロクソに言っていたのに。そんなレックス様の胸が、こんなにも心地良い。

 胸を借りて泣くなんて恥ずかしいことでしかないと思っていたのに、支えてもらっている安心感がある。‥‥こんな安心感をジュリアも感じたのかしら‥‥。それなら‥‥どれだけ幸せなことでしょう。


 不器用で、空回りして、要領が悪くて、それでも一生懸命で。そんなジュリアが、こうして心を包んでくれるような相手に出会えたのなら、どれほど幸せなことか‥。


 またじわりと涙が滲むと、レックス様は当たり前のように私の涙を優しく指で拭う。まるで溢れ出た私の気持ちを、ひとつひとつ掬い上げてくれるような、丁寧で優しい指。


 ‥‥私も、凄く幸せなんだとふと思いました。

何十歳も年上のおじさまと結婚しなきゃいけない令嬢だって沢山います。まるで人質のように嫁ぐ人もたくさんいます。


 でも、私はこの人に包まれて幸せを感じてる。惚れたと伝え、好きだと返してくれる人がいる。


 寂しいけど、温かい。そんな不思議な時間でした。何か大きなものを失ったような喪失感に駆られたのに、ジュリアも私も幸せ者なんだと気付かされた、そんな安心感。


 何故だかレックス様がとても愛しくて愛しくて。私の頭を撫でる優しい手も、私を無条件に安心させるその優しい声も。ただただ愛おしい。


 レックス様の胸にすりすりと顔を擦り付けました。私自身もなんでこんなことをしているのかなんて分かりません。でも、こうしたかったのです。


「えーー‥‥これ以上殺さないで欲しいな‥」


 レックス様の困惑した声が聞こえてきました。


「‥‥ころ?」


 何を突然物騒なことを‥と思い尋ねると、レックス様は私の頭に顎を乗せたまま言葉を落としました。


「‥‥普段ツンツンしてるくせに、こんな甘えたな本性見せられたら‥もう、なんていうかねぇ」


 あーー。そうね、そうなのね。わたしのこの姿は甘えん坊でしかないのね。‥‥別に好きでこうしてる訳じゃないわ。落ち着くからこうしてるだけなのよ!


「‥‥このくらい普通だと思いますけど?」


「おっとそうきたか‥」


 レックス様はおかしそうにクスクス笑っていました。ほんの少し、照れ臭さや小っ恥ずかしさを感じますが、私はどこか吹っ切れたように、レックス様の胸にひたすら頬を擦り付けました。

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