第15話 手紙 *ジュリア視点


 同い年の姉妹。幼い頃は常にアリーと過ごしてた。見た目もぜんぜん違うし、性格も違う。双子じゃないけど同い年。


 私は昔からすごく不器用だった。アリーはとても器用で、賢くて、家庭教師のマリエル先生もアリーのことをよく褒めてた。同じ部屋で学んでいても、アリーはいつも私より先にいた。

 お父様もお兄様も、お母様も。私を責めたりはしなかったけど、私はいつもどこか劣等感があったのだと思う。


 大好きなアリーに置いていかれちゃう、と。


 マリエル先生に限らず、家庭教師の先生は時に手が出る。けどそれは当たり前のことだったし、私ができていないから仕方がなかった。何度か叩かれたことがあったけど、恥ずかしくてアリーの方を見れなかった。


 アリーに置いてかれちゃう、アリーに呆れられちゃう。見損なわれて、もう一緒に遊んでくれなくなるかもしれない。


 当時は多分7歳くらい。今よりもっと心が弱かった。

 マリエル先生はまだ来ていなかったけど、私は宿題の用紙をじっと見つめてこれから起こるであろう出来事に怯えていた。宿題の内容は楽譜を読むこと。音楽は特に苦手だった。今日の授業の内容は文法学だから、音楽ではないけど‥昨日音楽の授業のあとに出された宿題がいま手にしている用紙だった。


「なんでそんな顔をしてるんですの」


「‥アリー‥‥」


 アリーは背筋をピン、と伸ばしていていつでもかっこいい。私の背中は曲がっていたから、少しでもアリーに近付けるように胸を張った。


 アリーは私の宿題を横目で見ていた。一瞬眉を顰めてたから、やっぱり内容がよくなかったのかもしれない。


 楽譜の読み方、未だにところどころ難しくて‥侍女に手伝って貰うとすぐにバレてしまうから、1人で一生懸命やってみたけど自信がない。今日も、叩かれてしまうかもしれない。


 すぐにマリエル先生がきた。マリエル先生はアリーの宿題を見て、満足そうに笑っていた。


 やっぱりアリーはすごい。なんでも簡単にこなしちゃうんだよね。


 次にマリエル先生が私のところに来ると、私は恐怖から肩が強張ってしまった。


「‥‥っ、ジュリアお嬢様‥これはなんですの?!」


 やっぱり‥怒られる‥!そう思って目をぎゅっと瞑った。


「それは私が書かせましたの」


「「‥え?」」


 マリエル先生と私の言葉が重なった。


「ですから、私が意地悪して不正解を書かせましたの」


 アリーが嘘を吐く理由が私には分からなかった。


「ち、ちがっ」


「なんということですのっ?!」


ーーーバチン!!!


 アリーの金色のふわふわの髪が激しい音と共に揺れて、一瞬時間が止まったような気がした。


「‥もうしませんわ。‥ごめんなさい」


 アリーがそう謝ったことでその場は収まり授業は再開されたけど、私はぼろぼろと溢れる涙を隠すことでいっぱいいっぱいだった。


 マリエル先生が部屋から出ていくと、アリーがやっと口を開いた。


「音の割にはあまり痛くないですわね」


 そう言ってヘラッと笑う。私はダムが決壊したかのように涙が溢れ出した。


「ア、アリー、どういう、つもり‥?」


「私も一度叩かれたかっただけですわ」


「ど、どうして」


「どうしてもなにも‥。そんなことより、早くまともに音符を読めるようにならないと来週また叩かれますわよ!」


「っ」



 バカな私だけど、部屋でぐるぐると考え続けた。


 アリーは私よりも器用で賢くて、私よりも何歩も先を歩いてるんだと思ってた。手の届かない遠くまで離れてしまうんじゃないかと思ってた。


 だって頭が悪くて、容量も悪くて、いつもいつも怒られて、叩かれて。こんな私、恥ずかしいもの。


 だけどアリーは、私の代わりに自ら叩かれた。

よっぽど呆れて庇ってくれたのかなと思ったけど、たぶん違う。


 数歩先を歩いていたアリーが、私のいる場所まで戻ってきて手を伸ばしてくれたんだと思う。一緒に歩こうって言ってくれたんだと思う。


 私はこの日、ぼろぼろ泣きながら部屋で楽譜をひたすら読んだ。

アリーに待ってもらったり、戻ってきてもらわなくても大丈夫なように、自分でも努力して進まないと。


 私は字もすごく下手だった。だけどたくさん練習して、この時初めてアリーに手紙を書いた。


『アリー‥これ』


 緊張したけど、アリーは顔を真っ赤にして口を尖らせながら受け取ってくれた。


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せかいでいちばんだいすきだよ


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 それだけの文章だけど、何度も書き直した。

心を込めた、アリーへの手紙。

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