第6話 次は貴女ですか
パーティーが終わって数日。未だにこの私が他の誰かにしてやられたという事実に苛立っているのですが、今はそれは置いておきましょう。
何故かって?
「Cは現在応接間におります。10分程前にジュリア様が入られた為、既に数点購入している可能性がーーー」
スーザンの言葉を耳にしながらもかなりのハイスピードで廊下を歩く。ハイヒール競歩選手権があれば私は間違いなく世界チャンピオンですわ。
ーーーバァン!!!
「‥‥おほほ、ごめんあそばせ」
少し既視感があるわね。応接間の扉、ちょっと軽すぎるんじゃないのかしら?
「アレクサンドラお嬢様。お会いできて光栄でございます。今日は生活に花を添える素晴らしいアイテムを沢山ご用意致しましたので、アレクサンドラお嬢様も是非お手を取ってご覧くださいませ」
「私も光栄ですわ、デリック男爵。いつもありがとうございます」
ロボットのようにぺらぺらと定型文が飛び出したこの人はデリック男爵といいまして、この地域ではとても有名な目利きの商人であり、デリック男爵に世話になっている貴族はかなり多いでしょう。我が家もそのうちのひとつということです。問題なのは‥‥
「お久しぶりですね、アレクサンドラお嬢様」
「‥そうね‥‥」
そう言ってにっこり微笑むデリック男爵の愛娘‥クラリッサ嬢。そう、私とスーザンがCと呼ぶ女ですわ。
クラリッサ嬢はデリック男爵に影響されたのか、各国の商品を個人輸入して小さな商売をしております。本日のようにデリック男爵に同行し、ちゃっかり自分の商品を売りつけてくるのです。
デリック男爵はクラリッサ嬢を酷く愛しており、クラリッサ嬢を止める気配はありません。
「‥‥お姉様、それは?」
「あ‥!これですか、ふふっ、」
ジュリアが非常に嬉しそうです。嫌な予感しか致しませんよ、ええ。
「これは、東洋で大変人気な発毛剤らしく‥」
「発毛剤」
「ええ!凄い効き目があるって、クラリッサ嬢がお勧めしてくださって‥」
頬を紅潮させて喜ぶジュリアに、私はくらりと目眩がしました。
ちょうどその時でした。応接間の扉が開かれ、母が姿を現したのです。
「あら貴女たちもいたのね」
デリック男爵がまた定型文の挨拶を母に行っている隙に、私はジュリアの腕を取りました。
クラリッサ嬢は私がクラリッサ嬢の商品を買わないことなど分かりきっているので、ジュリアから巻き上げた現金を巾着袋に入れて大切に抱え込んでおります。
「クーリングオフは?」
ジュリアの腕を引いて立ち上がらせます。見下ろす様にしてクラリッサ嬢に圧をかけます。が、彼女とっても図太いのです。私の圧などまるで気にしません。
「返品交換は受け付けないと最初にジュリアお嬢様にお話ししておりますので」
そう言ってにっこり微笑まれました。
くっ‥‥!もっと早く駆け付けられていれば‥‥!!
私は自身の部屋まで一直線に戻りました。もちろんジュリアの腕を引いたままです。ハイヒール競歩の代表である私についてこれず、ジュリアは何度も転びそうになりました。もちろん本気で転ばないよう最低限の配慮は致しておりますが。
部屋に入るなり、私は大きく深く、そして長く。盛大に息を吐きました。
呆れてものも言えないわ‥‥。発毛剤‥‥‥はぁ。
「‥‥それ、使いますの?」
「え、あっ、これ?いつか使えるかと‥」
はぁぁぁ。
「お姉様、使わないものを買っても金の無駄です」
「えっ」
「お父様もお兄様も禿げておりません。レックス様も禿げておりません」
「たしかに‥。あ、でも、もしかしたらいつかお母様が‥‥」
「殺されますわよ?」
「ひっ!‥あ、その、もしかしたら私も禿げるかもしれませんし、アリーも、その、いつか‥!」
私はジュリアに禿げの心配をされているのね。覚えておきましょう。
私は再び溜息を吐きました。本当に馬鹿馬鹿しい‥。
苛立ちながらも、私は棚の上からキラキラと輝くピンク色の容器を手に取りました。
そしてそれをジュリアに押し付けます。
「こ、これは‥?」
「お姉様の髪、毛先が乾燥していて見ていて不愉快なんです。このヘアオイルは若い女性に流行っているもので、質も良いです。お姉様のその乾き切った砂漠のような髪も少しはマシになるんじゃないかしら」
そう言って、受け取りなさい、と更に押し付ける。
冬が近付いているからか、乾燥シーズン到来です。保湿剤なんかを買うのであれば何の文句も言わないのに‥
「わ、私に下さるの‥?」
「早く受け取ってくださる?
その代わり、その発毛剤は私が貰うわ」
「えっ」
「大切にするから(禿げの金持ち見つけて売りつけてやる)」
私はジュリアの答えを待たずして、その手から可愛げのない真っ黒な容器を奪い取りました。
ジュリアはしゅんっと眉を下げているものの、私のお下がりのオイルを視界に入れ、小さく口角を上げます。
「‥それと、お姉様。もう何度も言っていますが。
クラリッサ嬢の話は右から左に流してくださいませ」
どんだけ魅力的な商品でも、使えなかったら意味がないのよ。
「‥‥うん」
ジュリアが小さく頷いたので、私はまた盛大に溜息を吐いてジュリアを部屋から追い出したのでした。
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