第7話 時には犠牲も必要ですの


 ソファにどかっと腰をおろし、自分の髪の毛を手に取る。

ジュリアよりも水っけのない金の髪。‥‥はぁ、あのヘアオイル、限定品で高かったのに‥!!


 目線を下げて項垂れると、視界に入るのは大きな木箱。一応この部屋の雰囲気に合わせた白を基調とするアンティークなデザインです。


「‥‥あぁ‥‥」


 情けない程に力の無い声を漏らしながらそのボックスを開けました。この箱はパンドラの箱なのです‥。何が入っているのかって‥‥?


 一度でも使えば絶対に呪われるというヘアブラシ、黄金の眼鏡置き(我が家に眼鏡をかけている人はいません)、必ず棘が刺さる木製の指圧棒、臍の匂いがするという安眠枕(かなり臭いので袋に入れて密封しています。一体誰の臍の‥)、そして今回の発毛剤‥。もちろん他にも沢山入っています。これらは何なのかって?ーーーもちろんジュリアから奪ったものたちですわ‥。


「どう思う‥スーザン‥」


「‥‥アリー様が不憫ですね、その、健気で」


「は?健気?」


「いや、その‥ジュリア様の為に‥」


ーーーは?


「ジュリアの為ですって?!何を言ってるのよ。‥お姉様のあんな滑稽で無様な姿が周囲に知られたら、恥をかくのはこちらだもの!!お姉様の為じゃないわ!自分の為よ!」


 私がそう捲し立てると、スーザンはしばらく黙った後に小さく頷いた。なんなのよその反応。


「‥それにしても、ここ数年ですよね。ジュリア様がこのように‥‥‥その、しょうもないガラクタを買われるようになったのは‥」


 スーザンよ。躊躇ったのならちゃんとオブラートに包みなさいな。まぁ私の前だし他に漏れないから別にいいのですけど。スーザンはそう、辛辣なんです。


「買い与えられるのではなく、自分で選んで買える‥それが嬉しかったんじゃないの?」


 そう言って、パンドラの箱のしょうもないガラクタ達を見つめた。


『アリー‥これ』


 ふと幼い頃の記憶が蘇って、首をぶんぶんと横に振る。そんな私をスーザンは不思議そうに見つめていた。


「‥‥捨てればいいじゃないですか」


 こんなもの。とスーザンの声が続いたように感じた。


「‥‥分かってるわよ。でも全部高額で買わされてるんでしょうし、ただ捨てるだけじゃ癪だわ」


 スーザンはそうですかと小さく笑って‥それから顎に手を当てた。


「それにしても、ジュリア様‥公爵夫人って、その。大丈夫でしょうか(‥‥あんなにポンコツなのに‥)」


 ポンコツなのに、とでも思っているのでしょうね‥。公爵夫人ねぇ‥。私は遠い目をして窓の外を見ました。スーザンも全く同じ表情で窓の外を見ています。


 ‥貴族教育はしっかり受けていたし、食事や挨拶などのマナーも完璧と言っていいでしょう。ドレスや装飾品においては圧倒的にセンスがないけど、ドレイパー公爵家で新たにまともな侍女を用意してもらえばそこはどうにかなるでしょう。

 しょうもないガラクタを買い続けたとしても‥まぁ、その。夫となるレックス様がそれをお許しになるのであればどうにかなるのでは?それが周囲に伝わったら笑い者になってしまいますが、それもまともな侍女がいればなんとかなるでしょう。


 なんとなく手のひらが痛いと思いきや、いつのまにか拳を強く握りしめていたようです。爪が食い込んで痛いわ‥。

 何を考えていたかって?‥あの胡散臭いレックス様の笑顔ですわ。


 コイントスをするまでは、物腰も穏やかで包容力も感じていましたわ。そんなレックス様なら安心できましたが‥どうにもむしゃくしゃ致します。


 途中で辞めると言い出さなかったり、最後の最後までムキになっていた私も悪いのですが、レックス様‥敢えて私を苛立たせようとしたんじゃないかしら。少なくとも、バレないようにしないと!という雰囲気は全くありませんでした。


 つまり‥婚約者の妹をおちょくり、腹の中で笑っていたんじゃないかしら。‥‥チッ。


 日に日に思い描いていたレックス様像が揺れに揺れていき、私はそんなレックス様の隣にジュリアが並ぶことを、少しずつ不安に思うようになっていったのです。


 弄ばれるのでは‥適当にあしらわれ、ジュリアはそのことにも気付かないのでは‥


 そう思うと、先行きが不安になるのですわ‥。


 あ、いえ、もちろんジュリアを心配しているわけじゃないわよ。そんなわけないじゃない。ノーランド家の一員として、ノーランド家を馬鹿にするんじゃないわよ、とそう思っているだけですわ。



 あ、そういえば、ジュリアが公爵夫人になるなんて大丈夫なの?という会話の途中だったわね。


「‥‥ジュリアをうまく抑制できて、その上レックス様の魂胆も見破れるような侍女がいれば‥。そんな人がいればいいのに‥」


 そう、そんな優秀な侍女がいれば、ジュリアの奇行は格段に減るはず‥。嫁ぐ前じゃなく、今の時点でもそういう人材がいれば私の苦労も減るのに‥‥あ。

 

口に出してみてふと気が付きました。

パッ!とスーザンを見ると、スーザンは同じタイミングでパッ!と天井を見ました。‥そんな直角に真上を向いて‥‥。勢いがよすぎたのか美人顔のくせに顎がしゃくれているわよ、顎が。


「「‥‥」」


 暫くの時間が流れました。

その間に、「いや、でもスーザンを失ったら私がキツいな」と思い至ります。


「「‥‥」」


 私たちは無言のまま扉の方を見ました。


 どうやら私とスーザンは同じことを考えついたみたいね。私たちの視線を感じて真下を向いている侍女が1人。勢いよく下を向いたせいか、下唇が突き出されているわ‥

どうしてみんなして視線を逸らすことがこんなに下手くそなのかしら。


「‥‥ラ・イ・ラ」


 語尾にハートをつけると、ライラは大きく溜息を吐いて膝から崩れ落ちました。


 私が抱える侍女はスーザンだけではありませんわ。

そして、優秀な侍女もスーザンだけではないのよ。


 ジュリアの侍女はジュリアのぽわぽわにあてられてポンコツになっているけど‥ライラはその事情も把握してることだし、ぽわぽわになる心配もないでしょう。


「‥‥‥ひ、ひとでなしぃ‥‥‥」


 ライラの消え入りそうな声だけが部屋に響いておりました。

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