第4話 胡散臭いですわね


 姉には婚約者がおります。お相手はレックス・ドレイパー公子。ドレイパー公爵家嫡男です。歳はわたし達より2歳ほど上でして、艶やかな黒髪に吸い込まれるような碧眼をお持ちの見目麗しい方です。背は高く、物腰も穏やかで、包容力を感じさせます。「あぁこの人なら要領が悪い姉もまぁなんとかなりそう」などと思っていたわけですが‥。


 社交パーティーにはレックス様もご参加されていました。ジュリアは何故か私の周りを控えめに付いてくるので、レックス様がジュリアの元に来ますと、当然私とも距離が近くなります。挨拶や世間話等は既に済ませておりましたので、私はレックス様に特に愛想を振り撒くこともなく、次は誰にご挨拶に行こうかと考えていたのです。

 さすがにレックス様がこの場にいるのですから、ジュリアも私に付き纏うこともないでしょうし。


 キョロキョロと左右を見渡すと、グレン・ペリング伯爵を見つけました。彼はここ最近一番の一押しなんですわ。王宮の事務官ですが、かなり仕事ができる人のようですし嫌な噂も聞きません。背が高く筋肉質で、キリッとした眉をしているのに甘いマスクなんですの。


 私がツカツカと歩き出すと、ジュリアがおずおずと私の後をついてきました。‥‥先程までレックス様と楽しそうにお話してたじゃないの‥!なんでついてくるわけ?!


 周辺が少しざわつきました。側から見ればレックス様と歓談中のジュリアを、私が無理に連れ出そうとしているように見えるのでしょう。


「‥お姉さま、どうなさいました?」


 扇子をぴしゃんと閉じて一瞥すると、ジュリアの肩が震えました。いちいちビクッとしないで頂けるかしら。おかげで私はいじめっこのイメージが定着してるのよ。‥まぁ十中八九正解ですけども。


「あ、あの‥」


 ジュリアは顔を赤くして、もじもじと下を向いております。なんです?私いまから告白でもされるんですの?


 様子を見守っていたレックス様が私たちの元へ来ました。私たちの数歩は彼の長い足ではたったの3歩のようですわ。


「せっかくなのですからレックス様とお楽しみくださいませ」


 そう言って柔らかく笑ってみせる。ついてくんな、って意味ですわよ?察してくださいます?


「っ」


 たちまち不安そうな表情を浮かべるジュリアは、私とレックス様を交互に見ました。


「ほら、レックス様が待ってますわよ」


 あっちいけシッシッとレックス様の元へ送り返すと、レックス様が柔らかな口調で言葉を落としました。低いけれど優しげな声です。


「アレクサンドラ嬢、宜しければ共に楽しいゲームをしましょう」


 な、なんですって?

 レックス様が甘いマスクで微笑んでおります。まさか引き留められると思ってませんでしたが、格上の方ですし姉の婚約者ですし断るわけにもいきません。


「オホホ、なんでしょう、ゲームとは」


 少し顔が引き攣ったかもしれませんね。そんな私とは裏腹にジュリアはホッと肩を撫で下ろしております。


「コイントスです。裏、表を選んでください。アレクサンドラ嬢の選択が当たれば、お好きな所へ行っていただいて構いません。外した場合には、そうですね‥あ、ジュリアさんの特徴を1つ教えてください。まだ深くジュリアさんのことを知れていないので、この機会に是非」


 そう言ってレックス様は目を細める。うん、美形だわ。なんていうのかしらね。誰しもが無条件にうっとりさせられるような顔面‥。オーラもキラキラと眩しく感じるわ。


 それにしても、ジュリアの特徴を教えてくれだなんて、見ればわかるじゃないの。そのまんまです。アホよ、アホ。


「‥面白そうですわね。やりましょう」


 謂わば二分の一ですわ。

私の言葉にレックス様はにっこりと微笑みました。そして、レックス様の親指にコインが乗ります。


「さぁ、どうぞ」


「‥‥表ですわ」


 なんとなくそんな気がするのよ。私、勘はいい方ですの。

レックス様がピンっとコインを弾きました。パンッと音を立て、左手の甲にコインが乗ります。


 さぁ、表でしょう?

扇子を開いて口元を隠し、にやりと笑います。何故でしょうね、すごく自信があるんですの。


「あ、裏ですね。はい、では特徴お願いします」


 あ‥あれ?‥‥勘が外れましたわ。

‥特徴と言われましても、仮にもジュリアの婚約者に「アホです」とは言えないわね。


「‥‥‥まぁ、どんなに滑稽なことも(主に原因はベッキー夫人ですが)周りの目を気にせず(周りが見えてないだけですわ)ひたむきですわね(無駄にね)」


 ふんっと遠くを見てそう言います。ジュリアが頬を緩めて私を見ていることが気に障りますわね。


「そうですか。素敵ですね」


 レックス様はにこっと笑って、「次は裏表どっち?」と聞いてきました。


「えっ」


「あれ、辞めます?てっきりアレクサンドラ嬢は勝利してからやめるのだとばかり‥」


 そんな言い方をされると、いそいそとこの場を去るわけにもいきません。

なんか誘導されてる気がするのですけど‥。


「‥‥裏!裏にしますわ!」


 レックス様はにこっと笑って華麗な手捌きで再度コイントスを行いました。


「あ、表ですね。はい、では特徴お願いします」


「‥‥っ!‥‥‥おおらかですわね(ぽわぽわしてるだけですわ)」


「そうですか。素敵ですね」


 グッと拳を握りしめ、すぐさま選びます。


「裏!」


 今度こそ、今度こそっっ!!


「あ、表です。はい、特徴お願いします」


「っ!!!‥‥か、髪の毛の質、かしらね(無駄にキューティクルが沢山あるのよ)」


 ジュリアが頬をぽっぽっぽと赤らめて、両頬に手を当てて明らかに照れております。私は無性に苛立ってフンッと鼻を鳴らしました。


 なんなの?!どうして外れ続けるのよ!!!


「次は?どうします?」


 レックス様が目尻を下げました。正常な精神状態ならうっとりするような表情なのでしょうが、私はただただ苛ついてしまいます。


「‥‥当然やりますわ!!」




 そうしてこのゲームはパーティーが終わるまで続きました。ジュリアの特徴総勢56個!!よく耐えました、ええ。最初こそ真面目にジュリアの特徴を答えていたものの、後半なんて何を口に出していたかなんて覚えておりません。


 目を回しながらも意地で食いついていた私に、レックス様はにこやかな笑顔を浮かべていました。その笑顔に、心がざわつきます。


 ‥あり得ない。そう、二分の一の確率で外れ続けるなんてあり得ないのですわ。‥‥冷静になった心が段々とヒューッと冷めていき、レックス様の柔らかな笑みが胡散臭く感じてしまいました。負けず嫌いな性格からか、認めたくありませんでしたが、この時やっと認めることができました。


 ‥この男、イカサマしてたわね?


 はい、もちろん自分を恥じております。不甲斐ないですわ。ええ。

‥ええ、もちろんやり返しますよ。近いうちにね。





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