第2話 迷路ー日常
コンコン、扉のノック音が脳に直接響く。
……ガバッ 寝ぼけていて反応が遅れた。僕は、勢い良く体を起こすと
「すみません!今起きました」
扉の奥にいるはずの執事にそう言うと僕は、慌てて部屋の洗面所へ駆け込んだ。
「かしこまりました。お二人共も待っておりますのでなるべくお早めにお願いします。」
執事は、優しく僕に返事をする。急いで朝の支度を整え扉を開けるとそこには、気品のある老執事が背筋を真っ直ぐ伸ばしながら待っていた。
「おはよう。おじじ、遅れてごめん」
「いえいえ、構いませんよ。今日は、珍しく寝坊したのですね」
言われるといつもは、おじじがくる前には支度は終わらせていた。最後に寝坊したのはいつ頃だったか、まるで悪夢を見ていた気もしてくる。
「それでは、今日のご予定を」
おじじは、歩きながらスケジュールを言っていく。おじじは、記憶力はいいはずなのにいつも手帳を広げている。
僕は、片耳でそれを聞きながらも今朝の寝坊について考えていた。ただ、原因に心当たりは無かった。
「おはようございます。父様、母様」
リビングに着くとすでに朝食を食べていた両親に挨拶をする。2人は、食べていた手を止めそれに返事をした。
2人共日々多忙であるのだが、この朝食だけはできる限り一緒に食べようと調節してくれている。それに感謝しているが、朝食中は喋らないのがマナーな為あまり一家団欒とも言いづらい。けれどもこの時間は、僕にとって貴重な時間であった。
朝食の後に少しだけ世間話をすることもあるが、今日は仕事で忙しいらしく二人とも家を離れてしまった。
少しもの寂しさを感じながらも僕も学校へ行かなければならないので自室へ戻る。
僕の登校は、行き帰り共に車で送ってもらう。おじじも同伴してもらい、普段はここで話でもする。しかし、僕は今朝の寝坊に喉に刺さった骨のような違和感があり、それに思考を巡らせていた。
おじじもそれを察してか沈黙している。気遣いのスペシャリストであるおじじのことだ。まるで僕の心の中を読むように行動するなんて朝飯前なのだろう。
結局、今回も思いつく節もなく時間だけが過ぎていった。
学校に着くいたので車から降りると、おじじは「いってらっしゃいませ」とお辞儀をしまた家に戻っていく。
それに返事をすると少し鬱な気持ちが襲う。決して学校は楽しく無いわけでもない。
ただ、何か物足りなさを感じてしまうのだ。
僕の学校は所謂貴族校と言うか、その色が濃く残っている。
「おはようございます」
教室に入るとクラスメートの男子生徒が挨拶をする。ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる姿勢で挨拶をする彼の父親は大手製薬会社の社長。内心では、ため息をつきながらも、僕も同じような形を取りながら挨拶をする。
同い年の生徒に対してもこのようなことをしなくてはならない為、先輩などと会話するのはもっと多くの気遣いが必要である。
普段からおじじ、時には実際に社交場に招待され、このようなことは学んでいるので間違えることはない。ただ、学校でもそんなことをしなくてはならないのは、変に心が落ち着かない。
そんなことが果たして本当に必要なのだろうかと時々疑問に思ったりもする。
ただ、礼儀は厳しいものの普段の学校生活は、お世辞にも多いとは言えないが心を許せる友達と笑いながら話すことができる。
成績も良く、自分で言うのもなんだが模範生として行動できているつもりだ。この現状に不満はなく、幸運にも思っていた。
今日の放課後は、経済の勉強。現状の社会の流れから今後の展開の予想を複数、どれもその対応までを考える。経営者には、持つべき能力の一つである。先生の経験を踏まえた話は、より深い理解を得ることができる。
これは、僕の将来の為に課せられた課題だ。経済だけではなく他にも社交、交渉、演説、ダンスなど将来を約束された僕に必要な能力。これらをマスターすることが僕の道である。
これらを習うことで自分の役に立つことは分かっているので特に不満もない。
むしろ、両親からの期待と応援であると受け取ることもできた。そう、昔までは。
長時間脳を消耗に流石に疲れを感じ、首を大きく回す。今日は、パーティーなどもなく普段よりも早く家に帰ることができたのは、幸いであった。
僕の家は、広さの割には使用人の人数が少なく暗く長い廊下を歩きながら自分の部屋へと戻っていく。
電気を付け明るくなったギャップに目を細めながらもカバンを壁に掛ける。
「ふー」
一息つけると、カバンから教科書を取り出す。満点を取る自信は、あるのだが、明日のテストの勉強を余った時間はやろうと机に座った。
時計をチラリと確認し、始めの1ページ目をめくった瞬間、僕は手を止めた。いや、止めなければならなくなった。動いていると感覚が集中しないから。感じた違和感に五感、そして直感が叫ぶ。
「この普段の日常でしかも後ろにいる私に勘づくなんて君、すごいね」
背後から低い男の声が聞こえた。この家にいる誰の声でもない。けど、初めて聞いた声な気もしなかった。
「そう、君はそれに慣れすぎでいる。それに染まっているから違う色にすぐに気づいたんだね。それは、せまい」
男の声が耳に入るたびに全身に細い針が刺さるような、そんな奇妙な感覚が訪れる。
動かない体を無理やり破り、ゆっくりと僕は後ろを振り向く。こういうのは、振り向くのはご法度。オカルトだったらそっちの方が得策だったかもしれない。だけどこれはオカルトでも何でもない。
悪意のない『自由』の気まぐれだったのだから。
その時の僕は、何故か無性に彼の言葉に惹かれたのだ。まるでパンドラの箱を開ける為の鍵のような。そんなものを持った気分だったかもしれない。
振り向くとそこには、一人の顔が整った高身長の男性が立っていた。
「アッ、」
彼の姿を見た瞬間、頭の中に記憶が流れた。その情報の多さに思わず声を上げ、クラっとよろける。
頭は痛いのに情報が整理され次第に完全に思い出す気味が悪い感覚だった。男は、何事もないように笑顔で喋り始める。その顔も記憶通りだった。
「少年、あなたの抱えているその闇はなんだ?」
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