5-4・ルーホン家の図書室
ティメオと約束の日。ルイーズはルーホン家の門の前で目を真ん丸にして立っていた。
ボラックから景色を見た時、エギスマールの近くにある大きな屋敷には気づいていたが、まさかそこがティメオの家だとは思いもしなかった。
ティメオの家は、エギスマールに来る時にいつもルイーズが出入りに使う門とは、反対側の門を出て十分ほどのところにある。
ルイーズの身長の倍以上あるのではと思うほどの重厚な門の端に、人ひとりが通れる位の小さな門がついていて、ルイーズはそこへ行ってみると、その近くの門の壁にベルが付いているのに気づき、勇気を出してベルを押してみた。
すると、すぐに中から一人の警備員が出てきた。
「何の用だ」
「私はルイーズ・デュボアと申します。ティメオさんに呼ばれてきたのですが……」
「少しそこで待て」
「はい……」
警備員が中へ戻って再び門が閉まると、ルイーズは思わず、ふぅ~とため息をついた。
(確かに、いつも迎えに来てもらってばかりで悪いから歩いて行くとは言ったけど、こんなにも立派なお屋敷だとは想像してなかった。人生で初めて、こんな立派なお屋敷のベル鳴らした……)
しばらく待っていると、門が再び開き、中からティメオが出てきた。
「ルイーズお待たせって、どうしたんだ?」
ティメオがルイーズを見ると、ルイーズはとっても疲れたような顔をしていた。
「何かあったか?」
「いや、何でもないの」
「そうか?」
「うん」
二人は小さな門の中へと入ると、屋敷まで続く、綺麗に整えられた遊歩道を歩いた。
遊歩道の横には大きな庭園があり、庭園にある大きな池では、鳥たちが楽しそうに泳いだり、真ん中から噴水が上がっていた。広々と広がる綺麗な芝生では元気よく犬たちが駆けまわり、花壇には綺麗に花々が咲き乱れていて、ここはまるで一つの大きな公園のようだと、ルイーズは思った。
やっと屋敷までたどり着くと、ルイーズの目の前にはルイーズの想像よりはるかに大きな、まるでお城のような大きさの屋敷があり、扉を入ると、扉の前では執事が立って待っていた。
「お帰りなさいませ、ティメオ様。そちらの方は?」
執事のルイーズを見る目が厳しく、何も悪いことをしていないのに、ルイーズはそれだけで、何か悪いことをしたような気分になった。
「彼女は俺の友達だ。俺が呼んだ」
「さようでございますか」
「さがっていろ」
「はっ」
まだ目をルイーズへ向けつつ、執事は大人しくティメオに言われた通り、どこかへと消えて行った。
ティメオはルイーズの方へ振り向いた。
「ごめんなルイーズ。悪気はないんだ。図書室はこっちだよ」
ティメオはルイーズを連れ、広くて豪華絢爛な屋敷を抜けて、花が咲き乱れる中庭を抜けたさらに奥の、蔦に覆われた建物まで歩いてきた。
ルイーズが見たかぎり、入り口らしきドアどころか、窓すらこの建物にはない。
「悪いけど、ちょっとドア探すから待ってて」
ティメオはそう言うと、蔦をかき分けながらドアを捜し始めた。
「いつもどの辺にあるの? 私も手伝うよ」
「図書室のドアは、毎回場所が違うんだ」
「えぇ⁉ じゃあ毎回こうやって探してるの?」
「そう」
慌ててルイーズもドア探しを手伝いはじめ、ドアが見つかったのは一時間後のことだった。
不思議な達成感と共にティメオがドアに手をかざすと、ドアが内側にギィーと開き、二人はやっと中へと入った。
ルーホン家の図書室は吹き抜けになっていて、下から見上げると、物凄い上の方までずらりと壁伝いに本が並べられていた。
「凄い量の本。エギスマールの図書室より広いわ。どうやって探すの?」
「見てのお楽しみ」
ティメオはルイーズを連れて、図書室の中央広場まで行くと、端っこに置いてある、紙で作られた蝶の入った籠の前で止まった。
「こいつを使えば、すぐに目的の本まで連れて行ってくれるんだ。見てて」
ティメオは蝶を一羽取り出すと、そっと蝶を口元に近づけて呟いた。
「海の中の町の写真が載った本」
蝶は体を点滅させながらしばらく本を検索していたかと思ったら、光が点灯に代わり、どこかへと飛び始めた。
「ついて行こう」
「うん」
二人が蝶の後を追ってたどり着いたのは、一番上の階の端っこ。
蝶はパタパタと本の前に止まった。
「この本?」
「あぁ」
ティメオが本を取り出した。
「これは海に関する本みたいでさ、これに載ってたんだ。下の広場へ戻ろう」
「うん」
本を持ち、蝶を連れて図書室の中央広場に戻ると、蝶を籠へ返した。
ティメオが分厚い本をペラペラめくると、アイシーと書かれたページに載った一枚の写真が目に入った。
「わぁ~、これがアイシー⁉」
写真には、色んな色の貝殻を使って出来た沢山の家が写り、雰囲気は確かにエギスマールに似てる気がした。
「ルイーズは裏の世界の写真の秘密、知ってる?」
「秘密? 知らないわ」
ルイーズが首を横に振ると、ティメオは嬉しそうにニッコリとルイーズの目を見つめた。
「見せてあげるよ、裏の世界の写真の秘密」
ティメオがルイーズの手を取り、中央広場の真ん中へと立つと、本を二人の間の床に置き、本の写真を指でポンっとタッチした。
すると、ルイーズとティメオの周りに、写真に写っていたアイシーの街並みや、そこに写っていた人魚族達が飛び出してきて、まるで本当にアイシーにいるかのような、写真に写っていた風景が周りに現れた。
「わぁ~、凄い! まるでアイシーに遊びに来たみたいだわ」
ルイーズは凄く喜び、そんなルイーズを見て、ティメオは凄く嬉しそうに笑った。
「裏の世界の写真は全て指で中央をタッチすると、タッチして触った者と、その者と手を繋いでいる者の周りに、写真の風景が現れるんだ。流石に動きはしないけど、でも写真で見るよりずっと細かく見れるんだよ」
「それでエギスマールの図書室にも広場があったのね。やっぱり裏の世界は凄い。私の想像をはるかに超えていくんだもの」
ルイーズは嬉しくて周りをキョロキョロ見回した。
「海底にある海の町か~。家は色とりどりの綺麗な貝殻で出来ていてとても綺麗だし、家が光っているから、思っていたよりずっと町が明るいのね。それにやっぱり海の中だから、砂に生えているのは、雑草じゃなくて海草類なのね」
「ホントだな。あぁ上を見て、魚が夜空の星の様だよ」
ティメオに言われて上を見上げると、アイシーの光に照らされた色んな種類の魚がキラキラ光り、まるで夜空に浮かぶ星のようだった。
ルイーズは神秘的な風景に、ここにも自然の美しさを感じた。
「綺麗……とても幻想的だわ。まるで満天の星空のようで、魚が生き生きと泳いでいるのがわかる」
「光に照らされた海も光っていて、海が綺麗だからこそ観れる風景かもしれないな」
「うん、そうかもしれない」
それから二人は次に、アイシーの家を見てみることにした。
アイシーの家は色とりどりの貝殻で出来ていて、拡大してみる方がずっとエギスマールに似ていた。家の中の道具も全て貝殻で出来ているようで、貝殻の家具や雑貨など、アイシーの家はどこの家も、全体的に可愛らしかった。
「可愛い家だな」
「うん。とっても可愛いわ。素敵」
二人は手を繋いだまま他の場所も観て回っていると、端っこの家で、庭で色々な海草を育てている家があった。
「海草を育ててるのね。あの庭にある小屋は……貝の家って書いてある」
「貝の家か。ちょっと覗いてみよっか。ドアが開いているから、中が見えるかもしれないよ?」
庭の中に入ると、二人は貝の家と書かれている小屋のドアから中を覗いてみた。
すると、全部は見えないものの、ドアからでも小屋の壁一面に、沢山の水槽のようなものが並べられているのが見えた。
「凄い数の水槽。コレクションかな?」
「そうだろうね。この手前のところあたりは中の貝もハッキリ見えるけど、遠くの水槽は中まで見れないな」
写真の端っこの為、手前の水槽の中以外、はっきりと水槽の中までは見えなかった。けれどルイーズは、小屋の奥の方の水槽で、とても光っている水槽があるのを見つけた。
「ティメオあそこみて。光ってる水槽がある」
ルイーズは小屋の奥の方を指さした。
「ホントだ、光ってるね。照明で照らしてないってことは、貝が光ってるのかな?」
「光る貝なんてあるの?」
「調べてみよっか?」
「うん」
すぐに写真を本の中へと戻すと、今度は蝶に貝殻の図鑑へ案内してもらい、二人はその場で図鑑を調べた。
すると、図鑑の後ろの方のページに、危険な貝という特集ページがあり、そこで二人は光る巻貝という貝を見つけた。
「これかな。光る巻貝だって」
「これか」
光る巻貝は写真付きで載っていて、ティメオが説明文を読んだ。
「読むぞ。光る巻貝はとても貴重な巻貝として有名で、海の中でも滅多に目にすることのない貝です。海の中にある場合は全く害のない食べれない巻貝ですが、海の外へ出すと一週間後に大爆発を起こす為、海の中からの持ち出し、そして陸海空全ての市区町村での取引や飼育が禁止されています。だってさ」
二人は思わず顔を見合わせた。
「飼育禁止なら、あれダメなんじゃない?」
「もう一回アイシーの写真見てみようか? それでやっぱり光ってたら命美使い様に相談してみる。どう?」
ティメオの提案にルイーズも同意すると、二人は貝の図鑑を持ったまま、もう一度アイシーの写真を外へ出して拡大し、さっきの貝の家へと急いだ。
けれど何度見ても、やっぱりあの水槽の中は光っていて、貝の図鑑も隅々まで調べたが、光る貝は、危険な貝のページに載っていた光る巻貝のみだった。
「やっぱり間違いないか」
ティメオが写真を本へ戻すと、周りは図書室へと戻り、二人はアイシーの写真のページを改めて読んでみた。
すると、ページの最後に、写真が二十年前に撮られたものだと書いてあった。
「二十年前って、私達が生まれた年だわ。今でも飼っているのかしら?」
「わからない。けど一応報告しておいた方がいいかもしれないな。一度先にノランさんに相談してみようか?」
「そうね、それが良いかもしれない」
ティメオが本を二冊抱えると、ルイーズとティメオはすぐに、ルイーズの自宅へと急いだ。
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