5-3・アイシーの写真
ルイーズがティメオとアイメルへ出かけてから一か月が過ぎた。
ルイーズの母・エマは、店から廊下を挟んだ奥の作業部屋で注文の品を作っていて、ちょうど出来上がったオーダーメイドの服を眺めた。
「よし、我ながら上出来」
エマは服を綺麗に畳むと、番号札と共に服を持って店へ出た。
すると、何も手に付かないような様子のルイーズが、受付の椅子に座って、保護の力で浮かせているぬいぐるみをクルクルと回していた。
「ちょっと、ぬいぐるみを回さないで」
「わかってる」
ルイーズは投げやりに返事をすると、保護の力を解いて、ぬいぐるみをキャッチした。
ルイーズはいまだに、アイメルでティメオと夕日を見た時の事が忘れられずにいた。
「はぁ~」
ため息をつくと、ルイーズはエマに手を出した。
「籠に入れておいて頂戴」
エマは服を渡すと、それ以上何も言わずに作業部屋へと戻って行った。
ぬいぐるみをレジの横へ戻すと、ルイーズは畳んである洋服を丁寧に籠へ入れ、札をかけて受付の後ろの棚へと入れた。
少しして、元気な声と共に、サラ・ロベールという娘が店に入ってきた。
「こんにちは!」
「サラ、いらっしゃい」
サラはモナリコの娘で、ルイーズと同い年の二十歳の魔法使い。年明けに修行から木のカフェに帰ってきたばかりで、ティメオとは幼馴染だった。
表の世界では友達と呼べる相手のいなかったルイーズだったが、サラとは会ってすぐに意気投合し、今では大事な友達の一人になっていた。
「野菜買いに来た。カフェで使うやつ」
「そうなの。ゆっくり見てって」
「ありがと」
サラはマノンの野菜を物色しながら、ルイーズに質問をした。
「ねぇ、ルイーズ。一か月くらい前にティメオとアイメルへ行った?」
さっきまでアイメルへ行った時の事を考えていたルイーズは、一瞬ビクっとした。けれど、この気持ちをバラしたくなくて、ルイーズは心を落ち着けて返事を返した。
「うっうん、行ったよ」
「私の弟のノアがさ、アイメルへ行く海の中から、ティメオが黒髪の天女の女性といるのを見たって。それ聞いて、もしかしてルイーズじゃないかと思ってね。でもやっぱりルイーズだったんだね」
「うん。でも弟がいたんだ……えっ海の中って……⁉」
ルイーズは思わず立ち上がった。
サラは選んだ野菜と、買った品物を入れる為に持ってきた籠をカウンターへのせた。
「あれ、言ってなかったかな。私のおばあちゃんとお父さん、そして弟は人魚族なの。今はアイシーで同じくカフェを開いていて、それで弟のノアが見かけたってわけ」
「え~っ、人魚族⁉ えっ、エンゾさんやモナリコの奥さんや旦那さんって人魚族だったの⁉」
人魚族とは、海の中に住む下半身が魚の種族の事。陸に上がると下半身は人間の足になり、うろこは取ることは出来ないが、陸にいるときは、腰からさげる綺麗なマントになったり、スカートやズボンになったりと、それぞれの思い通りの服に変えることができた。
人魚族の事は知っていたものの、まさかエンゾやモナリコの配偶者や子供が人魚族だとは、ルイーズは想像していなかった。
サラはそんなルイーズを見て笑った。
「はははっ、そんなに驚かなくてもいいじゃん」
「だって、まさか人魚族だとは想像してなかったんだもの。でもランチの後に、ティメオと砂浜を散歩してたから、その時に見かけたのかも。大通りの辺りにいたから。でも会いたかったな、ノア君に」
ルイーズは野菜をレジに打ちながら、籠へ入れた。
「ちょうどノアもアイメルへ買い出しに行く途中だったみたいだから、声はかけなかったって言ってたよ」
「そうなんだ。でも、いつノア君に会ったの? あと千ラーウね」
「海の中にしかない調味料を、海の中トリオに頼んでてさ。それをついこの前、アイメルまで取りに行ったんだよ。その時に会ったんだ。はい。千ラーウ」
「はい、確かに」
ルイーズはお金を受け取るとレジへしまい、サラは支払いを済ませると籠を持った。
「じゃあこれで。また来るね」
「うん。私も今度お茶しに行くよ」
「わかった」
二人は互いに手を振り合うと、サラは木のカフェに帰って行った。
(アイシーかぁ。ティメオと見た大通りの先にある海の中の町。行けなくてもせめて、本とかに写真が載ってたらよかったのに。まぁ滅多に出回らないんじゃ仕方ないか~)
ティメオやアイシーへ想いを馳せながら時間は過ぎて夕方。
店にはオーダーのマントを取りに、吸血鬼の一家が来ていた。
ルイーズはエマを呼ぶと、吸血鬼の一家に完成していたオーダーのマントを見せ、それぞれに試着してもらった。
「いかがでしょうか?」
吸血鬼の一家は、注文した吸血鬼の一家オリジナルのロゴを確認したり、マントをひらひらさせて確認すると、嬉しそうにルイーズを見た。
「気に入った。思っている以上に我々のロゴの出来もよい。これは着て帰る」
「はい、かしこまりました。ではこちらで支払いをお願いします」
支払いを済ませると、吸血鬼の一家は早速そのマントを羽織り、店を出て行った。
「ありがとうございました」
空を飛ぶように、屋根を飛び移りながら帰って行く吸血鬼の一家を見送ると、エマとルイーズは店の中に戻り、店を閉めた。
「さて、野菜も売り切れたことだし、手早く片づけをして家に帰りましょう」
「うん」
エマと片づけを済ませると、ルイーズは両親と共に家へと帰った。
次の日。サラと楽しそうに話すルイーズの姿が木のカフェにあった。
「紅茶のおかわりはいかが?」
「もらう。あとケーキもそろそろ食べようかなぁ~」
「そうこなくっちゃ」
サラは紅茶のおかわりとケーキを準備すると、ルイーズに出した。
「本日の紅茶はサラオリジナルブレンドの紅茶。そしてケーキはサラ特製たっぷり苺のロールケーキです」
「わぁ~可愛い!」
サラ特製のロールケーキは、苺がたっぷり使われた春らしいケーキで、見た目も春の花があしらわれた可愛らしいケーキだった。
「いただきます……うん、美味しい!」
「ほんと! 実はこれお試しで作ってみたんだ。ルイーズに味見してもらおうと思って」
「そうなの⁉ とっても美味しいよ。腕上げたね、サラ」
ルイーズはまた一口ケーキを口に入れ、サラはホッと胸をなでおろした。
「よかった。そう言えば、最近うちのお母さんそっちのお店にしょっちゅう入り浸ってない?」
「いるよ。時々エンゾさんもいる」
サラはため息をついた。
「はぁ~やっぱり。まぁ信頼してカフェ任せてくれてるってことだから、それは良いんだけどね。邪魔になってない?」
「大丈夫だよ。うちのお母さんもおしゃべりしながらの方が捗るって言ってるくらいだし」
「流石エマだね。でももし邪魔になってたらいつでも言ってね。すぐに回収に行くから――」
サラが話をしていると、カフェの入口が開き、ドアのベルが鳴った。
「いらっしゃい」
誰が入ってきたのかサラとルイーズが入口を見ると、カフェに入ってきたのはティメオだった。
「なんだ、ティメオか」
サラはわざとらしく言った。
「なんだとは失礼だなぁ。俺、コーヒーね」
「はいよ」
ティメオはルイーズの横に座り、サラはティメオのコーヒーをさっと出すと、別の席にいた客にも、コーヒーのおかわりを注ぎに行った。
「ルイーズも来てたんだ」
ティメオはコーヒーをブラックのまま一口飲むと、ルイーズを見た。
「うん。サラとおしゃべりをしに来たの。今日はお休み?」
「いや、休憩しに来たんだ。ずっと研究室にこもっているのしんどくて。そっちは休み?」
「そう、今日はお父さんが受付の日」
ルイーズは美味しそうに紅茶を一口飲んだ。
「おじさんどう? だいぶ慣れた?」
「うん。商店街の店の人とかと、おしゃべり出来るようになってきたの」
自分の事のように嬉しそうに話すルイーズを見て、ずっと気になっていたティメオもホッとした。
「それは良かった。おじさん優しいから少し心配してたんだよ」
「ありがとう、お父さんの事気にかけてくれて。お父さんもティメオが店に来ると、いつも嬉しそうにしてるんだよ」
「俺もおじさんとしゃべるの、楽しいよ。俺の知らないこと色々教えてくれるしね。そう言えば今度休み取れたんだけど、うちの家に来ないか? 実は見せたいものがあってさ。どうかな?」
「私はいいけど、お邪魔にならない?」
「大丈夫だよ、大歓迎」
「じゃあ、お邪魔しようかな。でも見せたいものって何?」
「実はさ、この前アイメルへ行った帰り、うちの図書室でアイシーの写真がないか調べてみたんだ。そしたら、アイシーの写真と、あと他の海の中の町の写真もあってさ、これはルイーズに見せてあげたいって思ったんだ」
「えっ⁉ アイシーの写真あったの⁉」
滅多に出回らない、海の中の町の写真を持っているティメオの家は、流石名家のルーホン家だと、ルイーズは思った。
「凄いね……何というか……ビックリしちゃった」
「俺も見つけた時はビックリしたよ」
「でもまさか写真を見られるなんて思ってもみなかったから、見に行くの凄く楽しみだよ」
楽しそうに話す二人の元に、コーヒーを注いで回っていたサラが戻ってきた。
「何々、どうしたの?」
二人は今の話をサラにした。
「へぇ~よかったじゃん」
「うん。そうだ、サラも一緒にどう?」
「いつ?」
ルイーズから日にちを聞くと、サラはチラッとティメオの顔を見た。すると、ティメオは平静を装いつつも、少し困っているような顔をしていた。
「私はその日は無理だな。ちょっと用事があってね」
「そっか……」
残念そうなルイーズを見つつ、サラはまたチラッとティメオを見て見ると、ティメオはホッとした表情に変わっていた。
(この二人って本当びっくりするくらいピュアだよね。普通、もっと喧嘩したりしない? 私なんて喧嘩別れしたばかりなのにさ)
サラは、ルイーズとティメオが早く両想いに気づきますようにと、心の中でつぶやいた。
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