5-2・アイメル
ティメオと出かける日。
ルイーズはティメオの迎えを家の庭で待っていて、しばらく待っていると、空からティメオが箒に乗って降りてきた。
ルイーズはティメオに笑顔で手を振った。
「おはよう」
地面に着陸しながら、ティメオも手を振り返した。
「おはよう。待った?」
「大丈夫よ」
「じゃあ早速行くか」
「うん」
ルイーズが箒の後ろの席に乗って、カスタマイズで付けた安全ベルトを締めると、ティメオは地面を蹴った。
箒はみるみる空まで上がり、一気にルイーズより高かった木々が、随分と下の方になった。
「出発するぞ」
「は~い」
今日行くのはアイメルという海沿いの町で、エギスマールの近くにあるルイーズの家から、片道三時間くらいの場所にある、観光地として有名な町。
ルイーズは最近、やっと箒に乗るのに慣れてきて、のんびりティメオの運転する箒に乗りながら、アイメルまでの空の遊覧飛行を楽しんでいた。
空を飛んでいると、同じように箒に乗っている魔法使いとすれ違ったり、馬車のような乗り物を箒に繋いで運転しているタクシーも飛んでいるのを見て、改めて表の世界とは違う、裏の世界感を感じた。
「ねぇ、ティメオ」
「ん?」
「今色んな箒を見ていて思ったんだけどね、魔法ってどうやって使うの?」
「はっ? 突然どうした?」
「使えないのは分かってるんだけど、何となく気になって」
ティメオは少し考えた。
「そうだな……心で唱える感じ。たまに声に出して言うこともあるけど、基本は心で唱えるよ」
「魔法使いなら、唱えるだけで誰でも出来るの?」
「いや、学校で基礎を習うんだよ。あとは、本人次第だな」
「へぇ~。じゃあ、心で唱えるのは、私の力と似ているね」
「そうか、じゃあ意外と皆、種族関係無しに心次第なんだな」
「そうかもね」
色んな話をしながら約三時間後、二人は海の側にある、アイメルという町に着いた。
アイメルは台形の形をしていて、エギスマールと同じで、動物除けに町を囲む壁と門がある。町の建物はすべて石造りで、白い祈りの場以外、全ての建物は砂の色。エギスマールよりアイメルの方が少し大きい。
エギスマールとはまた違った町の雰囲気に、ルイーズは感動の声を上げた。
「わぁ、綺麗な町。それにとっても賑やかね」
今二人のいる、アイメルの門をくぐってすぐの場所は大きな広場になっている。観光名所ということもあり、色んな者達が広場で芸を見せたり、歌を披露したりと、とても賑やかだった。
「色々と観たいところだけど、とりあえずその前に箒を預けようか」
「うん」
ティメオは門を入ってすぐ左手にある、壁にくっついて立っている小さな小屋へと入った。
「こんにちは」
ルイーズもティメオの後に続いて中へ入ると、小屋は三面、木の壁があるだけで、入り口の反対側はアイメルの壁がむき出し。アイメルの壁の一部分には、人が一人通れるくらいの穴が開いていて、壁の中が見えた。
「わぁ、箒がいっぱい」
壁の中には、沢山預けられた色んな箒があった。
「いらっしゃい」
カウンターの中にいるおじさんがゆっくりとイスから立ち上がった。
「二人乗りの箒一本。今日引き取りにくるから」
ティメオはそう言うと、箒をカウンターにのせ、カウンターに置いてある書類に名前を書くと、財布から硬貨を出した。
「はい、七百ラーウ」
「毎度あり」
おじさんはレジに硬貨を直すと、ティメオの書いた書類を二人の箒に貼った。そしてレジの側にあった杖を持ち、ビュンと一振りすると、二人の箒がひとりでに浮き、壁の中へと飛んで行った。
二人は小屋を出るとまず、広場の奥にある祈りの場へ行って、命美星に祈りをささげた。
アイメルの祈りの場はエギスマールよりも広く、前に祖母のマノンに教えてもらった通り、噴水までの絨毯は海のような青色だった。
「これからどうするの?」
祈りの場を出たルイーズは、後ろで祈りの場のドアを閉めるティメオにこれからの事を聞いた。
「もうお昼だからとりあえず、ランチに行こうと思ってるんだ。海の近くに、シーフードの美味しいレストランがあって、そこでランチしようかなって。どう?」
海の側の町だと聞いていたので、何か海鮮料理を食べられるのではと楽しみにしていたルイーズは、思わず拍手して喜んだ。
「シーフード食べたかったの。そこ行きたい!」
「よし、決まりだな」
目的のレストランはアイメルでも人気店で、祈りの場から海の中まで続く大通りの海の近くにある。
二人はアイメルの町を見ながら、大通りを歩いてレストランまで移動してみると、少し込み合ってはいたものの、少し待っただけで中へ入る事ができた。
二人は海を眺めながら食べられるテラス席へ通された。席は少し肌寒かったけど、海の音や潮の匂い、そして潮風を感じられて、とても居心地がよかった。
「いい場所ね」
「あぁ。ここのレストランは、朝獲れたばかりの新鮮な魚とかを出してくれるんだ。少しずつ頼んで、シェアしようか?」
「うん、私も色々食べたい」
二人でメニューを選んでいると、ルイーズの目の端に、砂浜からボールが二人の方へ高々と勢いよく飛んでくるのが見えた。
ルイーズは咄嗟に、テラス全体に保護の力で結界を出すと、ギリギリでボールをボンっと跳ね返した。
突然ボールが飛んできたので、他の客も驚いてはいたものの、裏の世界では不思議な力は日常茶飯事なのか、他の客達は何事もなかったようにまた、食事を始めた。
ティメオはルイーズを見た。
「今結界出したの、ルイーズだろ?」
誰にも分らないと思ったルイーズは、まさかティメオに気づかれるとは思っていなかったので、凄く嬉しかった。
「うん。よくわかったね」
「そりゃもちろん。でも助かったよ。練習したのか?」
「うん。毎日少しずつ、無理のない程度だけど練習してた。店番してるお客さんがいない時とかね。もっと保護の力を自由に使いこなせるようになりたくて」
「じゃあ練習の成果が今出せたんだな。すごいじゃん」
「うん!」
ずっとコッソリ練習していたので、家族以外に保護の力を見せたのは、あの事件以来始めて。少しドキドキしたけれど、ティメオが褒めてくれたことが、とても嬉しかった。
それからしばらくして、店員がひざ掛けを持って来てくれたので、二人はついでに料理を注文した。
今日はシーフードパスタを二種類に、タコとトマトのマリネ、その日に取れた魚介類のアヒージョとパンのセットを注文。どの料理も魚介類が新鮮で身がプリプリしていて、とっても美味しかった。
二人は料理に大満足してレストランを出てくると、レストランの側の砂浜を歩き始めた。
海は透き通っていて、砂浜にはゴミ一つ落ちていなくてとても綺麗だった。
「海も砂浜も綺麗で素敵。ゴミ一つ落ちてない」
ルイーズは自然を大切にする裏の世界に、すっかり魅了されていた。
「表の世界は、川や海や山などにゴミが落ちているし、汚れている。街中の空気は臭い所も多いから、裏の世界に来た時、あまりの空気の美味しさに驚いたわ。もちろん、表の世界にも綺麗な場所もあるんだけど、環境破壊のせいで、気温や海水温が上がったりするから、色々異常気象も多くなってきてたな」
話を聞いてティメオは驚いていた。
「俺も少しだけ表の世界には出入りしたことはあるけど、表と裏の入口を通ったくらいから、空気の匂いが変わるのがわかる。でもそんなに表の世界が大変なことになっているとはおもわなかったよ」
「表の世界でも環境を守ろうと、みんな努力してるんだけどね……あれ?」
大通りが海の中まで続いているのを知らなかったルイーズは、大通りを見て驚いた。
「ねぇティメオ、大通りって海の中まで続いているの?」
ルイーズは大通りへと歩いて行き、海の中を見ようと目を凝らした。
「続いてるよ。海の中にも色んな種族が住んでいて、この大通りはアイシーっていう海の中の町まで続いているんだ」
ティメオはそういうと、ルイーズの隣に来て、同じように海の中へ続く大通りを眺めた。
「アイシー⁉ 行ってみたいなぁ~」
海の中の町と聞き、ルイーズの目が輝いた。
「そうだな。でも残念ながら、海の中で呼吸出来ない俺たちは、アイシーには行けないけどな」
「そうだよね……。でもどんな町なの?」
「ん~聞いた話では、アイシーは貝殻で出来た家に住んでるらしくて、色んな色の貝殻を使っているから、雰囲気はエギスマールに似てるらしい」
「貝殻の家かぁ。そうだ、アイシーのポストカードとか、お土産屋さんとかにあったりする?」
「ポストカードっていうか、写真すらないな。もともと、海の中の町の写真は滅多な事がない限り出回らないんだ。だから図書館とかにもないと思う」
「そうなの⁉ 残念」
海の中の町という響きだけでも凄く興味があるのに、写真すらないと知り、ルイーズはがっくりと肩を落とした。
町へ戻ってきた二人は、お土産屋を覗いたりしながら町をブラブラ歩いていて、貝殻を使った商品を扱っているお店を見つけると、覗いてみることにした。
店の中には、貝殻のアクセサリーや写真立て、貝殻を使って作った置物や貝殻の風鈴などが売られていた。
さっきアイシーの話を聞いたからか、いつもよりさらに貝殻が可愛く見えたルイーズは、何か買おうと店内を物色していると、白い貝殻の可愛らしいオルゴールを見つけ、手に取った。
少しだけねじを回して見ると、白い貝殻がパカっと開いた。中には、可愛らしいドレスを着た少女と、タキシードを着た男の子がいて、オルゴールの優しい音色と共に、楽しそうに二人で踊り始めた。
ルイーズがウットリとオルゴールを見つめていると、側にいたティメオも、ルイーズの手の中にあるオルゴールを覗いた。
「オルゴールか、可愛いね」
「うん。買おうかな、これ」
「いいね。じゃあ俺が買ってあげるよ」
「え⁉ でも悪いよ」
「いいんだよ。俺が買いたくて買うんだから。それにランチは割り勘で払ったんだし、まだ一個目だよ。ほら」
オルゴールが鳴り終わると、ティメオがルイーズの持っていたオルゴールを手に取り、レジでサッと支払いを済ませた。
店を出ると、ティメオはそのままオルゴールの入った袋を持ってくれた。
「ありがとう。大切にするね」
ルイーズは少し顔を赤らめながら、ティメオにお礼を言うと、ティメオは嬉しそうにニッコリとルイーズに笑いかけた。
「いいってこと」
二人は仲良く並んで歩きながら、またアイメルの町のお店などをブラブラと歩いて回った。
夕方。二人はアイメルの端にある、海と町を一望できる展望台へとやってきた。
町は夕日に照らされて茜色に染まり、家には明かりが灯りはじめ、町はとても幻想的で、ロマンチックな雰囲気になっていた。
アイメルはこの展望台からの夕暮れがとても有名で、展望台には景色を見に来た沢山のカップルがいた。
二人も端っこの方で景色を見ていて、ティメオの側で風景を見ていたルイーズは、視線を感じてティメオの方へ振りむいた。
「……っ⁉」
すると、ティメオがじっとルイーズを見つめていて、恥ずかしくなったルイーズが、風景の方へ顔を戻すと、ティメオはルイーズの想いを知ってか知らずか、ルイーズの手を握ると、自分の方へ向かせた。
ビックリして鼓動は早くなり、ルイーズは緊張して体がガチガチになった。
「また二人で来ような……絶対」
ティメオは空いている方の手で優しくルイーズの頬を撫でた。
「…………うん」
素晴らしい町の風景と共に、忘れられない日になったと、ルイーズは心の中で思った。
家に戻るころには、辺りは真っ暗になっていた。
ティメオはルイーズを家の玄関の前まで送ってくれて、ルイーズはお礼を言った。
「今日はありがとう。とても楽しかった」
「次どこにいくか、考えとくよ。ルイーズもどこか行きたいところがあったら、いつでも言って。また店に顔出すよ」
「うん。わかった」
「じゃあお休み」
「おやすみなさい」
ティメオはルイーズに手を振ると、箒に乗って帰って行き、ルイーズもティメオを見送ると家へと入った。
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