第4章
4-1・謎の男
ルイーズが表の世界へ戻ってから一か月後。箒の出来上がる日になった。
ティメオとの約束の時間まではまだ少し早かったけれど、家にいるのがなぜか落ち着かなくて、待ち合わせ時間より早く、コンステレーション・パッサージュへと来ていた。
ルイーズが西口から木のカフェへ向かって歩いていて、もうすぐ木のカフェへとたどり着こうとしていたその時、とある店の前で、ボラックで見かけた魔女のおばさんを見つけ、ルイーズは慌てて声をかけた。
「あの……」
「ん?」
ルイーズが声をかけると、ボラックの魔女はルイーズの方へ振り向いたが、ルイーズは何か前と違う異変を感じた。
「どなた?」
「え? あっと、一か月位前にボラックの湖の側でお会いしたものです。覚えていませんか?」
「ん……そうね……」
しばらく悩んでいたものの、ボラックの魔女は何も思い出せないようだった。
「ごめんなさい、何も覚えてないみたい。じゃあ失礼するわね」
「えっ……」
ボラックの魔女は手をヒラヒラ振ると、フラフラ歩きながら東口方面へと歩いて行った。
(絶対にあの時のおば様のはずなんだけどな……でもなんかフラフラ歩いているし、違うのかな……)
ルイーズはしばらくボラックの魔女を見つめていたが、人違いかもしれないとその場を離れた。
それから、ルイーズが朝早く開いているパン屋をのぞいたりしながら歩いていると、突然、東口方面から、ドーン! という大きな爆発音が響いた。
「きゃっ。何」
ルイーズが驚いてビクッと体を縮こませると、パッサージュ内にはたちまち噴煙が立ちこめ、パッサージュは悲鳴や逃げ惑う人達で騒然となった。
噴煙で東口方面が全く見えず、状況が分からないルイーズの前に、音を聞きつけて、木のカフェからモナリコが飛び出してきた。
「何?」
「モナリコ!」
ルイーズは急いでモナリコの側へ走った。
「ルイーズ。今の音は何?」
「分からない。東口方面から音がして、そしたら沢山の人が逃げてき始めたの。そうだ、ボラックで会ったおば様は?」
ルイーズは心配になり、急いで東口方面へボラックの魔女を探しに行こうとした。すると次の瞬間、今度は先程よりも近くで爆発音がし、モナリコはサッとルイーズを抱き寄せてかばった。
噴煙と共に瓦礫や粉が二人のところにも沢山飛んできて、二人はたまらず、モナリコの店の中へと避難した。
「ありがとうモナリコ。怪我してない?」
「大丈夫よ」
モナリコが魔法で、二人についた粉を取り除くと、音や噴煙などが落ち着いてから、二人は再びパッサージュへと出てみた。
すると、二人のいる場所から見えた綺麗な噴水広場の辺りは、一面が瓦礫の山へと変わっていて、ルイーズとモナリコは言葉を失った。
その先にあった東側のパッサージュも瓦礫の山と化し、星の模様が入ったキラキラ輝いていたガラス屋根や、豪華な装飾が施された壁や照明、そして素敵なお店や楽しそうな人々の姿はもうなかった。
大好きだったコンステレーション・パッサージュの惨状に、ルイーズは目から涙が溢れた。
「ひどい……何でこんなことに……」
「ルイーズ、今は店の中へ入りましょう。さぁ」
モナリコはルイーズを連れて店の中へ入ると杖を取り出し、杖を指揮棒を振るように振りながら、残っているコンステレーション・パッサージュに、結界の魔法をかけた。
「〝結界魔法〟――今、まだ被害の出ていない西口側のコンステレーション・パッサージュに結界の魔法をかけたわ。でも念のために、一緒に裏の世界へ逃げるわよ」
ルイーズの手を握り締めてモナリコが話すと、ルイーズはその手を握り返した。
「でもモナリコ、おば様や人々を助けないと」
「分かってる。でもこの爆発はただの爆発じゃないわ。裏の世界の者の仕業よ。だから早く逃げなさい」
モナリコがルイーズを下のカフェへ連れて行こうとしたその時、またドーンという爆発音が響き、店がガタガタと揺れた。
二人が外へ目を向けると、モナリコの魔法が効き、残っていたコンステレーション・パッサージュの店舗等に被害はなかった。
「さぁ、今のうちよ」
「うん」
急いで二人は地下への階段へ向かった。
階段へ着くと、入口を守る銅像猫が、今日は二匹に増えていた。
「二匹いる」
「そうよ。ラルにルラ、一緒に下へ避難するわよ」
モナリコが銅像猫二匹に声をかけると、ラルとルラという銅像猫二匹は瞬く間に、茶トラの普通の猫へと戻った。
「えっ!」
口をパクパクさせて驚いているルイーズの手をモナリコは取ると、ラルとルラと共に急いで木のカフェへの階段を降り、モナリコが扉を閉めて、今度はカフェに結界の魔法と、表の世界から誰も通れないように魔法をかけた。
「ラルとルラは家に行ってなさい」
「ニャン」
「ニャン」
二匹は返事をしてから奥の部屋へと駆けて行き、二匹を見送ると、モナリコはルイーズの方を向いた。
「しばらく表の世界へは行かない方がいいわね。ルイーズは確か、ティメオとここで待ち合わせだったわよね」
「うん」
「じゃあエギスマールの方へ歩いて行って、エギスマールの門で待っていればきっと、ティメオと会えるわ。ティメオと会った後は、とりあえずノランおじさんの家へ行って。何かしら連絡を入れるわ」
いつもとは違う、緊張したモナリコの表情に、ルイーズの中で不安が大きくなっていった。
「わかった。でもモナリコ、さっきの裏の世界の者の仕業ってどういうこと?」
「魔法を感じたの。しかも悪の魔法よ。だから離れ……誰?」
モナリコが誰かの気配を感じて振り向くと、カフェ内にはルイーズとモナリコしかいなかったのに、いつの間にか一人の女性が二人を見て立っていた。
「あなたは……」
最初、肌が黒くなっていて分からなかったものの、ルイーズは顔をよく見てハッと気づいた。
立っていたのは、先程会ったボラックでフフに果物を届けていた、あの心優しい魔女のおばさんだった。
「おば様、ご無事だったんですね。お怪我はされてないですか?」
急いでボラックの魔女に近寄ろうとするルイーズを、モナリコが慌てて止めた。
「ルイーズ! 近づいちゃダメ!」
「えっ」
モナリコが杖を一振りする。
すると、ボラックの魔女は、どこからか現れた檻の中へと捕らえられた。
「ケケケっ」
ボラックの魔女はおかしな笑い方で笑いながら檻をガンっと掴むと、ガンガンと檻を揺らした。しかし檻はびくともせず、ボラックの魔女は、今度は杖を取り出すとブンブンと振った。けれど、使えるはずの魔法は一つも出ず、ボラックの魔女は再び檻を揺らし始めた。
「ルイーズ、あなたあの人とパッサージュで会ったの?」
モナリコがそっとルイーズに聞くと、さっき会ったときよりも様子が随分と変わったボラックの魔女を、ただルイーズは唖然と見ていた。
「うん、爆発の前に会った。東口方面へと歩いて行ったの」
「じゃあ、表の世界から誰も通れないように魔法をかけたのに、突然このカフェ内に現れるなんておかしいわね」
モナリコはルイーズを自分の背にかばった。
ガンガン檻を揺らすボラックの魔女をチラッと見つつ、ルイーズはそっとモナリコに聞いた。
「あの檻は?」
「ここは表と裏の入口を守る場所。だから
モナリコが話してすぐ、カフェの扉が開き、
「あの人よ」
「わかった」
「きゃあ」
ルイーズは壁に背中を打ち付け、背中に痛みが走る。
「痛っ。モナリコ」
背中の痛みをこらえつつ、ルイーズは側で同じように背中をさすっているモナリコの側へと駆け寄った。
「大丈夫?」
「えぇ。それよりも」
モナリコは杖を構えながら立ち上がった。
「どちら様?」
モナリコが見ている方へルイーズも目を向けると、背の高い黒い服を着た男が檻の横に立っていて、その男が立っているだけで、あの優しかったカフェの雰囲気は一変し、重苦しいような緊迫した雰囲気に変わっていた。
「これはすまない。わざとじゃないんだよ。でも大事な話し相手を捕まえられそうになったものだから、慌てて助けに来ちゃった」
男はそう言うと、檻をコンコンと叩いた。
「話し相手?」
「ん、天女? おっと動くなよ、
二人のそばへ移動しようとした
「天女がここにいるなんて珍しいね。まぁでも最近はどこにいてもおかしくはないのか。このおばさんはね、僕の大事な話し相手なんだ。だから取り上げられたら困るんだけど、もしよかったらこの檻、あげてくれないかな」
「駄目よ。あなたもその檻から離れなさい」
モナリコは男に杖を向けた。
「離れないって言ったら?」
「その時はあなたも捕まえるだけよ。その方とはただの話し相手?」
「そうだよ。いつも僕の話し相手になってくれててさ。今朝も色々話をしたんだ。でもたまにはお礼がしたいなって思ったんだけど、おばさん何もいらないっていうんだ。だからチョットだけ心の奥の悩みを打ち明けるように魔法をかけてみたら、少しおかしくなっちゃったんだよね~。でもここまでこうなっちゃったら、もうお話しできないかぁ。そうだ、そこの天女、君も優しそうだし、僕の新しい話し相手になってよ」
男がルイーズにむかって手を伸ばしたが、ルイーズは首を横に振った。
「おば様を変にしたあなたと話なんて嫌よ。それにあなたは危ないって私の感が言ってるわ」
「はっはっはっ。女の感ってやつ?」
「そうよ。これが案外当たるのよ。もうおば様に用がないみたいだし、そこから離れたらどう?」
「どうしようかな~。君がこちらへ来てくれたら離れてもいいよ。でも今、まだ僕がおばさんを操り人形にして遊んでいるからちょっと無理かな」
男が指を動かすと、ボラックの魔女はおかしな言動を始めた。
「操り人形⁉」
「そう。こんなことも出来るよ」
男がさらに指を動かすと、次の瞬間、ボラックの魔女は自分の首を自分で締め始めた。
「やめて!」
飛び出しそうになるルイーズをモナリコが慌てて抑えると、カウンターの中にルイーズを押し込んだ。
モナリコは杖を一振りして男へ向かって攻撃を仕掛け、同時に
カフェ中に閃光と攻撃の音が響き渡り、ルイーズは必死に頭を抱えながら、身を縮こませた。
激しい戦いはしばらく続き、ルイーズはただ身を潜めて隠れているしかなく、聞こえるのは激しい戦闘の音だけで、まったくカウンターの外がどうなっているのか見えなかった。
すると突然、モナリコの悲鳴と共に、何かが床に倒れる音がした。
「何?」
ルイーズがカウンターからのぞくと、モナリコが床に倒れていた。
「モナリコ!」
居ても立っても居られずにカウンターから飛び出すと、ルイーズはモナリコの側へ駆け寄った。
しかしモナリコはびくともせず、ルイーズは急いでモナリコの呼吸を確認する。
「呼吸はある。モナリコしっかりして」
その間も激しい戦闘は続き、カフェ中に閃光が走り、命美使いの一人がすかさずルイーズの側へ来てくれた。
「いそいで彼女を奥へ」
「はい」
ルイーズがモナリコを連れて奥へ行こうとすると、男がルイーズの側にいた
「そうはさせないよ。僕に攻撃仕掛けたんだから、息の根を止めてあげなくちゃ」
「何言ってるの? あなたがおば様を操り人形なんかにするからでしょ?」
ルイーズはちらりとボラックの魔女を見た。
すると、ボラックの魔女は首を絞めていた手をだらりと下へおろし、虚空を見つめて何かぶつぶつ独り言を言っていた。
「別に好きで操り人形なんかにしてるわけないじゃない。ただおばさんの願いを叶えてあげたくてしているだけ。それなのに攻撃してくるからいけないんだよ」
「おばさまの願いを叶えてあげてるってどういうこと?」
「このおばさんが心の奥で、昔魔女狩りをして魔法使いをイジメた普通の人間どもが憎いってそう言ってたから、僕はわざわざ力を貸してあげただけ。今だって表の世界の奴らが憎いってずっとぶつぶつ言ってるよ。それに操り人形を操るって結構大変なんだよ、まったく」
男はため息をつくと、杖をルイーズへ向けた。
「さぁ、そこをどいて。君を傷つけたくないから」
「どかないわ。それにどんなにイジメられたって、同じようなことをしてしまったら、それは相手と同じような奴になってしまうだけ。そんなの絶対にダメよ。おば様にはイジメた奴らのようにはなってほしくない! おば様、目を覚まして!」
ルイーズがボラックの魔女へ声をかけるも、なかなか術は解けそうになかった。
「どかないのならまぁいいよ。そんなに死にたいなら一緒に殺してあげる」
残っていた
男がルイーズとモナリコにむかって杖を出す。ルイーズは男から目をそらさず、ただ真っ直ぐに男を見つめた。
「残念だよ」
「えぇ、私も残念だわ。でも絶対にモナリコを殺させはしない!」
ルイーズがまっすぐに男の目を見つめ、心の底から叫んだ瞬間、男はモナリコとルイーズにむかって攻撃を仕掛けた。
バーン!
大きな音がカフェ中に鳴り響き、今まで結界により壊れなかったカウンターや道具が壊れ、粉々になった。
男は大きな笑い声をあげた。
「はっはっはっはっは。美人もこれじゃ粉々だ」
ルイーズ達のいた場所は粉塵が舞っていて、何も見えなくなった。
しばらくして、粉塵が少しずつ収まり始めると、男は何か異変を察し、ルイーズ達のいた場所を見つめた。
「ん?」
舞っていた粉塵がさらに引くと、キラキラとした透明の膜のようなドームの中に、無傷のルイーズとモナリコが、攻撃前と同じように座っていた。
攻撃された時、とっさにモナリコに覆いかぶさろうとしたルイーズだったが、自分の中で何かが目覚める感覚がした瞬間、気が付いたら自分とモナリコの周りにキラキラとした膜が張り巡らされていて、男からの攻撃を避けていた。
「もしかして保護の力ってやつ? 初めて見たよ」
唖然とルイーズを見つめていた男だったが、何かに気づき、目の色が変わった。
「君なら僕の願いを叶えてくれるかもしれないね。僕は君が欲しくなったよ」
男がルイーズに近づこうとしたその時、カフェの扉が開いた瞬間、男にむかって閃光が走った。
男は間一髪でその攻撃を避けた。
「誰だ!」
「ルイーズ!」
入ってきたのはティメオだった。
ティメオの姿を見たルイーズはそのまま意識を失い、それと同時にキラキラとした膜も消えてしまった。
それを見たティメオは素早くルイーズ達の方へ回り込むと、ルイーズとモナリコを背に男と対峙した。
「君は?」
男は服を整えながらティメオに聞いた。
「そう言うお前は誰だ?」
「名乗るほどの者でもないよ。君、なかなか出来そうだね。天女……いや、ルイーズといった彼女の彼氏か何か?」
「だったらなんだ」
「おやおや、それは妬いちゃうね。僕もルイーズの事を気に入っているからね。おや?」
男が何かに気づき、スッと檻の側から離れると、瞬間移動してきた|上級
「そこまでだ。大人しくしろ!」
カフェの中に低い男の声が響いた。
「おやおや、上級
「杖を下に置き、手をあげろ! 名を名乗れ!」
「名前なんて教えないよ。あぁ、表の世界に住んでいることだけは教えてあげる。でもせっかく遊んでいるのに、杖を下に置くなんてそんなこと、するわけないじゃない!」
男が歓喜の声を上げたのと同時に杖を振り、再び激しい戦闘が始まった。
「君も腕はなかなかのようだね」
「お前も相当できる魔法使いだとみた。けれど俺たちの方が上だ!」
上級
「おっと、そのようだね」
男は残念そうに再び
「やはり君も強い魔法使いだね。僕をこんなにも楽しませてくれるんだもの。でももうお遊びはおしまいだ。僕はこれで失礼するよ。またね、ルイーズ・デュボアさん。ともに表の世界にいるのなら、すぐに会えるよね……」
男はルイーズに手を振ると、階段を登ってどこかへ消えて行った。
すぐに後を追おうとした上級
「くそっ。お前達」
「はっ」
「今、表の世界のパッサージュへ、上級
「はっ」
「やぁ、二人の様子は?」
「二人とも意識を失っているだけです」
「そうか。エンゾおじさんに連絡したから、もうじきここに来るだろう。悪いが先に、ルイーズをうちの実家へ運んでくれないか? ノランとマノンの家へ」
上級
「あの……もしかして、ルイーズの叔父さん、ですか? マジシャンの?」
「マジシャン? あぁそう言うことになっていたね、たしか。そうだよ。ルイーズの母親の弟、レオだ。君がティメオだね、話は父から聞いているよ。今日は本当に君が来てくれて助かった。ありがとう」
レオはティメオの髪をくしゃくしゃにすると、モナリコを抱き上げて、部屋の奥へと入って行った。
ティメオはそれを見届けると、ルイーズを抱き上げて、ノランの家へと急いだ。
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