3-2・ボラック

 ティメオと出かける当日。ルイーズは朝から準備に忙しかった。

 昨日のうちに着ていく服は決めていたけれど、髪型をどうするかとか、メイクはこれでいいかとか、マノンと一緒に朝からバタバタしていたのだった。

「いつも通りのルイーズのままで十分可愛いのにのう」

 ノランがそんな二人の様子をはたから眺めながらつぶやくと、マノンは何を言っているのかと言わんばかりの顔でノランを見た。

「ルイーズがそのままでも十分可愛いのは百も承知よ。私たちの孫なんだから。でも女性はいつでも綺麗にしたいものなのよ」

 マノンはルイーズを立たせた。

「いいんじゃない、綺麗よ」

「ほんと? あぁ、もっとましな服を持ってくるべきだったわ」

 ルイーズが姿鏡の前で最終チェックをしていると、玄関のベルが鳴った。

「わしが出よう」

 ノランが急いで玄関のドアまで行くともう一度ベルがなったので、ノランは急いで返事を返した。

「はいはい。どちら様かな」

「ティメオです。おはようございます」

 ノランはドアを開けた。

「おはようティメオ。ちょっと待っておくれ」

「はい」

 ノランは階段の下まで行くと、大きな声を出した。

「ルイーズ! ティメオが来たぞ」

「は~い」

 ルイーズは小さめのリュックを背負うと、マノンの前に立った。

「どう? 変じゃない?」

「十分綺麗よ。さぁ、いってらっしゃい」

「ありがとう、おばあちゃん。行ってきます」

 ルイーズはマノンにお礼を言うと、急いで階段を駆け降りてティメオのところへとやってきた。

 すると、ティメオはいつも通りの爽やかな雰囲気を漂わせながら、ノランと一緒にドアのところで立って待っていた。

「おはよう、ルイーズ」

 ティメオがルイーズにニッコリと微笑むと、ルイーズも少し乱れた髪を直しつつ、ティメオに微笑み返した。

「おはよう、ティメオ」

「もう行ける?」

「うん。大丈夫よ」

「じゃあ行こうか。ノランさん、行ってきます」

「おじいちゃん、行ってきます」

 ルイーズはノランに手を振り、ティメオがノランに会釈をすると、ノランも二人に手を振り返した。

「あぁ、楽しんでおいで」

「うん!」


 外は快晴で、眩しいくらいとてもいいお天気だった。

 ティメオは玄関の外に立てかけていた箒を手に取ると、ルイーズを連れて、マノンの庭を通りすぎた、少し開けたあたりまで移動した。

「今日はこの箒に乗っていく」

 ティメオは箒をルイーズに見せた。

「箒だ! でもサドルが二つ付いているってことは……二人乗りの箒?」

 ルイーズが思っていた魔法使いの箒と言えば、本当に乗れるのか分からないお掃除道具の箒だった。

 けれど実際の箒は、サドルも付いていてお尻も痛くならないような、乗り心地のよさそうな箒。

「サドルが付いているとは思ってなかった」

 ルイーズの反応にティメオは笑った。

「はははっ。表の世界の絵でよくある、箒の柄に座って飛ぶあのタイプを想像していたのか」

「うん。あのイメージだった」

「昔から、座るところにはお尻が痛くならないように、余り布を巻いたりしていたんだ。ここ何十年かはサドルが主流になったけど、昔から箒の柄に直接座って飛ぶことはなかったらしいよ」

「へぇ~。でもよく考えたら確かにそうだよね。いつもあの魔法使いの絵を見ながら、お尻痛くないのかなぁ~なんて思っていたの。でもこれなら大丈夫そう」

「流石に長時間飛ぶとなると痛くなるかもしれないけれど、直接柄に座るよりはマシだよ。さぁ乗って」

 ティメオは箒にまたがると、ルイーズに後ろに乗るように促した。

 初めて箒に乗るルイーズは、恐る恐る箒にまたがった。

「しっかり俺につかまってて」

「わっ、分かった」

 ルイーズがティメオの体に腕を回して、しっかりつかまったのを確認すると、ティメオは地面を蹴った。

「きゃっ」

 まるでエレベーターが上がるときに感じるようなふわっとした感覚がした後、ヒュッと箒はみるみる上空まで上がり、ルイーズは思わず目を瞑った。

「大丈夫か?」

 ティメオが後ろを振り返り、心配そうにルイーズを見た。

 恐る恐るルイーズは目を開けると、さっきまでいた庭は、あっという間にミニチュアのように見え、いつの間にか木々よりも高いところを飛んでいた。

「怖い?」

「うん……少し。でも大丈夫よ」

「怖かったらいつでも言ってね。じゃあ行くよ」

 ティメオの運転で、箒はスイスイと空を飛んだ。

 強がって大丈夫といったものの、最初は怖くて景色を楽しむ余裕のなかったルイーズだったが、少し時間が経つと、だんだん周りの景色を楽しめるようになってきた。

「どこに向かっているの?」

「ん? ついてからのお楽しみ」

 たまに飛んでいる鳥たちと一緒に空を飛びながら、大体一時間くらい飛んだ頃、周りの景色を見ていると、ティメオはある場所にむかって空から降り始めた。

「もうすぐ着くぞ」

 ティメオはルイーズのためにゆっくりと目的の場所へと着陸した。

 二人が来たのは、山の頂上付近にある、少し整った場所だった。

 道は整備され、道の横にはアミルーカという電気花が植えられていた。

「到着」

 ティメオはルイーズが箒から降りやすいようにし、ルイーズが箒から降りると、箒を手に持った。

「ここにもアミルーカが植えられているのね。おばあちゃんから聞いたの」

 裏の世界の明かりや電力は、全てアミルーカという電気花が利用されていた。花の寿命は一~五年で、花によって長さはバラバラだった。屋内ではガラスの容器に入っていて、卓上型やスタンド型など色々な形がある。花は咲いてから枯れるまで光り続けるので、ガラスの容器の暗さを調節して光加減をいじる。枯れたら電気花屋があるので、そこで買いなおした。

「電気を作ってくれるなんて、とてもエコだし、本当に素晴らしい花だよね」

「うん、表の世界にもあればいいのにな」

「そうだね。さぁ、こっちだよ」

 坂道を少し上ると、少し飛び出したところに庭園があり、花壇には手入れされた沢山の花が咲き乱れていた。

「わぁ、綺麗……庭園?」

「あぁ。ここからの景色が好きなんだ。だから一番にここへ連れてきたかった」

 ティメオはそう言うと、ルイーズを景色が見える端っこの方へと促した。

 庭園からは、景色が一望できた。深緑の森が眼下に広がり、所々、村や建物があるのがわかる。奥の方には海が見え、海の側にも一つ町があるのが見えた。

「これが裏の世界ね」

「ほんの一部だけどね」

「あっ、ねぇねぇ、あの森の中にある、花畑のように見えるのがエギスマール?」

「花畑?」

 ティメオがエギスマールの方を見ると、確かに、森の中にあるエギスマール特有のカラフルな建物は、庭園から見れば、花畑のように見えた。

「あぁ、あれがエギスマールだよ。ルイーズは面白い例え方するんだね」

「そう? 初めて言われた」

「俺にはない発想を持っていて、面白いなって思ったんだ」

「そっか、ありがとう」

 ルイーズはティメオに褒められて嬉しくなった。けど急に恥ずかしくなり、それを隠すように海の側にある町の事を聞いた。

「ねぇ、あの海の側にある町は?」

「あれはアイメルという町だ。町からみる海の眺めが綺麗だから観光客も多くて、美味しい魚介類も採れるから、レストランも多い。今度連れて行ってあげるよ」

「うん。楽しみにしているね」

 ルイーズとティメオは、それから少しの間、庭園から見える景色を楽しんだ。


 しばらくして、ティメオとルイーズは庭園を出て、到着した場所とは反対の方に向かって坂を上り始めた。

「今度はどこに連れて行ってくれるの?」

「庭園から少し歩くと、今の庭園を手入れしてくれているボラックという村があるんだ。そろそろ昼時だし、そこで昼食を食べてから、村を散策しようと思ってる」

「わぁ~どんな村だろう。楽しみだわ」

 二人は庭園から三十分ほど歩いて、ボラック村へと入った。

 ボラックは、丸い小さな湖が中心にある村で、湖の周りに家やお店などがあった。周りは森に囲まれ、綺麗な湖には祈りの場の建物が浮いている様だった。

 ルイーズとティメオは、湖の側までやってきた。

「祈りの場があるのは小島?」

 湖の真ん中にある祈りの場を見てルイーズが聞いた。

「いや、小島じゃない。浮かせているんだ。だから来る時によって、祈りの場の場所が違ったりする」

「そうなの? それじゃあ岸にぶつかったりしない?」

「それは大丈夫みたいだよ。湖に住む水の妖精が、岸にぶつからないように管理しているらしいから」

「湖に妖精がいるの?」

 ルイーズは湖の中を覗いた。

「あぁ。でもここにいる妖精は、裏の世界に住む者でも、見える者は少ないんだ。あと落ちるよ」

 ティメオはそう言うと、ルイーズの腕を掴んで、ルイーズが落ちないように支えた。

「ありがとう。でも見えない妖精って?」

 ルイーズは湖を覗くのをやめた。

「妖精の名前はフワリ。大人の平均が十五センチほどで、可愛らしい容姿をした上半身に、スカートのようなヒラヒラしたヒレがついているらしい。裏の世界でも、フワリが見える者は少なくて、表の世界には存在すら知られていないんだ」

 ルイーズはまた湖を覗いてみたけれど、やはりフワリという妖精の姿は見えなかった。

「そのフワリって妖精の名前、確かに初めて聞いたわ。ほんとね、何も見えない」

「そうだろ」

 二人が話をしていると、一人の魔女のおばさんが、果物の入った籠を持って、二人の側までやって来た。

「あら、見かけない顔ね」

「こんにちは」

「こんにちは」

 二人が挨拶すると、魔女のおばさんは、持っていた籠を湖の岸辺に置いた。

「こんにちは。今日はどちらから?」

「エギスマールからです。その籠は?」

 ティメオは岸辺に置かれた籠を見た。

「これはね、湖に住む妖精さん達へのお礼なの」

「お礼、ですか」

「えぇ、そうなの」

 魔女はそう言うと、湖から徒歩十五歩くらいの場所にある、自分の家を指さした。

「私の家はあそこ。で、私は魔女だから、水の妖精は見えない。けれど、風の強い日とか、窓から祈りの場を見ていたら、いつも何かが、祈りの場が岸にぶつからないように、必死に支えてくれているように見えるの。だから何かお礼が出来ないかって、時々こうやって、水の中でも美味しく食べられそうな果物を差し入れに来るのよ」

 魔女は湖の中を見ると、湖にむかって話しかけた。

「水の妖精さん、いつもありがとう。ここにお礼を置いておきますね。じゃあ私はこれで。あなたたちも、またね」

 魔女がルイーズとティメオにも挨拶をして去ってすぐ、ルイーズが湖の中を見ると、湖の底から何かが泳いでくるのが見えた。

「あれは……?」

「ん?」

 ルイーズはしゃがんで岸辺に手を置くと、落ちないようにしながら、さらに湖の中を見た。

 すると、湖の底から泳いでくる何かが、ルイーズが自分の姿が見えているのに気づき、ルイーズの側へと泳いで来た。

『あなた、私のこと見えるの?』

「えっ、えぇ見えるわ」

 泳いで来たのは、先ほどティメオが教えてくれたフワリの特徴にそっくりな水の妖精だった。

 いきなりルイーズが湖に話し始めたので、ティメオも湖の中を見た。けれどやはり何も見えず、こんどはルイーズを見た。

「何か見えるのか?」

「うん、可愛い妖精が見える。あぁそうか、もしかして! ティメオちょっと待って」

 ルイーズは水の妖精に話しかけた。

「あなたもしかしてフワリ?」

『そう、私は水の妖精フワリ。名前はフフっていうの。あなた達のお名前は?』

「私は天女のルイーズ。で、隣にいるのが魔法使いのティメオよ」

「え? ど、どうも」

 フフが見えないティメオは、何となく湖の中の方を見て挨拶をしたものの、フフのいる場所のとはズレてしまった。

『ルイーズ、ティメオに初めましてって伝えて』

 フフはそう言うと、水をピチャピチャして、ティメオに自分がここにいると教えた。

 ティメオはそれを見て驚いた。

「こっちにいるのか、もしかして」

「えぇそうよ。水の妖精フワリのフフって女の子。ティメオに初めましてって言ってる」

「こちらこそ初めまして、フフ」

 今度はフフが教えてくれた場所の方をちゃんと見て、ティメオはフフに挨拶をすることが出来た。

「そこで合ってるわ、ティメオ」

 ルイーズがティメオの腕にそっと触れると、ティメオはホッと胸をなでおろした。

「そうか、よかった。でもよく考えたら、ルイーズは天女だから、フフの事が見えるんだな」

「そうなの?」

「天女は昔から、神々に仕えてきた種族だから」

「そう言うことか」

 ルイーズがティメオの説明に納得していると、フフはまたピチャピチャと水を飛ばした。

『ルイーズが天女でよかった。ねぇ、急で悪いんだけど、一つ頼みがあるの』

「何?」

『さっき、ここに果物を置いて行った魔女のおば様に、いつもありがとう、ってお礼を伝えてほしいの。いつも置いてくださるのは皆知っていたんだけど、おば様、私達のこと見えないから、お礼を言えずにいたの。頼める?』

「わかった。伝えてくるから、ここで待っててくれる?」

『うん』

 ルイーズは、ティメオにもフフのお願いを伝えると、急いで魔女のおばさんが去った方を見た。しかし、時間が経った今では、もう魔女の姿は見えなかった。

 ティメオと二人で手分けして、村中を探し回った。しかしどんなに探しても魔女のおばさんの姿はなかった。

 ルイーズはティメオと落ち合うと、さっき聞いた魔女のおばさんの家も尋ねたが、家にもいないようだった。

 二人はフフの待つ岸辺へと戻り、見つからなかった事を伝えた。

「ティメオと二人で村中を探し回ったんだけど、見つからなかったの。ごめんなさいフフ」

『いいのよ、すぐに言わなかった私も悪かったんだし。ルイーズ、ティメオ、ありがとう』

「ごめんね、お役に立てなくて」

『いなかったのなら仕方がないわ』

 ルイーズはティメオに、フフの言葉を伝えた。

「力になれなくてごめんな、フフ。そうだ、今度おばさんが来たら俺にしたように、水をピチャピチャしたり、飛ばしたりして、ここにいるよ、って伝えてみたらどうだ? 俺達もあのおばさんに出会えたら、フフの言葉、伝えておくからさ」

 ティメオのアドバイスに、フフはニッコリと笑った。

『うん、やってみる。ねぇルイーズ、ティメオ。また会える?』

「えぇもちろん。また会いに来るわ。フフがまた会えるかって聞いてる」

 ルイーズはフフに返事を言うと、ティメオにフフの言葉を伝えた。

「ルイーズと二人で会いにくるよ、フフ」

『嬉しい、ありがとう。私、そろそろ行くね』

「フフが帰るって」

「そっか。じゃあまたな、フフ」

 ティメオはフフに手を振った。

「またね、フフ」

 ルイーズもフフに手を振ると、フフはルイーズとティメオに手を振り返し、果物を持って帰って行った。

 手を振り終わり、ルイーズは立ち上がった。

「フフ帰っちゃった」

 ルイーズの言葉を聞き、ティメオも立ち上がった。

「フフに会いに、またボラックに来ような」

「うん、また連れてきてね、ティメオ」

 ルイーズはティメオにニッコリ笑いかけると、二人で村をのんびりと歩き始めた。


 それから二人は、ボラックにあるカフェのテラスで湖を眺めながらランチを食べた。

 森の美味しい空気と美しい自然。綺麗な湖に、表の世界では見かけない綺麗な鳥たちが湖で遊ぶ美しい風景に、ルイーズは只々見惚れていた。

「ボラックのこの風景も素敵。本当に裏の世界はどこに行っても心が洗われるし、もっといろいろな裏の世界の場所に行ってみたくなるわ」

「俺が連れて行ってあげるよ、どこへでも」

 ティメオは真っ直ぐにルイーズの目を見つめながら言った。

 ルイーズはそんなティメオにドキッとし、ティメオの視線から目がそらせなくなった。

「うん、嬉しい」

 ティメオはルイーズにニッコリと笑い、ルイーズは自分の頬が赤くなるのを感じた。


 ランチの後に村をゆっくり見て歩いていると、目の前にお土産屋が出てきた。その店では、村のシンボルであるフワリのキャラクターグッズが沢山売られていた。

「ほら、フワリのグッズが沢山あるよ」

「え? これがフワリ?」

 お店に並んでいたのは、上半身が色々な動物で、下半身がヒラヒラとしたスカートのようなヒレのフワリだった。

「フワリの上半身は普通の人間と同じよ」

 ルイーズの言葉に店中の者が驚き振り向いた。

「えっ⁉」

「お嬢ちゃんそれ本当かい⁉」

 魔法使いである店主が、勢いよくルイーズの元へ飛ぶように走ってきた。

「はい、今さっき会ってきましたから、間違いありませんよ」

「こりゃ一大事だ‼ お~い大変だぞ、フワリの姿が違うってよ!」

 店主は慌てて店の奥へと駆け込んでいった。

「俺も知らなかったよ。この村の土産屋は全部こんな容姿をしているから、てっきりこうだと思ってた」

「余計なこと言っちゃったかなぁ?」

「正しい情報だから、これでよかったと思うよ」

 そんなことがありつつも、二人は美しいボラックを楽しみながら散策してまわったのだった。

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