第3章
3-1・エギスマール
次の日、ノランは何か用事があると言って朝早く出かけたので、ルイーズはマノンと二人で買い物へ出かけた。
買い物をする町までは徒歩で三十分くらい。
マノンと二人で家を出ると、家からすぐの橋を渡り、スターフラワーの咲く森を抜けた。
森を抜けると草原が目の前に広がっていて、草原の草花が秋のそよ風に吹かれ、気持ちよさそうにゆらゆらと揺れていた。
「いつもこうやって歩いて買い物へ行くの?」
ルイーズは草原に通る道を歩きながらマノンに聞いた。
「えぇそうよ。ノランが暇なときは二人で、ノランがいない時は一人で散歩がてら歩いて行くの」
「確かにこの道なら歩いていても気持ちがいいものね、散歩にはピッタリだと思う」
「でしょ」
マノンが自慢げに言うので、ルイーズは笑いながらうんうんと大きく頷いた。
それからしばらくして、ちょうど草原を端から歩いて真ん中あたりのところで、モナリコとエンゾのカフェに行く、木のトンネルの分かれ道が出てきた。
「こっちの分かれ道の方を進むと、モナリコとエンゾさんのカフェね」
ルイーズは分かれ道の方を指で指した。
「そうそう。もう道覚えたなんてやっぱり若いわね~。いつでもカフェへ行けそうね」
マノンが感心しているので、先ほどのお返しに、ルイーズも自慢げに返事を返してみた。
「えぇ。モナリコとエンゾさんに遊びに行くって約束したから」
「そうだったわね」
二人は談笑しながら分かれ道の方へは行かず、真っ直ぐ町の方へ歩いて行った。
草原を端まで歩き、二つ目のスターフラワーの咲く森を抜けると、エギスマールという町の門と城壁がすぐに現れた。
エギスマールは、空から見ると丸く円形になっている。一応、町を囲む壁と門があるけれど、争いの為ではなく、野生の動物たちが間違って町へ入ってこないようにと城壁があるそうだ。
門はというと、動物除けの呪文がちゃんとかかっていて基本ずっと開けっ放し。それ故町の人達が年に一度、ちゃんとメンテナンスをしなければ、門が閉じなくなってしまうらしい。
ルイーズは、立派な門は飾りなんだと思いながら、マノンと一緒に町の中へ入った。
町の中の建物は全て木組みのカラフルな建物で、赤や黄色や青やオレンジ色など、色んな色の建物が並んでいて、とても綺麗だった。
「わぁ、綺麗な町」
ルイーズは目を輝かせながら町を見回した。
「そうでしょ。まずは町の中心にある祈りの場へ行くわよ」
マノンはそう言うと、カラフルな建物に見入っているルイーズの手を引いて町の中心へ向かった。
町の中心には、丸い形をした祈りの場と呼ばれる建物と噴水広場があった。
噴水広場は、町の人達の憩いの場所になっているようだった。絵を描いている人もいれば、歌を歌っている人もいたり、杖でシャボン玉を出す練習をしている魔法使いの子供達がいたりと、皆思い思いに過ごしていた。
人々の間を抜け、祈りの場の建物の中へ入った。
祈りの場の建物内は壁と床が綺麗な白色で、中央には大きな
入口のドアから命美儀までは、森のような色をした緑色の絨毯が敷かれ、ルイーズはマノンに連れられて、緑色の絨毯の上を歩いて
マノンはルイーズの方を見た。
「この
マノンが教えてくれたパアス裏地区の場所は、ルイーズの住む表の世界のパアス国の位置と、ほとんど同じ辺りだった。
「表の世界のパアスとほとんど場所が一緒ね」
確かに裏の世界の地表は表の世界の地表と似ているけれど、マノンの言った通り、見たことのない島があったりと、改めてここは裏の世界なんだとルイーズは思った。
「裏の世界は、裏の世界全体で一つの国なの。だから、ここはパアス裏地区、
「えっ、裏の世界全体が一つの国なの⁉」
「そうなの。裏の世界は
「裏の世界の人すべてが
「そうよ、他の宗教はないわ。ちなみに今、歩いてきた絨毯は、それぞれの場所で色が違っていて、ここの町は森に囲まれているから森のような緑色なの」
「じゃあ海の近くなら、絨毯は海のような青色なの?」
「そういうこと。さぁ、ルイーズも一緒に裏の世界の平和を祈りましょう」
「うん」
ルイーズはマノンと共に、食事の時と同じように胸の上で手を合わせると、命美儀の下で目をつぶって裏の世界の平和を祈った。
しばらくして祈りが終わり、マノンと二人で改めて命美儀を見上げた。
マノンはそっとルイーズの手を取った。
「ルイーズ。
ルイーズはマノンの手を握り返した。
「裏の世界の地表はとても綺麗で、裏の世界の人々が大切にして暮らしているのが、少しわかった気がする」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。さて、そろそろ買い物に行きましょうか?」
ルイーズとマノンは手を繋いで祈りの場を後にした。
外へ出ると、マノンとルイーズは最初に薬屋へと向かった。
マノンがいつも利用している薬屋は、祈りの場の近くにある病院の隣にあり、祈りの場からすぐに辿り着くことが出来た。
古いギーっという音のするドアから店の中へ入ると、店内はルイーズの想像していた、これぞ魔法と呼べるような店内だった。
まず、昔絵本で見たことがあるような、高さ一メートルくらいの大鍋が二つ、奥でグツグツと煮立っているのが目に飛び込んできた。
次にカウンターの上を見ると、猫の置物にすり鉢や砂時計、見たことのない植物の葉や花が入った籠、開きっぱなしの分厚い本が置かれていた。
さらにそのカウンターの奥に見える棚の中には、山積みになった分厚い本の山に、色々な形をした沢山のフラスコや試験管。綺麗なお玉や柄の曲がったお玉に、何か色々な材料らしき物が入っているガラス瓶の山など、沢山の道具がギュウギュウに詰め込まれていた。
そして、店の真ん中には丸テーブルとイスが四脚置かれていた。
二人はカウンターの上にある猫の置物の前まで行くと、マノンが猫の置物の頭を優しく撫でた。
「ゾエさんを呼んで頂戴」
すると、猫の置物からニャオーという鳴き声が聞こえ、薬屋中に響き渡った。
しばらくすると、ドダドタという足音を鳴らしながら、黒い服を着た一人の老魔女が上の階から降りてきた。
「やぁマノンじゃないか、いらっしゃい。いつものかい?」
「えぇ、お願い」
「椅子にでも座ってちょっと待っていておくれ。おや、その子どこかで……」
ゾエという老魔女はルイーズの近くまで来ると、ルイーズの顔をいきなり覗き込んできた。
「わっ」
ルイーズがびっくりした顔をして固まっていると、マノンがそっとゾエをルイーズから引き離してくれた。
「あぁ、思い出したよ。あんたモナリコの店にいた子だね」
「私の孫のルイーズよ。私と同じ天女なの」
「そうかい。それであの時モナリコが喜んでいたわけか。あんたによく似て孫も美人だね」
「ありがとうゾエ」
「ちょっと待っていておくれ。今用意するからね」
ゾエはルイーズを見てニッコリ笑うと、ドタバタとカウンターの中へ入って行った。
ルイーズとマノンは薬が出来るまで、言われた通り真ん中のテーブルで待つことにした。
二人が見守る中、ゾエはカウンターの奥の棚から、葉や花を細かくしたものが入っている数種類の瓶と、カラフルな液体の瓶を二本、空のビーカーを一つカウンターの上に乗せた。
次に魔法の杖を一振りして、すり鉢のすりこぎ棒を魔法でひとりでに動くようにすると、持ってきた花や葉を少しずつすり鉢に入れた。
部屋中にすりこぐ音が響き渡る中、ゾエはビーカーを手に持ってカウンターを出ると、奥の大鍋の一つからお玉で一杯、中で煮立っているオレンジ色のドロドロとした液体をすくうと、ビーカーに入れてまたカウンターの中に戻った。
ゾエはすり鉢の中を覗き込んだ。
「こんなもんだね。ルイーズこっちへおいで、面白いものを見せてやろう」
ゾエに呼ばれ、ルイーズがすり鉢の側まで来ると、ゾエは持ってきたビーカーの中のドロドロした液体を少しずつすり鉢に入れた。
すると、すり鉢の中で粉々になった葉や花とドロドロが混ざり合いだし、今までオレンジ色だったドロドロが、マーブル模様のようになり始めた。
「わぁ、綺麗なマーブル模様」
ルイーズが喜ぶと、ゾエは笑いながらルイーズを見た。
「綺麗だろ。さぁ仕上げだよ、少し離れていな」
「はい」
ルイーズが一歩下がると、ゾエはカラフルな液体の入った瓶二本を一滴ずつ、すり鉢の中へ入れた。
液体はどんどんすり鉢の中の物と混ざり始めたと思ったら次の瞬間、ボンっという音と共に、すり鉢から輪っかのような煙が上がった。
「マノン、完成したよ」
「ありがとう」
マノンがカウンターに来る頃、やっとすり鉢から煙が消えて中が見えた。
すり鉢の中には、沢山の錠剤と思われるものが入っていた。
「錠剤?」
ルイーズがゾエに聞いた。
「そうだよ。腰痛の薬さ」
ゾエはそういうと、マノンが持ってきた空瓶の中に、すり鉢の中の錠剤を全部入れてくれた。
「ありがとう。はい二千ラーウね。あとこれも持って来たわ」
マノンはそういうと、買い物かごの中から綺麗な花を出してゾエに渡した。
「ありがとう。いつもすまないね。薬は多めにしといたからね」
「また来るわね」
マノンは瓶を買い物かごへ入れると、ゾエに手を振って店の外に出た。ルイーズはゾエに軽く頭を下げると、急いでマノンの後を追った。
外に出ると、店の中が少し暗かったせいか、周りが眩しく見えた。ルイーズは目を細めながら、マノンの方を見た。
「おばあちゃん腰が悪いの?」
「私は畑仕事をしたりして、腰を曲げたりするから。あとは歳のせいね。時々ノランも飲んでいるのよ」
「そうなの。おじいちゃんもおばあちゃんもあまり無理しないでね」
ルイーズはそういうと、マノンの腰を摩った。
「えぇ、ありがとう」
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
ここで、薬屋の中にいた時から気になっていたことを、ルイーズは聞いてみることにした。
「ゾエさんの薬屋にいるときから気になっていたんだけど、おじいちゃんも魔法使いなら、薬って作れたりしないの?」
ルイーズの質問に、マノンは良い質問だと言わんばかりの笑顔になった。
「あの人はとても素晴らしい魔法使いだけど、薬作りだけは苦手みたい。本人は苦手じゃなくてやらないだけって言っているけれど、エンゾ曰く、大の苦手だって言っていたわ。まぁ、エンゾの情報なら間違いないでしょう」
「ふふっ、おじいちゃんにも苦手なものがあったのね」
「えぇ、そうなの。さて、次は何を買うんだっけ?」
マノンは買い物かごの中から買う物を書いたメモを取り出した。
「次は商店街の方ね。行きましょうか」
「うん」
ルイーズはマノンと仲良く手を繋ぐと、商店街の方へと移動した。
エギスマール商店街は、この町で一番賑わう場所。
商店街には魚屋に八百屋、肉屋、パン屋、雑貨屋に本屋など、表の世界にもあるようなお店の他、魔法用具のお店や、夜だけ開く吸血鬼専門店、何を取り扱っているか分かりずらいお店など、裏の世界にしかないようなお店なども沢山並んでいた。
「凄い! 色んなお店がある。魔法用具店に吸血鬼専門店だって、見たことないお店ばかりだわ。それでおばあちゃん、どこのお店に行くの?」
マノンは買い物の紙を見た。
「今夜はアシ・パルマンティエにしようと思っているから肉屋ね。野菜は私が作った物が家にあるから必要ないわ。あと他に魚屋にパン屋へ行くわ」
「わぁ、私アシ・パルマンティエ大好き」
「昔から好きだったものね」
それから二人はまず、魚屋へ向かった。
魚屋では、その日に取れた新鮮な魚がお店に並んでいて、中にはルイーズが見たことのない魚や貝も並んでいた。
「明日ムニエルにするから、おススメを教えてちょうだい」
マノンが聞くと、店主はムニエルにおすすめの魚を見せてくれた。
「鮭はどうだい。今日は良いのが入っているよ」
「えぇ、良さそうな鮭だわ。それを頂こうかしら」
店主に鮭をさばいてもらうと、支払いを済ませてから、次に肉屋へと移動した。
肉屋では、昔からノランやマノンを知る店主が店を経営していて、マノンが孫のルイーズだと店主に紹介すると、店主はルイーズのお祝いにと言って、買ったもののほかにソーセージをおまけしてくれた。
「ありがとうございます」
ルイーズがお礼を言うと、店主は大きな分厚い手を振ってくれた。
「いいってことよ。また来ておくれ」
「はい」
肉屋を出ると、ルイーズはマノンの買い物かごを持った。
「最後にパン屋さんね。そういえば、パン屋さんが何軒かあったけど、どのパン屋さんがエギスマールで一番美味しいの?」
「一番? そうね……」
マノンは少し考えてから答えた。
「エギスマールのパン屋さんはどこも美味しいから、どこか一番とか選べないわ。いつもその日の気分で買う店を決めるのよ」
「私も表の世界で同じようにパン屋を決めているわ」
「あら、私と一緒ね。やっぱり私のかわいい孫ね。今日は端っこのパン屋へ行くわよ」
「うん、わかった」
それから二人は端っこのパン屋へと移動すると、店内へと入った。
店内は表の世界のパン屋と同様に、パンのいい香りが店中に充満していて、表の世界にもあるようなパンから、特定の種族用のパンなど、様々なパンが並んでいた。
マノンのおススメのパンや、ルイーズが気になったパンなどを昼食や夕食用にと、何個か買って買い物かごへと入れると、買い物かごは一杯になった。
「これで買い物は終わりよ。では帰りましょうか、ルイーズ」
「うん」
支払いを済ませると、パン屋から出るためにルイーズがドアを開けた。
するとちょうどその時、パン屋へ入ろうとしたティメオと偶然、鉢合わせをした。
「あれ、ティメオ?」
「ん? あぁルイーズか。こんにちは、マノンさん」
「ティメオ、こんにちは」
三人は話をするために、パン屋の外へ出ると、人の邪魔にならないようにと道の端っこへ移動した。
「買い物?」
「うん、ちょうど終わったとこ。ティメオは?」
「昼食を買いに来たんだ。それにしても買い物かご一杯で重たそうだね。軽く感じるように魔法かけようか?」
「ありがとう。お願い」
ティメオは杖をローブの中から取り出すと、サッと魔法をかけてくれた。重かった買い物かごの重さが軽く感じるようになった。
「そういえば明後日、仕事が休みなんだけど、早速どこか行くか?」
「うん、行きたい。おばあちゃん行ってもいい」
ルイーズはマノンを見た。
「えぇ行っても構いませんよ。ティメオ、ルイーズの事よろしくね」
「はい。じゃあ明後日の朝十時頃に家まで迎えに行くよ」
「わかった、明後日の朝十時ね」
「それじゃあ俺はこれで」
ティメオはマノンに軽く頭を下げると、パン屋の中へと入って行った。
ルイーズとマノンはティメオに手を振ると、朝来た道を通って、家まで帰って行った。
家にたどり着き、それから時間は過ぎて夕方。
ルイーズはマノンと二人でアシ・パルマンティエを作った。
アシ・パルマンティエとは、炒めた挽肉に、潰したジャガイモとチーズを被せてオーブンで焼いた料理のこと。ルイーズは子供の頃からこれが大好きで、母親のエマと一緒に昔からよく作った。
今回初めて祖母のマノンと一緒にアシ・パルマンティエを作ってみて、エマの作り方はマノンから教わったものだったことを知った。
作り終わったころ、ノランがちょうどお腹を空かせて帰ってきた。
なんでも、頼まれた用事が思っていた以上に忙しく、あまりまともに昼食を取ることが出来なかったらしい。マノンとルイーズは、ノランのために急いで夕食の準備をすると、すぐに夕食の時間にした。
アシ・パルマンティエは、ひき肉をマッシュポテトとチーズが優しく包みこみ、口の中に広がっていく、とても柔らかくて、食べやすい料理。
ノランはアシ・パルマンティエを食べると、マノンを見た。
「今日も美味しいよ、マノン」
「それは良かった。今日はルイーズも手伝ってくれたのよ」
「そうか、それは嬉しいのう。美味しいよ、ルイーズ」
ノランが満面の笑みでルイーズに美味しいと言ってくれたので、ルイーズはとても嬉しくなった。
「ありがとう、おじいちゃん。今日はおばあちゃんと一緒にエギスマールに行ったの。見たことないお店ばかりだったんだけど、中でもゾエさんの薬作りが凄かったわ」
「初めて見たんじゃなぁ。表の世界ではあんな風に作らんから、面白かったじゃろ」
「うん、面白かったよ。それに一度ゾエさんとは木のカフェで会っていたみたい」
「ほほぉ、それは偶然じゃな」
三人はそれからも、その日一日あった出来事などを話ながら夕食を楽しんだ。
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