2-3・パーティー

 家の散策後、ルイーズは自分の部屋に戻り、ベッドの上でゴロゴロして過ごしていた。

 スマートフォンを覗いてみたが、思っていた通り電波は通じておらず、スマートフォンをベッドの横にあるサイドテーブルに置いた。

「はぁ。想像以上に素敵なお家で逆に驚いちゃったな。ずっと来たかったから、やっと来れてよかった」

 ルイーズはそんなことを考えながら天井を見つめていると、いつの間にか眠ってしまった。


「ルイーズ起きて、夕食ができましたよ」

 マノンに起こされてあくびをしながら起きると、外はすっかり夕方になっていた。

 けれど開けていた窓から入ってくる自然の匂いや、家まで来るときに渡ってきた川の流れる音、風で木が揺れて葉のこすれ合う音、鳥の鳴き声などが聞こえてきて、寝起きなのにとても気分がよかった。

「はぁ、自然の匂いや音に包まれて、とても気持ちのいいお昼寝だった」

「それは良かった。けどもう夕方よ。ほら髪と服を整えないと」

 マノンはルイーズを立たせると、いそいそとルイーズの髪や服を整えてまわった。

「どうしたの? 別にぐちゃぐちゃでも構わないよ。このぐちゃぐちゃ姿を見るのはおじいちゃんとおばあちゃんだけだもの」

 ルイーズはそう言いながら、マノンにされるがままボーっと立っていた。

 けれどマノンは首を横に振った。

「それはダメよ、綺麗にしなくちゃ」

 寝ていてぐちゃぐちゃになった髪を綺麗に結いなおし、しわになった服を伸ばすと、マノンは少し遠くに立ってルイーズを見た。

「よし、こんなものね。さぁ行くわよ」


 マノンに連れられて一緒に階段を降り、ダイニングルームへマノンの後に続いて、完全に起きていない頭のままのルイーズが入ると、なんと部屋中に沢山の人々がいて、ルイーズは一気に目が覚めた。

「えっ?」

「ほら、ルイーズが来たわよ」

 そう言いながら突然抱き着いてきたのはモナリコだった。

「モナリコ? どうしたの?」

「今夜はルイーズが、裏の世界へ来られるようになった記念のパーティーよ」

「きっ、記念のパーティー⁉」

「えぇ。覚醒という素晴らしい成長を祝うパーティーよ」

「そうなの? 私何も知らなかった」

 ルイーズは驚いた眼差しをノランにむけると、ノランはいたずらっ子のような顔をした。

「ルイーズを驚かせようと思って、皆で内緒にしていたんじゃ」

「でも昼間、家の探検をすると言い出した時は、流石にばれるんじゃないかとドキドキしたわ」

 マノンはそう言うと、ノランの横に並んだ。

「そうだったの。全然気づかなかったわ。あれ、もしかしてエンゾさんもご存じだったんですか?」

 ルイーズがエンゾを見つけると、エンゾはルイーズに手を振った。

「もちろんじゃ。のうノラン」

「あぁエンゾ、その通りじゃ」

 ノランとエンゾ二人のいたずらっ子のような顔に、ルイーズは思わず笑ってしまった。

「やられたわ」

「そうじゃろ、そうじゃろ。さぁ、パーティーを始めようかの。では皆の者、光宙之命美神こうちゅうのめいみしん様に感謝を、今日もありがとうございます」

 それからノランの掛け声のもとパーティーが始まり、部屋中にグラスとグラスが当たる音が響いた。


 パーティーは立食パーティーで、マノンとモナリコが腕によりをかけた料理がテーブル一杯にずらりと並び、ノランとエンゾはこの辺で一番美味しいお酒を造るワイナリーから、樽を丸々一個持ってきていた。

 ルイーズはノランとマノンと一緒に、お祝いに駆けつけてくれたゲストへ挨拶に回っている合間に、そっとノランに聞いた。

「樽を丸々一個買ってきたの?」

「そこのワイナリーのオーナーがわしとエンゾの古い友人での。お祝いにもらったんじゃ」

「え? もらったの、あれ」

「そうじゃ。最初はワインを買おうとエンゾと行ったんじゃが、めでたい祝いじゃからって、そいつがくれたんじゃ。ありがたい話じゃな」

「そうだったのね、凄いわ」

 それからしばらく、ゲストへの挨拶回りは続いた。

 ゲストには色々な人が来ていて、話が長くなる人もいれば、急に祝いにと歌いだす人、喜びのあまりなぜか泣き出す人もいれば、中には初めて会う親戚も何人かいて、全員へ挨拶が終わった時にはクタクタになってしまった。


「ちょっとくらいいいよね」

 ルイーズはこっそりダイニングルームを抜け出すと、リビングへ移動しようと玄関の前を通り過ぎたちょうどその時、玄関のベルが鳴り、ルイーズは抜け出すのをあきらめた。

 ドアへルイーズは行くと、外にいる人に声をかけた。

「はい、どちら様でしょうか?」

「ティメオ・ルーホンです」

「えっ、ティメオ⁉」

「ん? その声はルイーズか?」

「そうよ。今開けるわ」

 ルイーズは急いでドアを開けた。

 するとドアの前に、花束を持ったティメオが立っていた。

「ティメオ、いらっしゃい」

「こんばんは。おめでとうルイーズ、これ」

 ティメオはそう言うと、ルイーズに花束を渡した。

「ありがとう。さぁ入って」

 中へ入ると、ダイニングルームからマノンが出てきたので、ティメオは会釈をした。

「遅くなってすいません。本日はおめでとうございます」

「いらっしゃい。今日は来てくれてありがとう。ゆっくりしていってね」

「はい」

 マノンはそう言うと、ティメオをダイニングルームへと案内した。

 ルイーズは改めてティメオにお礼を言った。

「来てくれて嬉しいわ、ティメオ。お花もありがとう。すごくきれいなお花ね」

「そうだろ。なるべく裏の世界にしか咲かない花で花束を作ってもらったんだ」

「わぁ、それは凄く嬉しい。ありがとう」

「どういたしまして」

 ルイーズは花束を一旦空いている場所に置くと、ティメオと二人で話をしながら食事を取り始めた。


 ティメオはノランやマノンとは親交がなかった。けれど今回、ルイーズが自分の事を知る手伝いをしてくれたということで、モナリコの紹介でパーティーにノランとマノンが呼んだらしい。

 ティメオはお酒を一口飲むと、グラスをテーブルに置き、さっきお皿に取ってきた料理を一口食べた。

「今日は元々仕事が入っていて、ちょっと時間がかかりそうだから行けないかもしれないと、ノランさんとマノンさんには伝えたんだ。けど、それでもいいから是非パーティーに来てほしいって言ってもらったから、急いで来たんだよ」

 ルイーズも料理を一口食べた。

「忙しい中来てくれてありがとう。ところで、ティメオってどんな仕事をしているの?」

「俺の仕事? 俺の仕事は、前に手の甲に何の種族か調べるために当てた紙があっただろ? うちの家は代々あれを作っている会社で、俺もそこで働いているんだ」

「それであの紙を持っていたのね」

「そういうこと。まぁたまたま持っていたんだけどね。ルイーズは何の仕事をしているの?」

 ティメオはお皿に載っている最後の料理を口に放り込むと、お皿をテーブルに置いた。

「私は表の世界の工場で働いているの。食品工場よ」

「工場か、結構大変なところで働いているんだな」

「まぁ、何とか働いているわ」

「そっか。ルイーズはいつまで裏の世界にいるんだ?」

 ルイーズも自分のお皿に載っている料理を全部食べると、お皿をテーブルに置いた。

「今日から一週間ほど裏の世界にいるわ」

「たった一週間しかいられないのか」

「うん、そうなの」

 ティメオはグラスを手に取ると、お酒を一口飲んだ。

 そして何か意を決したように、ルイーズの目を見た。

「あのさ……もしルイーズがよかったらの話なんだけど、俺が裏の世界を案内しようか?」

 思ってもみなかったティメオの提案に、ルイーズは目を輝かせた。

「いいの⁉ 凄く嬉しい」

 ルイーズの満面の笑みを見て、ティメオは内心ホッとした。

「よかった。じゃあ決まりだな」

「うん」

 ティメオとルイーズは、改めて二人でもう一度乾杯をした。


 それからすぐ、ノランとマノンがティメオのところに挨拶へ来た。ずっとモナリコを伝ってパーティーの話をしていたので、ノランとマノンがティメオに会うのは今日が初めて。

 ティメオは一礼をしてから自己紹介をした。

「お初にお目にかかります。ティメオ・ルーホンです。本日はルイーズさんのパーティーにお招きいただき、ありがとうございます。遅れて申し訳ありません」

「いやこちらこそ、仕事が忙しいのに無理を言って足を運んでもらった。本当に来てくれて感謝しておる。ルイーズの祖父のノランじゃ。こちらは女房のマノン。その節はルイーズが世話になった」

「いえ」

 ティメオが遠慮気味に首を横に振ると、マノンはニッコリ笑った。

「そんなに遠慮しなくていいのよ。私たちはルイーズが自分の事を知るお手伝いをしてもらって、本当に感謝しているの。ありがとう」

 それから改めて四人で乾杯をすると、ノランはティメオに質問をした。

「ルーホンと言うと、あの種族判定用紙の会社のルーホン家では?」

「はいそうです」

「やはりそうじゃったか。君もそこで?」

「はい、私もそこで働いています」

 マノンの説明によると、ティメオの家が代々製造販売している種族判定用紙というのは、ティメオの家だけが製造販売を許されている商品で、裏の世界では有名な名家の一つ。

 ルイーズはティメオのお家がそんなに凄いお家だったなんてこれっぽっちも想像していなかった。

「ティメオの家ってそんなに凄かったの?」

「俺は生まれた時からそれが当たり前だから、凄いかどうかなんてわからない。けど、色んな人にはよく名家なんていわれるよ。でもルイーズには、今まで通り普通に接してほしいな」

「わかったわ」

 ルイーズはティメオとの間に、ふんわりと温かいものが生まれたような、そんな気がした。

「そう言えば、さっき二人で楽しそうに何を話していたの?」

 マノンに聞かれ、ルイーズはふと我に返ると、さっきの事を話してみることにした。

「実はね、ティメオに裏の世界を案内してもらえることになったの」

「そうなの? ティメオ、あなたには色々とルイーズが迷惑をかけてしまって申し訳ないわね」

「いえ、俺から是非、裏の世界を案内させてほしいとルイーズさんに頼んだのです。ルイーズさんの事は任せてください。仕事の日は流石に無理ですが、出来るだけ案内できるように時間を作ります」

 ルイーズから案内を頼んだと思っていたノラン達は少し驚いたようだった。

「そうだったのか。でもあまり無理をせぬようにな」

「はい。大丈夫です」

 それから二人が別のゲストのところへ移動すると、ルイーズは改めてティメオにお礼を言った。

「色々とありがとう、ティメオ。パーティーに来てくれるだけでなく、裏の世界の案内までしてくれるなんて、本当に感謝しているわ」

「ははっ、俺が案内したいだけだからそんなに何回も感謝しなくて大丈夫だよ」

「あれっ、そうだった?」

「まぁ、俺はそこがルイーズの良いところだと思うけどね」

「ありがとう」

「ほらまた言った!」

「えぇ~つい言っちゃうのよ」

「言ってもいいよ別に。ちょっとからかってみただけだから」

「も~ふふふっ」

 二人は話をしているうちにだんだん可笑しくなり、思わず顔を見合わせて笑った。

「楽しく行こうな。それにしても、ノランさんの事は祖父母や両親、モナリコからたまに話を聞いていたから、名前だけは知っていたけど、実際に会うと本当に力のある魔法使いだって事がよく分かったよ」

 ティメオは自分のグラスを空にするとテーブルに置いた。

ルイーズはティメオの話に驚いたが、すぐに疑問が生まれた。

「おじいちゃんってそんなに凄い魔法使いだったの? 私は今日初めておじいちゃんが魔法使いだって知ったの。とても驚いたわ。お母さん魔法は何にも使わないから、まさかおじいちゃんが魔法使いだったなんて思ってもみなかった。だとすると、もしかしておじさんも魔法使い?」

 ルイーズの疑問には、両手にデザートの乗ったお皿を持って来たモナリコが答えた。

「当たりよルイーズ。はいデザート」

 モナリコはルイーズとティメオそれぞれにお皿を渡した。

「ありがとう。おじさんも魔法使いだったなんて。でも今思えば、時々マジックを見せてくれたことがあったけど、あれってもしかして魔法だったのかも。あぁ、私って鈍感」

 ルイーズは自分にあきれながら、口いっぱいにデザートを放り込んだ。

「知らなかったんだから仕方がないわ。でもレオったらマジックなんかしていたの?」

「えぇ、家に遊びに来ては、必ず新しいマジックを披露してくれた」

 ティメオはデザートを全部平らげると、さっき空にしてテーブルに置いたお皿に重ねた。

「レオっていうのは?」

「あぁ、ルイーズのお母さんの弟よ。今どこで何をしてるか知らないけど、彼も力のある魔法使いよ」

 モナリコはそう言うと、テーブルにある空になったお皿やグラスを手に持つと、キッチンの方へ歩いて行ってしまった。

「知らなかったことばかりで頭がパンクしそうだわ。私、叔父さんは世界を渡り歩くマジシャンだって思っていたのよ」

 ルイーズが不満そうな顔で言うと、ティメオは笑った。

「どうやったらそんな発想になるんだよ」

「だって会うたびにマジックを見せてくれるし、魔法が存在するとは夢にも思わなかった。叔父さんは世界的に凄いマジシャンだって思い込んでいたし、叔父さんにそうか聞いたら、叔父さんもそうだって言っていたのよ。あぁ騙されたわ」

 ルイーズが肩を落とすと、ティメオは笑いながらポンポンとルイーズの頭を撫でた。

「今度会ったときに、本当は何の仕事をしているのか聞いてみたら?」

「そうね。あと嘘をついた罰として何かおごってもらわなくっちゃ」


 二人はその後もパーティーが終わるまでおしゃべりをして過ごした。

 ティメオが表の世界にはコンステレーション・パッサージュにだけ行くと言うので、パン屋で偶然会った時の事や、よく行くパン屋はどこかという話、好きなパンの種類など、パンについて二人で沢山熱く話をした。

 パーティーが始まったときはどうなるかと心配していたルイーズだったが、ティメオのおかげでとても楽しいパーティーになった。

 ティメオはパーティーが終わった後も、片づけにモナリコとエンゾと共に残ってくれた。

 まぁ片づけと言っても、ルイーズが想像していたような大変な片づけではなく、ノランとエンゾ、モナリコとティメオの魔法使いたちが、魔法を使ってパパっと片づけてくれた。

 まずはエンゾが食器類をキッチンへ飛ばすと、次にモナリコが食器を洗うように魔法をかけた。ピカピカになった食器類はノランが乾燥させて元の場所へ戻し、ティメオは部屋を掃除してくれた。  

 始め手伝おうとしたものの、あっという間に魔法によって片付いていく様子に、ルイーズは大きな拍手を送った。

「凄い! あっという間に片付いちゃった。いいな~魔法が使えて」

「ホントよね。いつ見てもあこがれちゃうわ」

 マノンとルイーズが羨ましがっていると、モナリコが二人の側に来た。

「何言っているの、魔法が使えるだけよ。私はあなたたち天女の綺麗な容姿の方が羨ましいわ」

「容姿なんて何の得にもならないわよ」

 マノンはそう言うと、ルイーズは大きく頷いた。

 片づけが終わった後、ルイーズはノランとマノンと共に、モナリコとエンゾ、そしてティメオが帰るのを見送るために外へ出た。

「だんだん寒くなって来たね。ちょっと冷える」

 ルイーズが自分の腕をさすると、ティメオも来ていた服の前を閉めた。

「あぁ確かに」

 ティメオがそう言って夜空を見上げたので、ルイーズもつられて夜空を見上げた。

 すると、今まで見たことのないくらい満天の星空が、ルイーズの頭上に広がっていた。

「わぁ凄い! 何て素敵なの。こんな凄い満天の星空を見たのは初めてよ」

「そろそろ寒くなってきて、いつもより星が綺麗に見えるようになってきたからな。ルイーズの住むところでは星、あまり見えないの?」

「うん、こんなにも満天には見えない。ちょっと見えるかな、くらいね」

「そうなのか」

「うん」

 二人がまだ一緒に夜空を見上げていると、先にノランとマノンと話が終わったモナリコが声をかけてきた。

「ティメオ、そろそろ帰りましょう」

 ティメオとルイーズは夜空を見上げるのをやめると、ノラン達のいる方へ移動した。

 ティメオはノランとマノンの方を見た。

「ノランさん、マノンさん。今日は楽しかったです。お招きいただきありがとうございました」

「いやこちらこそ、忙しい中パーティーに来てくれてありがとう。君と知り合えてうれしく思っているぞ。またいつでも遊びにおいで」

 ノランがニッコリとマノンの肩を抱きながらティメオを見ると、マノンも同じようにニッコリしながらティメオを見た。

「いつでも待っているわ」

「ありがとうございます。では今日はこれで。ルイーズ、また今度」

 ティメオがノランとマノンに頭を下げると、ルイーズに軽く手を上げたので、ルイーズはティメオに手を振った。

「うんまた今度。気をつけて帰ってね。エンゾさんもモナリコも今日はありがとうございました。またカフェに遊びに行きます」

「是非待っているわ。いつでも遊びに来てね」

「待っとるぞ」

 ルイーズは三人を見送りながら、ルイーズにとって表の世界にはない、人々との温かいふれあいや出会いに、心が温かくなっていくのを感じた。

「私、素晴らしい人たちに出会えて嬉しいわ」

 ルイーズがそうつぶやくと、ノランとマノンはルイーズを抱きしめた。

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