第2章

2ー1・初めての裏の世界

 初めて裏の世界へ行く日。ルイーズは世界地図の書かれた大きなトランクを持って、モナリコの店の前にやって来た。

 いよいよ裏の世界へ行くのかと思ったらまたドキドキと緊張してきたので、ルイーズは深呼吸をして息を整えた。

「よし、行こう」

 トランクをガラガラ引いて店内へ入ると、相変わらず店主のモナリコの姿はなく、一階の店内は誰も人がいなかった。


 とりあえず、ルイーズは一言お邪魔しますとだけ言うと、店内のさらに奥にある、猫の銅像の前まで移動した。

「おはよう猫さん。私、今日から一週間ほど、裏の世界に住むおばあちゃん達の家に泊まりに行くの。それでおばあちゃん達と下のカフェで待ち合わせをしているんだけど、カフェまでの階段の入り口を開けてくれる?」

 ルイーズはそう言うと、猫のあごの下を撫でようと猫の銅像に近づいた。

「あれ、いつもの猫さんと違うような気が……。何て言うか、いつもの猫さんよりちょっと小さいわよね……」

 ルイーズは猫の銅像に違和感を感じて、少しの間見つめていると、猫の銅像が勝手に動き始め、カフェへの入り口が開いた。

「あぁ猫さん、開けてくれてありがとう。見つめすぎて恥ずかしくなっちゃったかしら。まぁ、そんなことないわよね。じゃあ行ってくる」

 ルイーズは猫の銅像に手を振ると、カフェへの階段を降りた。


 カフェに入ると、ルイーズの階段を降りる足音と、壁に当たるトランクの音で気づいたのか、先にカフェへ来ていた祖父のノラン・ベルナルドが椅子から腰を上げ、ルイーズのもとへやって来た。

 ノランは白髪で、指にベルナルド家の家紋である、家の絵の中心にハートがあり、その中にベル絵が書かれているマークが入った指輪をはめていた。服装はシャツにスーツズボンを着ていて、頭には中折れハットを被っていた。

「おじいちゃん!」

「よく来たな、ルイーズ」

 ノランはそう言うと、ルイーズとハグをした。

「おじいちゃん、迎えに来てくれてありがとう、元気そうでよかったわ。おばあちゃんは?」

「マノンなら家で、お前を今か今かと待っとるよ」

 二人が階段の下で話をしていると、奥からモナリコが何かの袋を持って出てきた。

「ルイーズいらっしゃい。おじさん、コーヒー豆の用意できましたよ」

 モナリコは二人の側まで来ると、ノランに袋を渡した。

 ノランは袋を受け取ると、早速袋を開けて匂いを嗅いだ。

「いつもありがとう、モナリコ。今日のもいい匂いじゃ」

 ノランはポケットから二千ラーウ出すと、モナリコに渡した。

「さぁ。そろそろ行こうかのう。ルイーズ、トランクをこちらへ」

 ノランはルイーズの方を見ると、ルイーズにトランクを渡すように言ってくれた。

 けれどルイーズは首を横に振った。

「おじいちゃん、トランクは重いから私自分で持つよ」

 ルイーズがトランクの柄を握りなおすと、ルイーズの心配をよそに、ノランは自信満々な顔をした。

「わしの事を心配してくれているんじゃな、ありがとう。でも大丈夫、わしは魔法使いじゃからな、こんなの軽いもんじゃ」

 ノランが杖を振って見せると、トランクはルイーズの手を離れて勝手に動き出し、この前、ルイーズが物置部屋だと思っていた、裏の世界への出入り口の前で止まった。

「わぁ~! おじいちゃん凄いわ!」

「これくらいの魔法なら、どんな魔法使いでもできるわい」

 そう言いながらも、孫娘に褒められたのがとても嬉しかったのか、ノランはルイーズにウィンクをすると、モナリコの方を見た。

「ではモナリコ、今日はこれで」

「はい、またいつでもどうぞ。ルイーズ、いつでもお茶しに来てね」

「はい」

 ルイーズはモナリコに手を振ると、ノランと一緒に裏の世界への出入り口まで移動した。

 ノランがドアを開き、魔法を使ってトランクを外へ出した後、先に外へ出た。

 ルイーズは期待を胸に抱き、ノランの後に続いて出入り口をくぐって外へ出た。


「わぁ~」


 外は静かな森の中だった。目の前には木がまるでトンネルのようになっている道があり、生き生きとした木々が風と踊るようにゆらゆらと揺れていた。息を吸い込めば、今まで感じたことのない新鮮で美味しい空気が、ルイーズの体の中を満たした。

 美しい森にルイーズが感動していると、後ろでドアが閉まる音がしたので振り返った。


「あっ!」


 ルイーズは驚きながら上を見上げた。

 なぜなら、モナリコのカフェは大きな木の中にできたカフェだったからだ。

 上の方をみると大木の枝や葉が軒の役割を果たし、所々ある窓からはカーテンがヒラヒラと風に吹かれていた。さらに上の方には煙突もあり、樹齢は果たして何千年なのか気になるほどの大木だった。

 ドアの上にも太い枝が伸びていて、これも軒の役割をしており、その枝の位置をみてルイーズは、入り口の低さの理由がわかり納得した。

「こんなにも立派な大木の中にあるお店だったのね。入口が低かった理由もこれを見れば納得。でもお家やお店が木の中にあるなんてとっても素敵」

「モナリコの一族は代々、この土地のこの木の家で、表の世界のお店と裏の世界のカフェを経営しながら、裏の世界の入口の番をしている。わしの友であるここの先代も、コーヒーを入れるのが美味かった」

 ルイーズの隣に立っていたノランはそう話すと、上を見上げ、杖を大木のお家の一番上の窓の方へ向けると、パンっと花火のようなものを出した。

 すると、木のカフェの一番上の窓から、ノランと同じ年くらいの男性が顔を出した。

「ノラン、元気か。ん? その隣にいるのは?」

 突然大きな声で上から話しかけてきたので、ルイーズが驚いていると、今度はノランが大きな声で、窓からのぞいている男性の質問に答えた。

「わしの孫娘じゃ」

「何⁉ それは大変じゃ。そこで待っとれ」

 男性が窓から顔を引っ込めて少しすると、木の家の小さなドアから、さっきの男性が飛び出してきた。

 男性は白髪で、指にはモナリコと同じロベール家の大きな木に家の絵が描かれている家紋が入った指輪をはめていた。服装はポロシャツにベストを着ていて、男性は服と息を整えるとルイーズに微笑んだ。

「やあやあ、君がルイーズかね」

「はい、ルイーズ・デュボアと申します」

「そうか、君がルイーズか。わしはノランの古くからの友人でエンゾ・ロベールという。君の事はノランから聞いているよ、裏の世界へようこそ」

「ありがとうごさいます」

 ルイーズがお礼を言うと、エンゾは次にノランを見た。

「ノラン。綺麗で礼儀正しい、良い孫娘じゃないか」

「そりゃわしの孫じゃからな。はっはっは」

 ノランが自慢げに答えると、二人が大きな声でしゃべっていたからか、ちょうどモナリコのカフェへ来たらしい女性が、後ろからどうしたのと声をかけてきた。

 ルイーズは少し恥ずかしくなった。

 しかし当の二人は全く気にしていないようで、ノランとなぜかエンゾまで自慢げにルイーズの事を話すと、おばさんがお祝いにと、持っていたバラの花を一輪くれた。

 ルイーズがおばさんに丁寧にお礼を言って、おばさんがカフェの中に入って行くのを見送った後、今度はカフェの中からモナリコが出てきた。

「二人ともそこまで。ルイーズが恥ずかしいでしょ、まったく。ルイーズ、ごめんなさいね。二人が一緒だといつもこうなのよ」

 あきれながら二人を諫めてくれたモナリコに、ルイーズはこっそり話しかけた。

「なぜおばあちゃんが今日迎えについてこなかったのか、理由が分かりました。こういうことだったんですね」

「いつもこうなの。花火の合図も昔からずっとやっているみたいだし、周りも森だから別にいいんだけど、わざわざ入口の前でしなくてもねぇ」

「ふふっ。それで、おじいちゃんたちはどれくらい前から友達なんですか」

「幼稚園の時からだから、もう七十年くらいになるんじゃないかしら」

「へぇ~」

 ルイーズはあまりにも楽しそうにおしゃべりしているノランとエンゾの二人が羨ましくなった。


 ルイーズは小学校の時に受けたイジメをきっかけに、人付き合いが苦手になった。その後の学生時代はというと、何とか学校で一緒に行動していた子は数名いたものの、友達と呼ぶよりは同級生と呼ぶくらいの仲で、友達と呼べる子は一人もいなかった。

 大人になり、社会に出てやっと色々な人と仕事をしたり話をしたりしているうちに、何とか普通に色々な人と接することが出来るようになったが、今でも友達と呼べる人はいない。


 ルイーズが寂しそうな顔をしているのに気づいたモナリコは、自分の親友でルイーズの母のエマから昔聞いた、ルイーズの学生時代の話を思い出した。

 ふぅっと息を吐くと、モナリコはいきなりルイーズをぎゅっと抱きしめた。

「ルイーズ、私とあなたはもう友達よ。だから休暇期間が過ぎた後も、沢山私に会いに来てね。絶対よ!」

 いきなり抱きしめられたルイーズはビックリした。

 でもモナリコの言葉がとても嬉しくて、答えるように、モナリコを抱きしめ返した。

「はい。これからもずっとモナリコさんに会いに来ます」

「ありがとう。でもさん付けはもういらない。モナリコでいいわ」

「分かった。ありがとう、モナリコ」

 二人が少し体を離し、顔を見合って笑っていると、ノランとエンゾが二人に近づいてきた。

「そろそろ行こうか、ルイーズ」

「うん」

 ノランに言われ、エンゾとモナリコに頭を下げると、ノランに続いて、木のカフェの階段を降りた。

 ノランと二人で木のトンネルを通りながら、時折後ろを振り返っては、いつまでも見送ってくれるエンゾとモナリコに手を振りながらノランの家へと向かった。

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