1-2・自分の正体


 モナリコのカフェに行ってから一か月くらいたった。 

 仕事が忙しくて、モナリコのカフェになかなか行けずじまいのルイーズだったが、やっと行ける日を見つけて、久しぶりにモナリコの店の前まで来ていた。

「やっと来られた」 

 ルイーズは嬉しそうにつぶやきながらモナリコの店の中へ入った。

「こんにちはモナリコさん。ルイーズです」

 店の中には誰もいなかったので呼んでみた。しかし人が出てくる気配は全くなく、しばらく店内で待ってみたけれど、状況は一向に変わらなかった。 

 しびれを切らしたルイーズは、恐る恐るカフェの入口である、猫の銅像の辺りまで行ってみることにした。


 奥まで行くとそこには、前来た時とおなじように猫の銅像が置いてあったので、ルイーズは猫の銅像に声をかけてみた。

「こんにちは猫さん、モナリコさん知らない?」

 すると猫の銅像は、ルイーズがあごを撫でていないのに動き始め、カフェの入口を開けてくれた。

「もしかして、モナリコさんはカフェにいるってこと? そうなのね、教えてくれてありがとう猫さん。私カフェに行ってみるね」

 ルイーズは教えてくれた猫の銅像にお礼を言うと、猫の銅像に手を振ってカフェの階段を降りて行った。


 階段を一番下まで降りてカフェの中に入ってみると、店内のカウンターで黒い服を着たお客さんと楽しそうに談笑しているモナリコの姿があった。 

 ルイーズはカウンターの方へ歩いて行きながらモナリコに声をかけた。

「こんにちはモナリコさん」

 談笑中だったモナリコは声の方へ振り向くと、ルイーズの姿を見て嬉しそうに手を振った。

「ルイーズ! もう来てくれないかと思っていたわ」

 モナリコはそう言ってカウンターから出てくると、ギュッとルイーズの手を握った。

「また来てくれて嬉しいわ。ずっと待っていたのよ」

「すいません。一日でも早くお店に来たかったんですけど、色々忙しくて来られなかったんです」

「そうだったの。でも本当に嬉しいわ。さぁ、好きな席に座って」

 ルイーズは少し迷いつつもこの前と同じ席に座り、メニューを開いた。

「今日のおススメのケーキはなんですか?」

「今日はアップルパイよ」

 前回来た時に食べたサツマイモチーズケーキが美味しかったので、今回もおススメのケーキにしてみることにした。

「じゃあアップルパイのケーキセットで、飲み物は紅茶のミルクでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

「はい!」

 モナリコがキッチンの奥へ入ると、ルイーズは持ってきていた小説を読み始めた。


 数分後、カウンターに座っていた客が立ちあがり、レジへ行くとレジの横に置いてある真鍮のハンドベルを鳴らした。

 音を聞いて反応したルイーズは、小説から目を離すとレジの方を見た。すると、キッチンの方からバタバタという足音と共にモナリコが出てきた。

「あら、もう帰っちゃうの? 今日は早いわねぇ」

「今日はこれから野暮用でね。また来るよ」

「わかったわ。じゃぁ五百ラーウね」

 モナリコに言われ、黒い服を着た客はポケットからコインを取り出した。

「はいよ」

「はい、確かに」

 レジが終わって客がモナリコに手を振ると、モナリコはまたキッチンへ戻って行った。


(ラーウって初めて聞く通貨だな。どこの国のお金だろう? あとモナリコさん、レジの側にベル置いたんだ。この前の事がきっかけだよね、きっと)


 ルイーズがそんなことを考えながら黒い服を着た客を見ていると、客は服を整えた後、階段を上がらずに、なぜか階段の下にある物置部屋らしき小さなドアの前に行った。

 そしてその客は、小さなドアを開けると、少しかがみながら中に入って行った。

 ルイーズは目を真ん丸にして物置部屋らしきドアを見つめるとカフェを見回した。

(物置部屋かな? いや、ドアが開いた時に明かりが漏れていたから、もしかしてあそこはトイレかもしれない……いや待って……トイレはあっちにドアがあるから……)      

 ルイーズがあれやこれやと考えていると、再び物置部屋らしきドアが開いた。

(やっぱりさっきのお客さん、出入り口を間違えたんだ。だって入口は階段の方だもんね)

 そう思ってドアを見ていると、ドアから出てきたのはさっきの客ではなく、こないだパン屋でバッタリ会った男性が入ってきた。

 思っていた人と違う人がドアから入ってきて、ルイーズは思わず声に出してしまった。

「えっ、さっきのお客さんは?」

「は?」


 ゴン! 


 いきなり声をかけられたと思った男性は思わず頭を打ってしまい、打った頭部を手で押さえながら声のする方を見た。

「痛っ……君はこの前の……」

「あっ、ごめんなさい、つい思わず……本当にすいません」

 慌ててルイーズが謝ると、キッチンからモナリコが飛び出してきた。

「今、痛って声がしたけど大丈夫? あら、ティメオじゃない、どうしたの?」

「カフェに入る瞬間声かけられるとは思っていなくて、ビックリして思わずドアで頭を打った」

 ティメオはそう言ってドアを閉めると、モナリコはティメオの頭を撫でた。

「大丈夫?」

「あぁ、これくらい平気」

 モナリコは次に、申し訳なさそうなルイーズの側までやってくると、ルイーズの頭も撫でた。

「どうしたの、ルイーズ」

「突然声を出してしまってすいません。物置部屋だと思っていたところに、さっきいたお客さんが入って行ったんです。だから出入り口を間違えて戻ってきたと思ったら、そのお客さんではなく彼が入ってきたので思わず……。本当にすいませんでした」

 ルイーズはもう一度ティメオに頭を下げた。

 モナリコはルイーズをぎゅっと抱きしめるとティメオの方へと戻った。

「悪気はなかったのよ。許してあげて」

「悪気はなかったって……ここが出入り口だってことくらい誰だって知ってる……って、もしかして知らない?」

「えぇ、その通りよ」

 ティメオはルイーズの側までやって来た。

「君、種族は?」

「種族……種族って何のことですか?」

 ルイーズの返事にティメオはモナリコの顔を見た。

 モナリコはティメオの肩をポンと叩くとキッチンへ戻って行き、ティメオはため息をつくと、ルイーズを席に座らせ、自分はルイーズの向かい側に座った。


 席に着くとティメオはポケットから一枚の紙を取り出した。

「どっちの手でもいいから手を出してみて」

 言われるがままルイーズが手を出すと、ティメオはルイーズの手の甲に紙を当てた。

「これは種族判定用紙といって、自分が何の種族か教えてくれる用紙なんだ。一分たったらこの紙に、君が何の種族か文字が浮き出てくる」

「種族ってパアス人とか、カリメア人っていう国の人のことですか?」

 ルイーズの予想外の言葉にティメオは天を仰いだ。

「はぁ……君本当に自分が何者か知らないんだね。このモナリコの店は普通の人間は入れないんだよ。だからこの店に入っているってことは間違いなく、君は普通の人間じゃない」

 ティメオの話を聞いても、ルイーズは全く何のことかさっぱりわかっていないようだった。

「種族っていうのは、魔法使いとか吸血鬼とかのことだよ。俺はティメオ・ルーホン。魔法使いだ」

 ティメオが空いている方の手をルイーズに出した。

「あなた……魔法使い、なの? ほんとに?」

 まだティメオの話を信じ切れていないルイーズは、ティメオを疑うように見ながら、恐る恐るティメオと握手をした。

「私はルイーズ・デュボアよ」

「よろしく。でもルイーズさん、俺の言っていることまだ信じてないよね?」

「うん……これって映画とか漫画の話?」

「じゃあ、ちょっと見てて」

 ティメオは空いている方の手で杖を取り出して一振りした。

 すると何もない頭上から、花びらがヒラヒラと舞い始めた。

 ルイーズは一瞬驚いて、目を丸くして花びらを見たけれど、まだ信じることが出来なかった。

「どう、信じた?」

「えっと、マジックか何か?」

「まだ信じられないか。ならこれならどう」

 ティメオはさっきよりも大きく杖を一振りした。

 すると突然、今いるはずのカフェが消え、ティメオとルイーズの周り、上下左右すべて、青空と草原の景色になった。

「……⁉」 

 ルイーズがビックリして周りをキョロキョロ見回していると、ティメオは自慢げにルイーズを見た。

「これでも信じられない?」

 まだマジックをされているのではと一瞬疑いそうにルイーズはなった。けれどマジックで、こんなにも一瞬で周りの景色が変わることは流石にないのではと、やっとティメオを信じ始めた。

「……信じる」

「よかった」

 ティメオはまた杖を一振りして青空と草原の景色を消すと、はぁっとため息をついて椅子の背に持たれた。


「でもまさか、魔法使いが本当にいるなんて思わなかったわ」

「まぁ普通の人間は知らないからな。自分の種族を知らない君が、魔法使いをなかなか信じないのも当然かな。あぁ、ちなみにモナリコも魔法使いだよ」

「そうなの⁉」

 ルイーズが驚いていると、ルイーズの手の甲に当てていた紙に、文字が浮き出ているのに二人は今気づいた。

「やっぱり“天女”だったね」

「天女?」

 紙に書かれた文字をルイーズが読んだのと同じタイミングで、キッチンのほうからトレイを持ったモナリコがやってきた。

「お待たせ。あら結果が出たのね」

 モナリコは、ルイーズのケーキセットとティメオのコーヒーを載せたトレイをテーブルに置くと紙を見た。

「うん、やっぱり天女ね。顔立ちが綺麗な天女の顔だったから、そうじゃないかって初めて会った時からずっと思っていたのよ」

 モナリコはそう言って嬉しそうに手をパチンと胸の前で鳴らした。

 ルイーズはティメオとモナリコの反応に驚いた。

「モナリコさん、私が天女だって気づいていたんですか?」

「えぇ、初めて会った時からね」

 モナリコがルイーズにウィンクをすると、ルイーズはティメオの方を見た。

「ティメオさんは?」

「あぁ、こないだ君がカフェに来た時と、パン屋で出くわした時とかに天女かなって」

「じゃあ自分の事を知らなかったのって私だけ?」

 ルイーズはため息をついて椅子の背もたれにもたれかかったが、気を取り直してまたきちんとイスに座り直した。

「でも、この前はそういう意味で私の事見ていたんだ。私てっきり睨まれたかと……」

 ティメオはルイーズの言葉に驚いた。

「えっ、睨んでいるように見えちゃった? ごめんね、別に睨んでないよ」

 モナリコは笑った。

「寝起きだったから、目つきが悪かったのよ、きっと」

「そうかも。ごめんな」

 ティメオが申し訳なさそうに謝ると、ルイーズは首を横に振った。

「ううん、ちゃんと理由がわかったから大丈夫。ありがとう。でも天女って、あの羽衣伝説の天女?」

 ルイーズが聞くと、モナリコは頷いた。

「そう。天女っていうのは、この命美星をお造りになった光宙之命美神〈こうちゅうのめいみしん〉様や色々な神々に仕える種族の事。女性しかいない種族で、大昔は裏の世界の入口が空にあったから、羽衣を付けてルイーズの住む表の世界の様子を見に行く仕事とかもしていたみたい。最近は裏の世界に住む種族も増え、神様に仕える他の種族の者も多くなったことから、天女も神に仕える以外の仕事をしたり、普通に生活する者も増えてきたわ。あなたが天女なら、あなたのお母さんが天女だと思うわ。天女は女性だけに受け継がれていくものだから」

「じゃあ、母方のおばあちゃんも天女だってことですか?」

「男親から天女の血を受け継がれることはないからそうなるわね」

 ルイーズは少し考えたものの、まだ自分や母のエマが天女だとはすぐには思えなかったが、モナリコ特製の美味しい紅茶を飲み、混乱しつつあった頭を何とか落ち着かせた。

「天女だなんて、おとぎ話の世界の話だと思っていました。けどまだ自分が天女だなんて、信じられないな」

 ルイーズが苦笑すると、モナリコはルイーズに優しく声をかけた。

「まぁ突然言われてもわからないわよね。とりあえず家に帰ったら、天女の事とか、表とか裏の世界の事とか、ご両親にでも聞いてみて。きっと教えてくれるわ」

「わかりました。聞いてみます」

 ルイーズがそう言うと、ティメオは先ほどの紙をルイーズに差し出した。

「この紙あげるから、ご両親に聞くときに証拠として出してみて。それから、俺のことはティメオでいいよ」

「わかった、ありがとう。私もルイーズでいいよ」

「よろしく、ルイーズ」

「うん、よろしくティメオ」

 二人が握手をすると、モナリコは嬉しそうに店の奥へと戻って行った。


 ルイーズが帰るとき、入り口までモナリコとティメオが見送りに出てきてくれた。

「帰ったら色々両親に聞いてみます」

「きっと教えてくれるわ。ご両親がどんな反応をするのか楽しみね。教えてもらったら、今度はお母さんと一緒にお茶でもしに来てね」

 モナリコはそう言うと、ルイーズをぎゅっと抱きしめてくれた。

 ティメオはルイーズを抱きしめはしなかったものの、手を出して握手をしてくれた。

「今日は楽しかった。頑張って」

「うん。ティメオと話せて私も楽しかったわ。また話せる?」

「あぁ。俺は時々モナリコのカフェにいると思うから」

「分かった」

 ティメオと手を離すと、ルイーズはカバンを肩にかけ直した。

「じゃあ帰ります。ティメオもまたね」

「あぁ、またな」

 ルイーズは二人に手を振ると、家へと急いで帰って行った。

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