第1章

1-1・不思議なカフェ

 夏の暖かい風に綺麗な黒髪をなびかせながら、二十歳のルイーズ・デュボアという女性がのんびりと歩いていた。


 ルイーズが歩いているのは、【コンステレーション・パッサージュ】という場所。

 床にはモザイクタイルが敷き詰められ、中央広場にある噴水には、十二星座の模様が装飾されており、そこからその名前がついたと言われている。

 天井は星の模様が施されているガラス屋根。パアス共和国の中でも三本の指に入る、美しい場所だった。

 寄り道をせず歩けば、端から端まで大体三十分位で歩き切ることが出来るコンステレーション・パッサージュ。

 いつも人通りの多い東口から買い物をしはじめ、中央の噴水広場まで行くと、噴水広場の出入り口外にあるバス停から、バスに乗って家に帰る。


 しかし今日は母親のエマから、西口の前にある図書館に借りた本を返してきてほしいと頼まれたので、せっかくだからと珍しく西口からのんびりと買い物をしながら歩いていたのだった。



 今ルイーズが歩いているパッサージュの西側は、流行りのショップなどが並ぶ東側に比べれば人はまばらだ。

 しかし昔ながらのカフェやパン屋、花屋や老舗のケーキ屋などが並び、歩いていて面白いし、今でも昔から通う常連客や、この辺りに住む人たちがいつも楽しそうにショッピングをしていた。

 ルイーズも周りの人達と同じように、色んなお店を巡りながら歩いていると、見慣れない怪しい商品の置いてある、不思議な雰囲気のお店が視界に入ってきた。 

 西口から東口までは何度か歩いたことがある。けれどたしか、不思議な雰囲気のお店の両側は、二軒とも昔からある老舗のお店で、いつも隣り合っていたはず。


 自分が今までちゃんと見て歩いてなかったのかと、ルイーズはショウウィンドウの中を覗き込んだ。

「とんがり帽子? 薬草を粉に出来ますって書いてあるけど……」

 物珍しさから、立ち止まって夢中で見ていると、

「いらっしゃい」

と、突然どこからか声をかけられた。


 ルイーズが慌てて周りをキョロキョロ見回すと、ルイーズの右横にフワッとしたワンピースを着て、指には大きな木に家の絵が描かれている家紋が入った指輪をはめ、髪は綺麗なリボンでアップに結っている、少しふっくらとした四十代半ばくらいの優しそうな女性が、ニコニコしながら立っていた。

「あら、驚かせてしまったかしら?」

 ルイーズが突然の事で固まっていると、女性が顔の前で手を振った。

 ルイーズはハッと我に返ると、店の女性に慌てて返事をした。

「いえ……大丈夫です」

「そう、それならよかったわ。ねぇ、せっかくうちの店の前にいるんだし、ちょっとだけでもいいから、お店に寄っていかない?」

 店の女性は店内に入って行きながら、ルイーズを手招きした。

 まぁ確かに、お店の前で突っ立っていたのは自分だし、このまま立ち去るのもなんか申し訳ないと思ったルイーズは、言われるがまま店の中に入った。


 店内は少し狭いものの、その店内には今まで見たことがないような商品がぎゅうぎゅうに並び、ルイーズは目を見開いて驚いた。 


 棚の一番上には、ショウウィンドウにも並んでいるとんがり帽子が高々と山積みになっていた。その帽子はまるで、映画や絵本に出てくるような魔法使いが被っていそうで、一番上の帽子は天井に当たって先が折れ曲がっていた。

 中段の棚には、見たこともないような薬草類が入った瓶がズラリと並んでいるかと思えば、深紅色やら苔色の何味かわからないような色をしたキャンディーやクッキーなどが並ぶ。

 一番下の段には沢山の本が置かれていたが、題名が「表の世界の歩き方」だの、「上手な薬草の煎じ方」などあまり見慣れない題名の本ばかりだった。


 奥の洋服棚にも映画で魔法使いが着ているようなローブが洋服棚にかかり、下に置いてある靴も子供のサイズよりも小さなサイズの靴から、巨人が履くのかと思うようなサイズの靴までズラリと並んでいた。

 カウンターの奥のガラス棚にも、どこで仕入れてくるのか分からないような色とりどりの羽や雑貨が棚に並び、天井からは様々な形や色のランプが吊るされていて、怪しい雰囲気に拍車をかけながら光っていた。


 ルイーズがキョロキョロと店内を見回していると、店員の女性はケラケラと笑った。

「あなたにとっては見たことない商品ばかりでしょうね。まぁ買う物はないかもしれないけれど、ゆっくり見ていって頂戴。カフェもやっているから是非休んで行ってくれると嬉しいわ」

「えっ、カフェがあるんですか?」

「えぇ、地下でカフェを開いているのよ」

 この変わったお店のカフェはどんな雰囲気でどんなメニューが並んでいるのか興味がわいた。幸い今日は用事も済ませたので時間もある。ルイーズは思い切ってこの変わった雰囲気のお店でティータイムをしていこうと決めた。

「じゃあお言葉に甘えてティータイムをしていこうと思います」

「そうこなくっちゃ! こっちよ、ついてきて」

 店の女性は嬉しそうにそう言うと、ルイーズの手を引いて、カウンターの横に掛かっている暖簾の中に入って行った。 


 二人が店の奥まで行くと、部屋と部屋の隙間に、人一人が余裕で通れそうな位のスペースと猫の銅像があった。

「猫の銅像?」

「そう、猫よ。可愛いでしょ」

「はい」 

 店の女性はニッコリ微笑むと、猫の銅像のあごを撫で始めた。すると突然銅像の台が後ろに動き始め、銅像の置いてあった場所に地下への階段が現れた。

「えっ」

 ルイーズは驚いて後ろへと一歩下がった。しかし店の女性はいつもの光景なのか、すぐルイーズに下に降りるように促した。

「さぁ降りて。ほら」

「はっ、はい」

 ルイーズが恐る恐る階段を降りて行くのとは対照的に、店の女性は猫の銅像に手を振ると、楽しそうに後に続いて階段を降りた。

 ルイーズが階段を一番下まで降り切ると、その後ろで銅像の台が動いて、階段への入口が閉まる音がした。 


 カフェに一歩足を踏み入れると、店内には優しいハープの音色が鳴り響いていて、店の天井には色々な花の形をしたランプが何個かぶら下がっていた。店の壁には海辺の景色の描かれた絵が綺麗な額縁に入れられて飾ってあり、奥にあるカウンターの上には、中にコーヒーが入ったサイフォンが二つと、苔色をした液体が入ったサイフォンと、深紅色をした液体が入ったサイフォンが一つずつ置いてあった。


 ルイーズが店内を見回していると、店の女性がルイーズの横を通り過ぎたかと思ったら、カフェの奥のテーブルでうつ伏せになって寝ている、ブロンドの髪をした男性を揺すって起こし始めた。

「まだ寝てたの~? いい加減に起きなさい。あなたは好きな場所に座って頂戴ね。ほら起きて!」 

 店の女性に起こされ、男性が大きなあくびをして体を起こしている様子を見ながら、ルイーズは壁側にある二人席に座った。 


 何を頼もうかとテーブルに置いてあったメニューを広げてみると、ここはコーヒーや紅茶、スイーツの他に食事もできるらしく、食事のメニューも書かれていて種類が豊富だった。しかしやはりカフェにも「血豆コーヒー」や「コケッコーヒー」など見慣れないメニューも書かれていた。

 ルイーズはメニューとカウンターの上のサイフォンを交互に見た。

(血豆コーヒーってあの深紅色のやつ? じゃあ、あの苔色がコケッコーヒー? ダジャレかな?)

 色々気になるもののルイーズがメニューを選んでいると、やっと起きた男性の頭をポンポンと撫でてから、店の女性がルイーズの側まで来た。

「どれにする?」

 ルイーズはパラパラっとメニューの一番最後のページを開くと、メニューを指さした。

「このケーキセットで、飲み物は紅茶でお願いします」

「ケーキセットね。今日おススメのケーキはサツマイモチーズケーキだけどいかが? うちのサツマイモは希陽裏地区〈きひうらちく〉から取り寄せた、とっても美味しいサツマイモを使っているのよ」        

本日のケーキというメモも見せてもらい、どうしようかと少し悩んだけれど、美味しいサツマイモが気になったので、店の女性のおススメケーキにしてみることにした。

「じゃあサツマイモチーズケーキでお願いします」

「サツマイモチーズケーキね。楽しみに待ってて」

 店の女性はそう言うと、鼻歌を歌いながら奥のキッチンへと入って行った。


 ケーキセットが出てくるまでの間、改めて店内を見て過ごしていた。

 ルイーズの目が一番止まったのはやはり深紅色と苔色のサイフォン。一体何味なんだと考えていると、さっき起きたばかりのブロンドの髪の男性が立ち上がり、カウンターの方へ歩いて行ったので、ルイーズは思わずその男性を目で追った。


 男性はポケットをゴソゴソ探ると、中からコインを取り出してレジの横に置いた。

「モナリコ、ここにお金置いておくから。モナリコ! 聞こえてるか?」

 何度か男性が呼んだものの、モナリコという店員は出てくる気配がなかった。

(モナリコって、さっきの店員さんの名前かな……)

 しばらく男性はモナリコを呼んでいたものの、一向に出てくる気配がなかったようで、ルイーズの方をチラリと睨んだような目で見た後、すたすたと黙って階段を上がって行ってしまった。 

(確かにジッと見ていたのは私だけど、別に睨まなくてもいいじゃない。どう見ても私と同世代くらいなのに。それとも私の顔に何か付いてる?) 

 鞄から鏡を出して見てみたが何もついていなかった。すると、ちょうど奥から店の女性が出てきて、ルイーズの座っているテーブルへトレイを置いた。

「ケーキセットよ。紅茶はミルクとレモンどちらか聞き忘れちゃったから両方用意しといたわ、さぁ召し上がれ」 


 目の前に置かれたトレイの上には、ティーコージーを被せてある紅茶のティーポットと空っぽのティーカップ、薄く切られたレモンが二枚のった小皿に、ミルクの入ったミルク入れ、そしてケーキが綺麗に盛られたお皿がのっていた。

 想像以上のおしゃれなケーキセットにルイーズは満面の笑みになった。

「わぁ、素敵」

 ルイーズはティーポットにかかっていたティーコージーを外すと、ティーカップに花柄のティーストレーナーを置いてから紅茶を注いだ。そして壁側に置いてあったシュガーポットの蓋を開けると砂糖を一杯、そしてレモン一枚をティーカップに入れ、スプーンで混ぜた。

「いただきます」 

 ルイーズが紅茶を飲むと、紅茶の香りと旨味、そしてレモンの味が口いっぱいに広がった。

「これ、すごく美味しいです」

 今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しい紅茶だったので、ルイーズは思わず店の女性に声をかけた。


 すると店の女性は、さっき出て行った男性が使っていたテーブルをちょうど片づけ終わったらしく、嬉しそうに笑みを浮かべながらルイーズのところまでやって来た。

「そうでしょ、私のオリジナルブレンドなのよ、自信作よ」

「そうなんですか。私こんなに美味しい紅茶を飲んだの初めてです」

「それは嬉しいわ。それはそうと、あそこに座っていた男性、どっちへ出て行った?」

「えっ、どっち? そこの階段からですけど……なんかさっき、何度もモナリコさんのお名前を呼んでいましたよ。カウンターの上にお金を置いて」

 ルイーズに言われ、女性はカウンターの方を見た。

「あら、気づかなかったわ」

 女性はカウンターのところへ歩いて行くと、お金が置いてあるのに気づき、手に持っていたトレイをカウンターに置いてお金をレジにしまった。

「ありがとう教えてくれて」

「いえ……。ところで、お名前モナリコさんっていうんですか?」

 ルイーズに聞かれ、女性は頷いた。

「そう、私の名前はモナリコっていうの。モナリコ・ロベール。あなたのお名前は?」

「私の名前はルイーズと言います。ルイーズ・デュボアです」

「ルイーズ……いいお名前ね。あなたならいつでも歓迎よ、気軽にティータイムしに来てね」

 モナリコはルイーズにウィンクをすると、カウンターに置いたトレイを持って機嫌よく奥に引っ込んでいった。


 モナリコが奥に引っ込むと、ルイーズはサツマイモチーズケーキを食べてみた。

 サツマイモチーズケーキはとてもやさしい味で、サツマイモとチーズが上品に混ざり合っていた。

「これも美味しい」

 ルイーズはケーキの美味しさにも感動しながら、それから一時間以上のんびりと、この不思議なカフェでティータイムを楽しんだ。


 最初はこの不思議なお店やカフェに驚いたが、モナリコの人柄やカフェに居心地の良さを感じ、帰るころにはすっかりこのカフェが好きになっていた。 

 ルイーズは席を立つと、カウンターの方へ移動した。

「モナリコさん、ご馳走様でした」 

 ルイーズが声をかけると、奥の部屋からモナリコが出てきた。

「はいはい。ありがとうね」

 ルイーズはお金を払うと、モナリコに別れを告げ、階段を上っていった。


 階段を上り始めてすぐ、この取っ手のない扉はどうやったら開くのかと疑問に思ったが、頭が天井につくかつかないかのギリギリのところまで上っていくと、出入り口は自動で開いてくれた。

 感心しながら出入り口を出ると、またひとりでに出入り口が閉まったので、ルイーズはモナリコを見習い、銅像の猫に声をかけた。

「ありがとう猫さん、またね」 

 猫の頭を撫でてから店を出ると、またパッサージュの東口までのんびりと歩き始めた。


 やはり東側の方まで来ると人が多い。

 ルイーズはキョロキョロしながら歩いていると、パン屋が目に入ってきた。

 そういえば、パンも買ってくるようにエマから言われていたのを危うく忘れるところだったルイーズは、慌てながら今日はどのパン屋にするか考えた。         

 東側の方にもパン屋さんが何軒かあり、大体いつもその日の気分で買って帰るパン屋を選ぶ。

 今日はその何軒かのうち、一番種類が豊富なパン屋にしようと、ルイーズはパン屋の前まで歩いて行った。


 店のドアを開けようとした時、ちょうど店内から、一人の男性が出てくるところだった。ルイーズは男性が出てくるのを待っていると、出てくる男性と目が合った。

「あっ」

 その目が会った男性は、モナリコのカフェで寝ていた男性だった。

 手にはバケットなどの入ったパン屋の袋を持ち、目はルイーズを見て驚いているようだった。

 ルイーズはその男性に軽く会釈をすると、気にしないようにしながら店内に入って行った。 

 そして男性も少しルイーズを目で追った後、何事もなかったかのように去って行った。

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