猫好き人間たちの末路
※注意
猫の話……のはずですが、なぜか蜘蛛描写が多いです。
苦手な方はご注意またはリターンお願いいたします。
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「ねえ、妻。上、見て。蜘蛛ひゃんがいるよ」
「いるね」
「すごい速さで移動している」
「なんでわざわざ天井なんだろう。重力に逆らって、しんどくないのかな」
食後、静かなダイニングで茶をすすりながら、夫婦で天井を見上げている。
猫を含む動物好きだが、動物は飼っていない。
子どももいない。
そんな夫婦の心のすき間にフィットしたのは、その辺にいる蜘蛛であった。
最初は、わたしが「蜘蛛は益虫なので、ほうっておきましょう。大事にすべし」と主張するところからはじまった。
夫は大の虫嫌いだ。しかし、「このような害虫も、あのような害虫も、蜘蛛がやっつけてくれます」と妻に吹聴され、かつ、蜘蛛に動じない妻の姿を見るうち、蜘蛛だけはそこそこ平気になった。
そのような夫婦のありようは、やがて、蜘蛛にも影響を及ぼすにいたった。ここの人間たちが自分たちを害さないと知ってか、蜘蛛たちはしだいに傍若無人、天衣無縫にふるまうようになっていった(ように見える)。
ドアを開いた瞬間、ぷらーんと糸を垂らして遊んだり、人間の視界に入る場所で、ぴょんぴょんと飛んだり。
「あっ、やめろやめろ、なんでこんなところにいるんだ!」
「蜘蛛ひゃん、床はやめなさい! 蜘蛛は蜘蛛らしく壁に! 危ないよ!」
「蜘蛛にとって、人間って巨人みたいなもんだよね。こんなのがのしのし歩いているのに、怖くないのかな~」
「警戒心をもってほしいよ……」
安心安全な環境のなか、次第に蜘蛛たちは「いてはいけないところにいる」「人間の行動をさりげなくさまたげる」ようになった。
そう、これは――。これは、まるで猫のようではないか!?
新聞紙を広げれば上に乗り、人間の動線上に寝そべり、キーボードを打とうとすればそのうえで眠る、あの猫のような……。
ちょっとちいさいけど、ちょっと脚が多いけど、ちょっと複眼だったりするけれど、そして、わたしたちが責任もってお世話しているわけではないけれど――。
概念は、猫に近いのではないか。
やがて、蜘蛛たちは「蜘蛛ひゃん」と呼ばれ、親しまれるようになった。
ただし、個体識別はできない。
「このまえ、わたし、水に落ちた蜘蛛ひゃんを助けたでしょ」
「あれはあぶなかった」
「そろそろ恩返しに来てもいいと思うんだ。『この前、助けていただいた蜘蛛ひゃんです! 猫になって恩返しに来ました(裏声)』とかって」
「脚が多かったりするかもよ……?」
「いいよ、いいよ、モフモフしてりゃ、なんかかわいいよ、きっと。でも猫耳はほしいなあ」
お伽話を夢見て、茶をすする。そういえば、昔、川上弘美の作品で、蛇が中年女性になって、主人公の家に居つく話があった。わたしもそういう小説を書けばいいのか、『蜘蛛を踏む』とか。それじゃだめだ、蛇と違って、蜘蛛ひゃんは踏まれたら死んでしまう……。
よしなしごとを考えていると、夫が壁を指さす。
「あの蜘蛛ひゃんたち、おかしくないか?」
夫の視線の先には、二匹の蜘蛛ひゃんがいた。一方が近づいては一方が遠のき、遠のいたほうが今度はずずいと近づき、また一方が後退し、やがて並行して進み……といった行動を繰り返している。まるでダンスを踊るかのように、リズミカルに。
「あれ、縄張り争いしているんじゃない?」
「ああっ、接近した! 接触、接触!」
「ケンカはよくない!」
やがて一匹が敗退したらしく、すごい速さで走り去ると、夫がつぶやいた。
「すげーな、人んちで何やってんだよ……」
リラックスした蜘蛛ひゃんたちは、このように、“蜘蛛社会劇場”ともいうべき姿をのぞかせさえする。
「わたし、この夏、もう二匹は蜘蛛ひゃんを助けてるでしょ。揃って猫になって恩返しに来たら、多頭飼いってやつになるね」
「そしたらああやってケンカするのかなあ……」
猫日照りの日々。
保護猫カフェに通ってなけなしの猫分を補給。だんぜん猫派だったが、そのうち、近所の犬が散歩しているのがかわいく見えるようになった。いまや馬もヤギも羊もイグアナもかわいい。そうしていきついた先が、家の蜘蛛たちだった。
「あ、また蜘蛛ひゃん」
「さっき勝った方かな?」
猫好き人間の末路たる我々は、蜘蛛を愛でながら、今日も茶をすする
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