降臨! 猫好きの星、猫貴族

 夫婦揃って猫狂いだ。最近では、お気に入りの猫カフェを見つけ、いそいそと通っている。我々が通っているのは、譲渡型保護猫カフェ。「保護猫」とは、捨てられたり、野外で生まれたり、そんなところを人間に保護された猫のこと。「譲渡型」とは、店にいる猫たちが、新たな飼い主を募集していることを意味する。希望し、一定の基準を満たせば、カフェに在籍する猫を家庭に迎えることができるというわけだ。


 保護猫というと、人間不信で飛びかかってくる、といったイメージを持っている人も少なくない。しかし、保護猫にかぎらず、猫の性格はいろいろ。保護猫カフェには、少なくとも、人間がいる空間がそれほどストレスにならない猫が在籍している(店によります)。人懐っこい猫だと、膝に乗ってくることもある。


 「保護猫」の先入観があるせいなのか、客は「猫であればなんでもかわいい」と思っているような人たちだ。寝ている猫を起こしたり、抱っこしたり、追いかけたりする客は皆無。スタッフも猫に無理をさせはしない。


 そんな客の中に、我々が「猫貴族」と呼んでいる人物がいる。その人は、いつもひとりで来店する。落ち着いて見えるが、まだ年若いと思われる。入店手続きが終わると、猫全員を軽くなでるなどして挨拶をし、そのあとは椅子やソファに座り、ひたすら穏やかなまなざしで猫を見守っている。ときには腕を組み、眠っていることさえある。


 猫カフェのシステムは、たいてい一時間いくら、延長いくらである。限られた時間のなかで、かわいいナントカちゃんを写真に収めたい、できればお膝に乗ってほしい、おもちゃで遊ぶなどして交流を深めたい。そのように欲をかき、かえって猫に逃げられてしまう我々とは、器が違う。

 器の違いを感じるといえば、先ほどあげた座る場所もそうだ。床に座ったほうが、猫は膝に乗ってくる。氏は、そんなことは百も承知だろう。あえての椅子やソファなのだ。


 しかし、その人を我々が猫貴族と呼んでいるのは、時間と金にあくせくしないから、だけではない。


 まず、氏は、非常に猫、とくにオス猫に好かれている。普段は鳴くことのない、いかついオス猫たちが、氏にはスリゴロスリゴロし、にゃーんと甘えた声を出す。氏が退店するときは、名残惜しそうに足にまとわりつき、必ずお見送りがある。寄ってきた猫に対し、氏はどうするか。微笑み、ゴシゴシとやや強めになでる。それだけである。決してベタベタし続けたりしない。


 何より、氏はその保護猫カフェから、既に猫を迎えている。それも、とびきりやんちゃなオス猫だ。SNSの投稿には、ダンボールをかじられ、家中のケーブルをかじられ、高価そうなスーツケースの留め金を破壊され、床には傷というより穴をあけられ、キャットタワーが消耗品と成り果てる様子が記録されている。

 氏は何を壊されようと、ただただ誤飲を案じ、感電を案じて頑強なケーブルを買い求め、夜中の大運動会でたたき起こされたあげく、猫にくっつかれて幸せそうである。


 その猫は、何も氏の家に行って破壊活動に目覚めたわけではない。猫カフェでもありとあらゆるものの破壊にいそしんでいたというから、納得ずくである。今、猫カフェで氏にまとわりついているオス猫たちは、「この人こそ、我々の理解者である」と感じているのかもしれない。


 猫カフェから猫を迎え、その後も店に通う氏。常連中の常連といえようが、スタッフに対し、馴れ馴れしく話しかけることはない。しかし、卒業(里親さんが決まること)が決まった猫がいると、帰りぎわ、「何々ちゃん、おめでとうございます」とスッと伝えている。ふるまいが、つねにスマートなのだ。


 スマートといえば、こんなこともあった。ある日、ぴょんぴょんと元気な子猫(オス)が、氏の膝に乗った。子猫はまだまだ、遊びたそうである。すると、氏は近くに座っていた夫のほうへ、さりげなく膝を向けた。当然、子猫は夫の膝に飛び乗る。我々はそれを見て、いたく感動した。


 なんたる余裕! 猫に愛し愛され、常に余裕をもち、"持てる者"にふさわしい行動を忘れない。これぞノブレスオブリージュ、まさに貴族のふるまいではないのか? ビバ・猫貴族!


そんなわけで、我々は敬意を込めて、氏を猫貴族と呼ぶようになった。氏が店にいると、なんとなくうれしい。


 猫貴族は、猫好きとして、また、個人店の常連客として、我々の憧れだ。ああなれるとは思わないが、少しは見習いたい。見習って、猫ちゃんたちと、もうちょっと仲よくなりたい……。まだまだ、猫貴族の境地からはほど遠そうである。

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