第31話 手がかり見つけた
「でも……待って。確かノクトゥルは、ママが妖魔を倒した後に『人知れず去っていった』って言ってたわ」
「うん……? どういうことですか?」
「だって、話が違ってない? ママは『戦地で行方知れずになった』はずなのに。『去っていった』って、自分からいなくなったってことでしょ。それって、行き先を知っていたんじゃない? ママは狼王ロディのところへ行ったって」
「可能性はありますね。妖魔同士の繋がりがあったかもしれませんし。ノクトゥルはいつから迷いの森に?」
「わたしたちが森に移り住んだときにはもういたわ。ママとは知り合いみたいだったし、わたしのことも面倒見てくれてたの。ノクトゥルに会って話せればいいのに……」
ジョゼは思わずそう呟いていた。
もっともあの男とまともな会話が交わせるとも思えないのだが。
「あなたのお父上についてわかっただけでよしとしましょう。『不老の魔術師』との繋がりは不明なままですが……」
アンリがなだめるように微笑む。
「それに鳳凰帝との繋がりもわからずじまいよね」
鳳凰帝が行方知れずになってからもう半月が経過しようとしている。
あまり進展がなかったことで焦燥を感じていると、リシャードが躊躇いがちに切り出す。
「話の腰を折るようで申し訳ないのですが、アンリ殿下はハスミンという女性はご存知ではないですかな?」
「……どうしてでしょう?」
片眉を上げるアンリに、リシャードが「こちらに」と奥の部屋に促す。
「お見せしたいものがもう一つありましてな」
指し示した先に掛けられていたのは、とある絵だった。
そこに描かれているのは三人の人物。
中心にいるのは若い頃のナディーヌだろう。
栗色の髪に紺色の瞳をした、溌剌とした若い娘が腰に手を当てている。
問題はその両隣の二人だった。
左には純白の髪に小麦色の肌をした女性が髪を掻きあげるようなポーズで立ち、右には東方風の顔立ちをした若い男が杖を握って佇んでいる姿が描かれている。
アンリもジョゼも、一瞬言葉を失い、それからすぐに絵に駆け寄った。
「ママに、ハスミンおばさん! それに、この男……!」
アンリの視線は左側の女性に一度奪われ、それから右側の男に一心に注がれる。
やがてリシャードを振り返った。
「ハスミンは俺の母です」
「もしやと思いましたが、やはりそうでしたか。アンリ殿下を初めて拝見したとき、すぐハスミンを思い浮かべました。そのお髪がよく似ていらっしゃる」
リシャードがアンリの絹糸のような純白の髪を指し示して懐かしむような視線を向けた。
「ハスミンは砂漠の民でしたな。強力な魔術の使い手だったため、あの当時傭兵としてセランの城にしばらく逗留していたのです。そのうち歳の近いナディーヌと意気投合して、妖魔討伐にも一緒に行きました。この絵は出立の直前に描かれたもの。この男は魔術師のグエンです」
「魔術師グエン……! アンリ、この男……!」
「ええ」
漆黒の髪に瞳をした男。
その顔には赤い入れ墨が走っている。
アンリは緊張の面持ちで頷いた。
「森であなたを襲ったあの男に間違いありません」
「ママと、ハスミンおばさんと、『不老の魔術師』……!」
「この三人は一緒に妖魔討伐へ出たんですか?」
リシャードが首を縦に振る。
セランの城には広大な領地のあちこちから勇猛な若者たちが集まる。
当時は妖魔との戦いのため、バルディア以外の国からでも積極的に傭兵を募い、グエンはその中でも一番の腕利きだったという。
「三人は仲間だったのね。そのうちママが狼王に助けられて恋に落ち、ハスミンおばさんもまた鳳凰帝と知り合った……?」
「おそらく」
————これで繋がった。
セランの城の一画で、往時の絵は静かにジョゼとアンリを見下ろしていた。
※
「ねえ、アンリ。この男の目と腕……」
「あれ? ちゃんとありますね」
ジョゼとアンリは、「不老の魔術師」グエンが描かれた絵を注意深く観察していた。
隻眼に隻腕という忘れられない特徴は、絵の中のグエンには見られない。
森で出会ったときには、確かに左目も右腕もなかったというのに。
「でも確かに『不老の魔術師』っていうくらいだからか、歳は取ってないみたい。ずっと前の絵なのに同じ姿だもの」
ジョゼが指摘すると、リシャードが肯定するように頷いた。
「これが描かれたのは妖魔討伐に出立した年、つまり二〇年前。グエンはあの頃、二十代後半だったはずだ」
「同じ人物なら五十歳くらいになってないとおかしいですよね」
「そういえばその当時暴れまわっていたっていう妖魔ってどんな奴だったの?」
ジョゼの質問に答えるように、リシャードが一冊の本を持って来てくれる。
「ほら、これだ。巨大な
「んんん? 本当だわ。脚が一本ない。眼も潰れてるわね」
開いて見せてくれた頁には山のように大きな蜥蜴の挿絵がついていた。
なぎ倒される戦士たちまで描かれている詳細な絵に登場する怪物の前脚は確かに一本欠けており、眼もぽっかりと穴が空いているようだった。
「どういうことかしら……?」
「不老の魔術師」との不思議な共通点だ。
だが、その理由については皆目検討がつかなかった。
※
窓の外の陽は西に傾きかけていた。
祖母ジョゼフィーヌの手記を読み返したり、若い頃のナディーヌの持ち物を見せてもらったりしているうちに、大分時間が経ってしまっていた。
セラン領にいた頃でも、母はおてんばだったようだ。
ドレス類などはほとんどなく、使い古した弓矢や短剣が当たり前のように出てくる。
「あなたに弓を教えたのはナディーヌおばさん?」
「ええ。わたし、魔術は覚えが悪かったけど身体を動かすのは好きだったから」
アンリに問われると、弓の弦をもて遊びながらジョゼは苦笑した。
「アンリはハスミンおばさんに魔術を習ったのよね。ママは变化の術や呪いが得意だった。ハスミンおばさんも?」
「母は攻撃系の魔術が多かったですね。变化の術ももちろん使えましたけど。あ、そうだ。もうひとつ得意な術で、夢渡りっていうのも……」
アンリはそこではたと言葉を切った。
顎に手を当てて考え込むポーズになる。
「どうしたの?」
問いかけたところで席を外していたリシャードが戻ってきた。
外で控えていたメイメイも許可を得て入室し、そのまま壁際に佇む。
「ジョゼ、あまり根を詰めすぎんようにな。アンリ殿下、今日はできたら城に泊まっていっていただきたい」
アンリは顔をあげた。
「あ……俺は浮遊島に戻らないといけません。そろそろヒュベルトが憤死しそうになってるかもしれないんで」
セラン領に来てからもう数日経っている。
鳳凰帝の捜索はまだ続いているはずだ。
浮遊島への転移陣はここからさらに馬で半日はかかる場所にあるため、戻るなら急がなくてはならなかった。
「そうですか……その、では、ジョゼだけでも泊まっていかんか。身の回りの世話はおぬしの侍女に任せるから」
「え……でも」
おずおずとしたリシャードの誘いに、ジョゼはどう答えていいかわからなかった。
正直、アンリがいなくなってしまったらリシャードと二人で何を話していいか困るに違いない。
「リシャード卿、ジョゼは恐ろしい敵に狙われているんです。大変申し訳ないのですが……」
「存じております。ですが我がセランの城は多くの勇猛な騎士を抱えて守護は万全。一日だけでもよいのです。孫と過ごさせてはくださらんか。ジョゼがセランを再び訪れてくれることはきっともうないだろうと思っておりますのでな」
そう言われてしまっては強くも出れない。
「ジョゼはどうしたいですか?」
「わたしは……」
皆の視線がジョゼに集まる。
「……わたしもアンリと行く。一人では……泊まらない」
「……そうか」
リシャードが目に見えて気落ちする。
ジョゼは少し早口になりながら続けた。
「でも、また来るわ。そのときにはママのことをもっと聞かせてもらう」
「……そうか!」
一気に喜色ばむリシャードを前に、ジョゼは居心地悪そうに視線を逸らせた。
アンリがその様子をやけに嬉しそうに見つめて言った。
「はい、また来ましょう。俺が責任を持って連れてきます、リシャード卿。あ、そのときには食事には肉を出さないことをお勧めします。ジョゼはお肉食べられないので」
「なんと! おぬしは狼王ロドルフォの御落胤ではなかったか!?」
「あーもう、言わないでよ! アンリの馬鹿!」
先だっての話の流れから、自分は人間を喰う非情な妖魔と思われているようだったのに、これで一気に兎になってしまうだろう。
いや、別にいいのだが、なんとなく恥ずかしい。
顔を押さえるジョゼをよそに、リシャードは女官を呼び付け真剣な面持ちで何事かを書きつけさせている。
「そうか、好物は……果物? それに葉っぱとな?」
「ジョゼは生野菜も温野菜も好きですヨ〜」
メイメイがリシャードの女官の側に立ち、ジョゼの好みをあれこれ教えている。
「もう、メイメイ! もういいからこっちに来てよ」
「ふふ、ハイ、わかりまシタ…………アレ?」
メイメイの腕を取り自分の側に引き寄せようとしたとき、その目がどこか一点に集中する。
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