第16話 これからどうする
「あれが鳳凰帝陛下の宮殿です。天宮って呼ばれていて、赤は鳳凰を示す色になります」
「赤が……」
ジョゼの脳裏にふと赤髪のベルメロの顔が思い浮かんだ。
そういえば以前に助けを送ってやると言われたことを思い出す。
夢魔の仲間などにつけ狙われてはたまったものではないとあのときは思ったが、そのすぐ後に現れたのは……。
横に立つアンリの姿を思わず凝視していると、何を誤解したのか彼は握りしめていたジョゼの手を慌てて離した。
「そんなに睨まなくても、ちゃんと離してあげますって」
「え……。あ、そうね……」
「? どうしました?」
「あ、えっと……鳳凰帝は今は不在だって言ってたわよね。どこにいるの?」
「南方に外征中です。ここのところ各地で妖魔が力をつけてきていて、実はかなり長引いてしまっています。本来ならもう帰還していないといけない時期なんですが。これまで守護条約がなかった地域なんで、転移陣がないんですよ。ここに帰ってくるだけでも時間がかかるでしょうね」
(南方……? 南の紺碧の海……)
ジョゼの顔に浮かんだなんとも言えない表情をどう誤解したのか、アンリがすまなそうにする。
「すみません。陛下が帰ってきたらちゃんと使い魔契約の解除をお願いしますから」
「……そうじゃなくて」
「え?」
「……なんでもない」
慌てて目を逸らすと、アンリは少し不思議そうにしていたものの、特にそれ以上何も聞いてこなかったのでジョゼは内心ほっとしていた。
一瞬だけ脳裏をよぎった奇妙な考えを急いで振り払うと、そっと訊ねる。
「アンリ……これからどうするの?」
「ん? もう屋敷に戻りたいですか?」
「じゃなくって! 『不老の魔術師』のことよ。このままにするつもり?」
「まさか! 奴がなぜあなたを狙ったのかもまだわかっていませんし、このまま調査を続けるつもりです」
ジョゼは躊躇いながらも自身の予想した理由をアンリに話すことにした。
「そのことなんだけど……。実は半妖の生き肝がすごい薬になるっていう話があるの」
「え!?」
「寿命が延びるとか、死んだ者が蘇るとか。でも、まことしやかに語られるだけで誰もそんな薬見たことないんだけど……」
「効果としては『不老の魔術師』がいかにも欲しがりそうですけどね。延命に反魂ですか……」
アンリの金の瞳が真剣さを帯びる。
「わたしの——半妖の生き肝なんかにどれほどの価値があるのかわからないけど……。ノクトゥルも……」
ジョゼが努めてなんでもない風に続ける。
「そう言ってたわ。食べたいって」
「…………」
アンリはようやく迷いの森でのジョゼの不安そうな様子の理由はこれだったのかと合点がいった。
いつも強がっていて、恐れを決して見せようとしないジョゼだが、生きたまま身体を引き裂かれるなど怖いに違いなかった。
離したばかりのジョゼの手をもう一度取る。
「させませんよ。俺が絶対にジョゼを守ります」
硝子玉のような水色の瞳が驚いたように見開かれる。
触れられた手がさっきより熱い。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちに手を引こうとするが、アンリは離そうとしなかった。
「それは……幼馴染だから?」
「それもあります」
「『も』ってことはほかにも理由があるの? わたしを使い魔にしちゃったから?」
「それじゃ逆じゃないですか? 普通は使い魔がご主人様を守るんじゃ……痛っ! 引っ掻かないでください!」
「誰がご主人様よ! バカ!」
なんとなく醸し出された良い雰囲気はあっという間に霧散した。
この場にメイメイがいたら盛大に溜息を吐いたことだろう。
仏頂面で爪を立てようとするジョゼを懸命に取り押さえると、やがて思い出したようにこんなことを言う。
「あのノクトゥルという妖魔と『不老の魔術師』は仲間同士でしたね」
「やっぱりそう……よね。一緒に出てきたし……」
グエンと名乗った男のことを思い出し、ジョゼは身震いした。
禍々しい邪気に不気味な様相の「不老の魔術師」。
「ええ、考えてもみてください。彼はあなたとは友人だったはずなのに、急に手のひらを返すように襲いかかってきた。その前には散々あなたを脅している。すべて『不老の魔術師』に有利な内容でね」
ジョゼは険しい顔になりながらも頷いた。
そう考えるとすべて納得できる。
そもそも不自然だったのだ。
天翔族が討伐に来るという情報がさも正しいかのように振る舞っておきながら、なぜすぐにジョゼを襲わなかったのか。
ジョゼの生き肝がほしいというならぐずぐずしている暇などないはずだ。
だが実際にはすぐには手出しせず、わざわざ天翔族のフリをした人間たちと示し合わせたようなタイミングで同時にやってきた。
おそらくその後に現れた「不老の魔術師」とともにジョゼを手に入れようとしたのだろう。
「でも、なんでノクトゥルが?」
「ひとつ考えられるとしたらこれですかね」
アンリは自らの胸にある鎖の文様をさらけ出した。
「あ……ノクトゥルは『不老の魔術師』の使い魔!?」
「ただの予想ですけどね。急に態度が変わったということだったので、『不老の魔術師』が村に来たタイミングで使い魔にされてしまったのかもしれません。強力な呪力で操られて、あなたを捕らえるために協力させられている可能性はあります」
豹変したノクトゥルの態度もそれであれば説明がつく。
もしかしたらジョゼを脅したのは彼の意思とは別だったのかもしれないと思うと、少し気が楽になった。
それにしても。
あれだけの情報と状況だけでここまですぐに判断できるアンリに舌を巻くジョゼである。
称賛の言葉を口にすべきか迷っていると、妙なものが視界の端に映った。
アンリもはっとして顔を上げる。
「あれ、天翔族?」
「ええ……。騎士たちのようですが……」
天翔族の一団が大きな翼を羽ばたかせて宮殿に向かって飛んでいくのが見えた。
陽の光に白銀の甲冑が煌めいている。
おそらく、騎士装束なのだろう。
遠すぎるので誰が誰だかまではわからないが、第一皇子の騎士たちのようだとアンリが呟く。
「外征中の騎士たちが帰ってきたんじゃないの?」
「おかしいですね。斥候にしては数が多いし、帰還にしては少なすぎる。……何かあったかな」
鋭い目線を騎士たちの一団に送りつつ、やがて考える表情になる。
ジョゼはまただ、と思う。
こうしていると、いつものドジぶりが信じられないほど凛々しい面構えになる。
どちらが本当の彼なのだろうとジョゼはついアンリをじっと見つめてしまう。
「……なんですか? そんなに見られたら穴が開きますよ」
気がつかない間にかなり近づいてしまっていたようで、アンリが気まずそうに顔を仰け反らせる。
ジョゼは顔を赤くしてぱっと身体を離した。
「見てないわよ!」
「はいはい。もー、怒らないでくださいよ。そうだ、屋敷に戻る前に果樹園に寄って行きませんか? ドゥラスの実もありますよ」
「…………行くわ」
アンリは宮殿の方角にちらりと目をやったが、ジョゼと一緒にいるからか、今すぐには動かないことにしたようだ。
気にはなるものの、とりあえず二人は果樹園に向かうことにした。
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