そんな綺麗過ぎる顔で一人で彷徨いてると拐われるよ?


「……ん、ぅ?」


 子供が小さな呻き声でのろのろと身を起こす。歳は多分、オレと一つ二つしか変わらないだろう。けど……


「……ぅわ、綺麗な顔」


 ホリィが感嘆の声を上げるのも無理はない。


 それは、彫像めいた白皙はくせきの美貌。帽子から覗く髪は、蜂蜜のような金色。ミルクのような白い肌にふっくらとした頬、通った鼻筋、細い顎、赤い唇、長い睫。煩そうに開かれた瞳は透き通ったアクアマリン。


 まるで、絵画の天使のよう……ではない、か。天使にしては物憂げというか……どこか妖艶な雰囲気が漂い過ぎる。


 神聖な、というよりも、魔性という表現の方が近いだろう。この顔なら、男も女も関係無いな。圧倒的という表現のできる美貌だ。


 圧倒的な美貌。見たことは無い筈の顔だが……何故か見覚えがあるような……?


「む……子供か……大人よりはマシだな。すまんが、水を一杯くれないか?」


 少し掠れた声での偉そうな物言い。


 普段なら、こんな物言いをする奴は知らん顔をして放っとくのだが……


「ちょっと待ってろ」


 このときはなぜか、ホリィと二人でその子を支えて井戸へと向かっていた。


「……ふぅ……助かった。感謝する」


 不味そうな顔で水を飲み干しての言葉。喉を潤した為か、さっきは掠れていた声は、澄んだ綺麗なアルトになっていた。


「や、感謝してねーだろ。その顔は」

「感謝はしている。水は不味いがな」

「……はっきり言うね、アンタ」


 呆れ顔のホリィ。


「不純物が多い。あまり飲むと、身体を壊すだろう。気を付けるといい」


 しれっとした顔でそんなことを言う子供。


 そんなことを言われても困る。この井戸は共同の井戸だし。身体を壊すと言われても、この井戸を使うしかない人達もいるだろう。


 まあ、オレらが普段使っている井戸はここじゃないけど……少々心配になる。


「……金持ちか? お前」

「さあ? 金は持っていても然程さほど使わん」


 超絶美形で、推定金持ち。そんな言葉も、むしろ似合う。なんともイヤミな奴だ。


「……アンタ、捨て子?」


 ホリィが聞いた。


「いや。なぜだ?」

「道端で行倒れていたから。親に捨てられたんじゃないかって思って」

「そうか。心配は無用だ。今は、駄犬と散歩の途中だったんだが……」

「だけん? なにそれ?」

「駄目な犬のこと」

「は? 犬? アンタの?」

「そう。飼い主を放ってどこぞへ消えた駄目な犬だ。お蔭で倒れた」

「犬って、首輪とかしてるのか?」

「いや。首輪はしていない」

「この辺り、犬を殺して食べるって人がいるんだけど……もしかして知らないの?」


 ホリィが眉をひそめる。


「そうか。まあ平気だろう。アレはしぶといからな。簡単には死なん」

「探さないのか?」

「いや。なぜだ?」

「心配じゃないの?」

「特にする必要を感じない。腹が減れば自発的に帰って来るだろう」


 犬の腹が減る前に、腹が減った奴の餌食になるかもしれないというのに……なんというか、話が噛み合わない。


 しかし、アクアマリンの瞳に巫山戯ふざけた色はない。


「……」

「なんだ? 二人して物言いたげな顔をして。言いたいことがあるなら言え」

「お前……もう帰った方がいいぞ? ここはそんな身形で歩ける場所じゃない」


 あと、その顔だ。


「っていうか、そんな綺麗過ぎる顔で一人で彷徨うろついてると拐われるよ?」


 うん。綺麗過ぎるのは確かだ。


「ふむ……留意する。しかし、心配は無用」


 さらりと綺麗過ぎる顔、を肯定する辺り、コイツはなかなかイイ性格をしているようだ。


「人買いくらいは一人で対処できる。最悪、売り飛ばされたとしても、知り合いが買ってくれる筈だからな」


 人買いに売られても、買い取る手段のある相手って……


「お前の知り合いって、もしかしてヤバい筋の人だったりするか?」


 だとしたらコイツの偉そうな態度も、治安の悪い場所で綺麗な身形と顔とで転がっていても平気だった理由が判る。


「ヤバい筋がどの筋なのかは知らんが、やたら顔の広い奴ではあるな」


 ホリィと顔を見合せる。ヤバい奴に関わってしまった! と、思い切りその顔に書いてある。きっと、オレも同じ顔をしていることだろう。


「ところで、この辺りに雨露を凌げる場所はないだろうか? 宿屋などの宿泊施設以外で。知っているなら案内を頼む。礼は弾むぞ?」

「……もしかしてアンタ、家出?」

「ふむ……自発的に住み処を出ることをそう称するなら、家出と言えなくもない」


 言葉は回りくどいが、家出のようだ。


「「……」」


 再びホリィと顔を見合せる。


「……その、ヤバい知り合いは、お前のことを探していたりはしないのか?」


 この質問の答え次第では、逃げる用意だ。


「それは無い。奴は別の街にいる筈だ」


 どうする? と、三度みたびホリィと顔を見合せる。


「お前にそれを教えることで、オレらに危険が及ぶようなことはないか?」

「一応は無いだろうな。これ以上私と関わらなければ。と、条件が付くが」


 あっさりとした決別の言葉。


「……それなら教えてやる。ぼろっちくても、文句言うなよ?」

「雨漏りさえしなければ、特に文句は無い」


 と、ソイツを案内することになった。


 街外れ。真新しい倉庫からぼろぼろの倉庫まで数十が並ぶ場所。


「新しい倉庫は管理が厳しいから、ちょっと古めのとこをお勧めするよ」


 ホリィが言う。


「そうか。感謝する。取っておけ」


 ぽんと放られたのは、


「二人で仲良く分けろ」


 お金の詰まった袋。


「っ! こんなにっ?」


 オレら六人の、裕に一月ひとつき分の食料が買える額。


 これは、本当に……


「大丈夫、なのか?」

「構わん。水と案内の礼だ。じゃあな」


 と、ソイツと別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る