……行倒れか? あれ


 翌日。


 図書館で学生に課題を渡した帰り。


「コルド!」


 狙い済ましたように掛かる声。


「……暇なのかよ? ホリィ」


 ムッとするソバカス顔。


「なんでそう嫌そうな顔するかな? 物騒だから迎えに来たに決まってるでしょ」


 今日は閉館時間よりも早く出て来たが、そろそろ日が赤く色付く頃。


「物騒、ね。……それなら尚更、オレじゃなくてスノウの方へ行くべきだろ」

「スノウはもう帰しましたー。あと、外にいるのはコルドとレイニーだけですー。レイニーに迎えは必要無いでしょ?」

「……つか、迎えならその格好やめろよ。物騒さが増すだろ」


 ホリィのスカート姿を見やる。


 お世辞にも治安が良いとは言えない場所で、女の子の格好での一人歩きは本当に色々とマズい。


 孤児なら尚更だ。


 暴行目的ならまだしも、人身売買や、最悪、殺人目的で目を付けられる可能性がある。孤児なら、いなくなっても……誰も文句を言わないから。


 だからスノウも、普段は昼間にしか出歩かせないし、男装をさせている。


「あ、着替えるの忘れてた」


 しかしホリィは……


「確かに。コルドがいたら、カモが寄って来ても、返り討ちにできないもんね」


 華奢な見た目(単に痩せているだけだが)と、整っているが愛嬌のあるその容姿を利用して、犯罪者共を逆にカモにした美人局的つつもたせなことを一人でしている。


 見た目は割と可愛らしいホリィだが、実は腕っ節が強い。油断した相手の急所を蹴り上げ、金品を強奪して俊足で逃走。


 やっていることは立派な強盗だが、相手の方もホリィが明らかに十四歳以下だと判っていての犯罪未遂なので、下手に通報はできないらしい。


 オレはホリィと違って足は速くないし、チビで強くもない。そして、無駄に顔が良い。


 孤児で顔が良いというのは、腕っ節が伴っていないと不利なことばかりだ。


 顔を覚えられ易く、下手なことをするとすぐ悪目立ちする。変なのにも目を付けられ易く、いいことがあまり無い。


 普通の孤児院と普通の子供であれば、容姿がいいと貰い手もあるようだが……曰く付きのオレには当てはまらない。


 絡まれたときの対処法はそれなりにあるが、喧嘩は強くない。チビの割には弱くもないが基本的には逃げの一手。


 そういうつもりなら、ホリィとは一緒にいない方がいいだろう。


「足手まといってンなら、一人で帰る。じゃあな? ごゆっくり」


 そう言って歩き出すと、


「ちょっ、待ってよコルド! 嘘! 冗談だから! 怒らないでよ? ごめん、ね?」


 慌てたように謝るホリィ。けど、別に怒ってはいない。


 オレは昔から感情が薄い子供だった……らしい。赤ん坊の頃からあまり泣かず、よくぼーっとしていたという。


 感情が薄いという実感はないが、周りがそう言うのならそうなのだろう。


 面倒なことは嫌いだ。


 無駄に構われるのも嫌い。


 煩く言われるのも嫌い。


 束縛などもってのほか


 ホリィは少しウザい。


 それを薄情で冷たいというのなら、オレは冷たいのだろうと思う。


「コルドってば!」


 ぐいっと腕が引かれる。


「なんだよ」

「……ごめん」

「別に怒ってない。好きにしろ」

「……ホントに? 怒ってない?」

「…帰んだろ」

「うん!」


 にっこりと笑ったホリィが手を繋ぐ。


 振り払うのも面倒なのでそのままホリィに手を引かれて歩いていると、唄が聴こえた。


 小さくて遠い、それと気付いて耳で追わないと、すり抜けて行くような透明な声。ハミングのような……歌詞の無い、途切れ途切れのかすかな唄。


それはなぜか、とても懐かしく感じて――――


「……」

「…………コルド、ねぇ、コルドってば!」


 ぐっと引かれる手。ムッとしたような声に、唄が掻き消される。


「……なんだ?」

「話聞いてる?」

「ああ……全く聞いてなかった」

「もう、話の最中に考え事するの、コルドの悪い癖だよ!」

「そう……」

「直す気ないでしょ」

「そうだな……」


 耳を澄ますが、もうあの不思議な気分になる唄は聴こえない。残念だ。


「直した方がいいよ? って、聞いてる? コルド」

「……行倒れか? あれ」


 道の端に誰か倒れている。


「え? あ! う~ん……どうだろ? 今のところ、近くには誰もいないっぽいけど……」


 見たところ、倒れているのは子供。珍しいこともあるものだ。


 近くに寄って、気付く。


「……割といいよな? 身形みなり


 割と、どころじゃない。かなり、だ。


 浮浪者が少なくなく、治安の良くないこの場所で、身ぐるみを剥がされることもなく無事に倒れているのは奇跡か、余程運がいいのか。


「うん」


 生きていれば、人買いに連れて行かれてもおかしくないが。


「もしかして、オレらが第一発見者?」

「とりあえず、身ぐるみ剥いどく?」

「親に捨てられたんなら、連れて帰るか?」


 勿論、うちに泊めるのは一泊だけだ。他の奴を養う余裕は無い。別の孤児院を紹介する。


「本人の希望次第、かな?」


 ホリィと相談しつつ、倒れている子供に声をかける。


「おいお前、生きてるか?」


 返事無し。今度は軽く揺すってみる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る