化け物が実在したほうが、都合が良いんだ


 夜。


 みんな、夜は暗いと言うが……


あおいんだよなぁ……」


 窓から入る冷えた夜風が、蝋燭ろうそくの火を揺らす。空には沈みそうな細い月。


 オレは夜目の利く体質なのか、夜を暗いと思ったことがない。


 月が無くても、星が無くても、物の輪郭が判る程にはよく見通せる。


 夜は黒ではない。深い藍色……とでも言おうか、綺麗な蒼だと思う。


 さすがに、夜に書物かきものをするときには灯りは必須だが。


 学生の課題で机に向かう。明日、図書館で学生に渡す予定だ。


 聖書のふるい言葉を現代語に翻訳。そう難しくはないが……


 吸血鬼に狼男、か……


「はぁ……」


 嫌な感じだ。気が滅入る。


 吸血鬼も、狼男なんてのも存在しない。あれはただの病気か狂人のたぐいだ。


 瞳が赤かったり、肌が白過ぎたり、太陽の光に弱かったりするのはアルビノという色素異常の体質だ。


 血を飲みたくなるのは精神病。もしくは、異食症、異食行動。栄養失調症などの病気だろう。


 満月の夜に獣になるなど非科学的。


 異常な興奮や行動は、所謂いわゆる満月の狂気ルナティックに過ぎない。


 他宗教の教義や土着の風俗と俗信、病気などと言った複数の要因とが重なった上で、無知のたぐいが作り出した迷信だ。


 人間を食べたりするのは、狂犬病やカニバリズムなどで説明がつく。


 カニバリズムは、昔から行われて来たことだ。子供に読み聞かせる童話にだって載っている。


 それを、口を拭って無かったことにしているだけ。例えば、明らかに食料が無い酷い飢饉ききんの時代に、ナニ・・を食べて生き残ったのか、だとか……


 昔の人間が共食いをしていたのなら、いまの人間にだって、人間を美味しいと感じる者はいることだろう。


 子供に聞かせる童話でも、ヘンゼルとグレーテル、白雪姫、眠り姫などに出て来る義理の母親などが人食いなのは有名な話だ。


 まあ、改訂版だと義理の母親設定だが、グリムの原典などでは、ヘンゼルとグレーテル、白雪姫の母親は実母だった筈だ。


 実母が子供を食い殺そうとするのは残酷に過ぎると、改訂版では義理の母親、または魔女だったということにしたという話だし。


 というか……人食いをするモノを、人外としたのかもしれない。


 共食いをするようなモノ達を、人間として扱わなくなり、人外の存在とした……とか?


 まあ、案外この辺りが化け物の存在を広めさせた本当の理由なのかもしれない。


 共食いをしたなど、そんなことを、他人に知られるワケには行かない。


 化け物が実在したほうが、都合が良いんだ。


 どれもこれも、説明がつくことばかり。


 吸血鬼など、そんなモノはいない。


 病気か、狂人に決まっている。

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