『人狼に死を』


 深夜。


 ひっそりとした路地裏。


 石畳に散乱する白い欠片と動物の毛皮。白い欠片は、形状からして動物の白骨。散乱するそれらの中心からは、乾いた白骨を染めようと赤い液体がゆるゆると流れ出る。ソレは、胸からナイフの柄を生やし、ほぼ衣服をまとっていない男から流れ続ける。致死量はとっくに過ぎ去り、男は既に息絶えている。


 闇の中、パキッと乾いた音が響く。長身の影が小さな骨を踏み、砕けた音。


「………」


「ふっ、そう嫌そうな顔をするな」


 異様な現場にも関わらず、揶揄からかうように笑みを含んだアルトの澄んだ声。


「人狼に死を……ふふっ」


 クスクスとわらう声が闇夜に響く。


※※※※※※※※※※※※※※※


 翌朝の新聞。


 怪死事件再び! 殺されたのは人狼か?


 今朝未明、腰に毛皮を巻き付けたのみでほぼ衣服をまとっていない状態で、胸にナイフが刺さった男性の遺体が発見された。


 現場には、動物の毛皮と白骨が散乱しており、遺体の近くには『人狼に死を』という血文字が残されていた。


 先日殺された金融業を営む男性の事件とも関連性が疑われており……


※※※※※※※※※※※※※※※


 同日。午前中。


 街を歩いていると、見慣れぬ背の高いひょろりとした男がいた。


 眼鏡を掛けた神父服の男が、困ったようにうろうろと同じ場所を何度も通っている。迷子か?


「ね、君。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな? 教えてくれない?」


 柔らかいテノールの声で、話し掛けられてしまった。面白いから見ていたのがバレたか……遠目で見るよりも、若く感じる。


「……なんか用?」

「え~と、教会はどこかな? 道に迷っちゃって。案内してくれると嬉しいな」


 にこりと微笑む薄味な顔の眼鏡。


「……なにくれる?」

「え? あ~と、確か、キャンディが……」


 ごそごそとポケットを探る眼鏡の彼。


「飴は要らん。ロザリオか聖書がいい」

「え? いや、あの……それ、ボクら聖職者の必需品なんだけど?」

「予備、あるでしょ? どうせ布教用が幾つか。聖水か聖油でもいいが」

「道案内を頼んだ途端のカツアゲ……都会って、田舎よりも怖い……」

「人聞き悪いな? 熱心な教徒ですね、差し上げましょう。くらい言いなよ。あと、ここはそこまで都会じゃない」

「え? そうなの? って、それは置いといて。神父に対価を要求する時点で、君が熱心な教徒じゃないことは明白だよ?」


 苦笑気味の断定に頷く。


もっともだ。それで、なにくれる?」

「……熱心な教徒じゃない君が、どうしてボクらの必需品を欲しがるのかな?」

「売ろうかと思って」

「……君ね、他の神父様や司祭様にそんなこと言うと、すっごく怒られるよ?」


 呆れたような溜め息。


「だろうな。ま、人は見て言ってるさ」

「それは、ボクが舐められているっていうことでいいのかな? 君に」


 うん。割と舐めて掛かっている。とは言わず、もう半分の思っていることを返しておく。


「なんだろ? 親しみ易いから?」


 オレは割と人見知りのたちなんだが、この眼鏡とは話し易い。


「へぇ……ボクって、そんなに親しみ易いかな? 割と存在感薄いって言われるし、よく忘れらるんだけどな」

「そう」


 確かに、顔は薄味な顔だな。特徴が眼鏡というか……覚え難い感じ。


「君は、地元の子?」

「まあね」

「……なんか、この街ざわついてるよね」

「……もしかして、知らないのか?」

「なにを?」


 きょとんと首を傾げる眼鏡。


「マジかよ……新聞読まねーの?」

「新聞? ああ、今朝のはまだ読んでないや。移動でバタバタしていたから」

「ふぅん……これから、この街ではロザリオや聖水が高く売れると思う」

「え? なんで?」

「……連続怪死事件。一件目が吸血鬼。ンで、二件目が今朝。人狼だとよ」

「え? え~と……吸血鬼? や、人狼? に、殺された人がいるってこと?」


 困ったように言う眼鏡。


 いきなり吸血鬼や人狼の存在を語られても、その反応は当然だろう。だが、そうじゃない。


「違う。最初に殺されたのは、負債者の生き血をすすると言われていた高利貸し」

「え??」

「今朝のは、犬を殺して食う浮浪者。血も涙もない吸血鬼と噂されてた因業いんごう爺と、犬や子供を食い殺すっていう噂のあったホームレス。どうせ、どっかのイカれた奴がったンだろ」

「???」


 意味のわかっていなさそうな顔。


「高利貸しに恨みのあった連中はかなり多い。ンで、ホームレスの方は便乗犯だか愉快犯なんじゃねーの? それを、面白おかしく記事にすンのが記者の仕事。で、犯人はヴァンパイアハンターなんじゃないか? なら、殺されたのは吸血鬼に違いない。吸血鬼は実在した? だとよ」

「……え~と? ごめん。ついてけない」

「だよな。でも、これが現状。御愁傷様」

「御愁傷様って……」

「ツイてないだろ。こんな時期に、なにも知らされずに来るなんて」


 ミステリー小説なんかだと、事件のあった街にやって来る奴は、優秀な奴か駄目な奴。あとは、犠牲者か事件の収集を図る奴。そうじゃなければ、引っ掻き回す奴か相当な物好きと相場が決まっている。いや、傍観者というのもあったか? 記録者、または語り部。


 う~ん……どれにも見えないから犠牲者枠、か?


「……君、なんか失礼なこと考えてない?」

「……ん? ああ、違ったか」


 神父服ということは、この眼鏡は教会側の人間。なら、犠牲者にはならない……筈だが、偶々犯人を知って消されるということも無きにしもあらず。うん。


「気のせいだ。まあ、死なないようせいぜい気を付けろ。で、なにくれる? ロザリオか聖水。現金でもいいぞ?」

「え? 今なんか君、かなり物騒なこと言ったよね?」

「実際、物騒だろ? この街は。で、なにくれンの? さっさと出せよ」

「いや……君、なんでそんなにがめついの? 割といい格好しているよね?」


 割といい格好、ね。


 ま、うちは服にはあまり困っていない。


 ウェンとステラが針子をしているし、ババアのツテで要らない服が貰えて、二人にはサイズ直しもリメイクもお手のもの。だから、格好だけではオレらは孤児には見えないかもしれない。言動ですぐに判りそうなものだが……


「……教会行きてぇなら、十字架探しゃいいだろ。迷子でも辿り着ける。じゃあな」


 と、眼鏡に背を向けて歩き出す。


「え? あ、待って! 君……」


 声を無視して待ち合わせへと向かう。

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