夜は、闇が蠢く時間だ。


 夕方になり、しとしとと降っていた雨が止んだ。と、思ったら、まるで嵐のような風が吹き始めた。


 轟々と風の音が響く。


 今日の天気は荒れ模様のようだ。


 不吉……と、言えなくもない。


 間もなく、日が落ちて夜が始まる。


 夜は、闇が蠢く時間だ。


 そろそろ夕食の時間、か。


 食堂へ移動すると、既にサファイアの姿がテーブルにあった。


 揺らぐ燭台の火。


 暖色系の灯りに照らされて尚、サファイアの肌は青白く、美貌が冴え渡る。いや、オレンジの暖かい色の灯りに照らされているからこそ、逆に青白く見えているのかもしれない。


 席へ着いて、夕食がテーブルへ運ばれて来ているというのに、何故かフィン君の姿が見当たらない。


「フィン君は、どうしたのですか?」


 ゴクリと生唾を飲み込み、訊ねる。


「フィン様は、その・・・昼食の後にティータイムで大量のお菓子をお召し上がりになって、今は少し、具合が宜しくないようです」


 サファイアの後ろへ控えた執事が、若干言い難そうに答えた。食べ過ぎで夕食に出られない、と。


 確かに。フィン君ならさもありなん。


 しかし・・・


「そうですか。では、後で消化の良い食事を持って行ってください。彼のことですから、しばらくすればきっと、お腹が空いたと言い出す筈でしょうから」


 ふっ、と小さく笑うサファイア。


「はい」

「では、わたくし達も食事に致しましょう」


 テーブルへ並べられて行く料理は、昼食に引き続き豪華なメニュー。


 十字を切って祈りの言葉を唱え、そっとサファイアを窺うが、なにも反応は無い。


「? どうかされました?」

「いえ・・・」


 軽く首を振り、食事を進める。


「神父様、ワインは如何でしょう? この地方の特産品なのですよ」


 トポトポとグラスへ注がれるのは、とろみのある濃い色の赤ワイン。ふわりと広がるフルーティーな香り。


「美味しいですよ」

「では、少しだけ頂きます」

「ええ。どうぞ、遠慮なく……」


 サファイアの口元が弧を描いたように見えたのは、気のせいだろうか?


 ワインを少し口に含むと、強い甘みと葡萄ぶどうの香りが広がる。


「女性が好みそうな味ですが、わたしには少々甘過ぎるようです」

「まあ、そうですか。では、明日の夕食には辛口のワインを用意致します」


 そして、何事も無く食事が終、了・・・?


 くたりと身体から力が抜け、意志に反して瞼が重、く・・・?


 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


「…………」


 テーブルへ突っ伏した神父を見やり、


ようやく寝てくれましたか。警戒していた割には、詰めが甘いですね」


 静かに女性が言う。


「では、起こさないように部屋へお連れしてください。慎重に」

「はい」


 そして神父が、使用人達に運ばれて行く。


「騒がしい夜はごめんです。静かにお休みなさい。神父様、良い夢を・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※


 夜が明けて、朝一番に庭を確かめる。


 強い風で花のことが心配だったのだが、チューリップは無事。薔薇は少しばかり散ってしまっているが、これなら被害という程でもない。


 少し、安心した。


 昨日の雨を降らしていた雲は、その後の嵐のような風で吹き飛ばされたらしい。


 今日の天気は、少々風の強い快晴と言ったところか。雲が無く、日差しが強い。


 この分だと、地面が乾くのも早いだろう。


 さあ、手入れを頑張らなければ。


 サファイア様の為にも、花を枯らすワケにはいかないのだから・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


 気が付くと、朝になっていた。


 わたしは……自分へと割り当てられた部屋の、ベッドの上で目を覚ました。


 どうにも、夕食後の記憶が曖昧だ。


 まさか、酔い潰れてしまったのか?


 いやいや、まさかワイン一杯くらいでは大して酔いもしないだろう。


 そうでなければ、一体・・・?


 別段、身体に異常は無い。二日酔いも、気分の悪さも無い。


 ただ、昨夜の記憶が曖昧なだけ。


 なにがあったのかを思い出そうとして・・・


 コンコン、とノックの音で思考を中断させられる。


「神父様。朝食の用意が整いましたが、起きていらっしゃいますか?」


 メイドの声に、慌てて返事を返す。


「あ、はい! すぐに行きます!」


 さっと身だしなみを整え、食堂へ向かった。


「おはようございます、神父様。昨夜はよくお休みになられましたか?」


 朝食の並ぶテーブルへ着き、にっこりと微笑むサファイア。


「え、ええ。はい……お恥ずかしいことに、寝過ごしてしまったようです」

「それは、旅の疲れが出たのかもしれませんね。旅は大変なのでしょう?」

「ええ。そう、でしょうね・・・」


 なにかが腑に落ちない気がするが、今はそう答えるより他ない。


「それなら今夜は、早めにゆっくりとお休みになられた方がいいかもしれませんね」

「ええ。そうさせて頂きます」


 と、言ったところで気付く。昨夜に引き続き、フィン君の姿が見えないことに。


「フィン君はどうしたんですか?」

「フィン様は、寝坊のようです。昨夜、夜中にお腹が空いたと起きて来られて……そのせいで、今朝は起きられないようです」


 執事が答える。


「そうですか・・・」

「フィン様になにか?」

「いえ、少し心配だったもので」


 まあ、彼のことだ。昼食のときにはきっと、元気な姿を見せてくれるだろう。


 このときは、そう思っていた――――

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