サファイアの情報は・・・


 ヴァンは、誰もいない部屋を見渡す。


「戻って来ませんね。あのアホマスター」


 昨日の昼過ぎに部屋を飛び出した切り、ヴァンはフィンの姿を見ていない。


 しかしヴァンには、フィンがまだこの城の中にいることは判っている。


「私といるのが気まずくて、別の部屋を用意してもらったのかもしれないけど・・・全く、なにをしているのやら? 本当に傍迷惑な方ね。まあ、城の中にはいるようだから、慌てる必要もないけど」


 誰も余計なことをしなければ、だが・・・


 今日の天気は快晴と言ったところ。雲も無く、強めの風が吹き付けている。


 強い風と日差しで、この天気が明日も続けば泥濘ぬかるんだ道も早く乾くだろう。


 ヴァンは、テオドール・クレシェンド神父には早くこの城を発ってもらいたいと思っている。


 彼が城をうろちょろしていることは知っているが・・・鉢合わせなど、したくもない。


 悪いことなどしてはいないが、ヴァンは教会関係者を少々苦手としている。


 さっさと関わりを絶ちたい。


 ・・・それにしても、あの神父はあの庭を見ても特になにも思わないらしい。


 鈍感というか、物知らずというか・・・


 ひとまず、神父のことは置いといて。


 ヴァンの知り得た、サファイアの情報は・・・


 彼女が領主であること。


 赤い瞳に白い髪と青白い肌をしていること。


 明るいうちには姿を現さない。


 黄色の薔薇、黄色のチューリップ。


 血の滴る料理に、血入りのワイン。


 そして、ヴァンを見るときの熱のこもった視線。


 それらを元に推測すると、彼女は・・・


 だとすると、彼女の為にも、あの神父には早く出て行ってほしいものだ。


 マスターも、早くサファイアと商談に入りたいだろうに。


 私も、さっさと商談を成立させて、早くこの城を出て行きたい。


 神父がいては、話もできない。


 部屋に籠り、神父をやり過ごすのも、あと二日程の我慢。まあ、それも彼がさっさと出て行けば、の話なのだが。


「マスターがいないので特にすることもないけど、静かなのも偶にはいいわ」


 フィンはいつも、なんだかんだと一人でワーワー騒がしくてウルサい。


 そんなことをとりとめもなく思っていると、コンコンとドアがノックされる音がした。


「はい、今開けます」


 ヴァンがドアを開けると、メイドの姿。


「そろそろ昼食のお時間ですので、ご準備を」

「わかりました。あの神父様は、どちらへいらっしゃいますか? 顔は、合わせたくありません」

「神父様なら、今は三階へいらっしゃるそうです」

「わかりました」


 顔を合わせたくない相手の動向は、常に把握しておくべきだと、ヴァンは思っている。


※※※※※※※※※※※※※※※


 昼食の時間。


 食堂には、既に背筋の伸びた美しい姿勢のサファイアがテーブルへ着いていた。


「こんにちは。神父様」

「こんにちは。サファイア様」


 挨拶をして、気が付いた。また、フィン君の姿が無いことに。


「フィン君は・・・どうしました?」


 昨日の昼以来、彼の姿を見ていない。


「フィン様なら、先程起きていらして、先に朝食兼昼食を済まされました」

「・・・どこに、いますか?」


 思ったよりも硬い声が出てしまい、自分でも驚いた。慌てて言い足す。


「その、昨日から体調が優れないようなので、フィン君が心配でっ」

「それでしたら、心配はありません。先程も、フィン様は大変お元気で、大量の食事をお召し上がりになられましたから」


 淀みなく答える執事。


「大量に……」


 その様子が、容易く想像できてしまった。


「ええ。大量に」

「フィンさんらしいですね」


 クスリと上品に笑うサファイア。


「では、後でフィンさんをお誘いして、お茶をしましょうか。神父様も如何ですか?」


 にっこりと微笑まれ、なにを考えていたのかをサファイアに見透かされた気がした。しかし、


「……ええ。是非」


 誘いへ乗ろうと思う。


「では、先にお昼を頂きましょう」


 そう言って、優雅な手付きで食事を始める彼女。やはり、祈りの言葉や十字を切る仕種に、特に反応は無かった。


 彼女が吸血鬼だという噂はガセだったのだろうか? 昨日は大雨のせいで城内へ日差しが入らず、とても薄暗かった。しかし、今日はスッキリと晴れていて明るい。


 吸血鬼は陽光が苦手で、夜にしか活動ができないものだ。普通は・・・


 上位の吸血鬼になると、聖句や十字架が効かないというが、真に恐ろしいのは・・・陽光の下でも活動できる吸血鬼なのだという。しかし、そんな吸血鬼は伝説級とされていて・・・


 城の使用人達も、普通に陽光の下で働いている。サファイアの他に顔色の悪い者は見当たらないし・・・まさか、伝説級の吸血鬼がゴロゴロしているような城、というワケでもあるまい。


 なにやら、段々と彼女が吸血鬼であるという噂を真に受けた自分が恥ずかしくなって来る。


「どうされましたか? 手が止まっていますが、お口に合いませんでしょうか?」


 サファイアが、その名にそぐわない色の視線をわたしへ向けて来る。


「いえっ、味に申し分はありません。大変美味しく頂いております。少々考え事を・・・お食事中に、失礼致しました」


 招かれた食事中に黙り込み、手を止めるなど、マナー違反だ。慌てて謝罪する。


「難しい顔をなさっていましたが、なにか心配事でもありますか?」

「あっ、いえっ、それは・・・」


 まさか、サファイア本人へ吸血鬼ではないか? と、疑っていると言える筈がない。


「すみません。差し出口でしたね」

「いえ、そのっ……今日は、風が強いので」


 しどろもどろになって答える。


「そうですね。昨日の雨が嘘のような青空が広がっていますね」

「え、ええ。空を、ご覧に?」

「生憎、風が強いので外へは出ていませんが、日差しも強そうですね」

「ぁ……そう、ですね」


 アホみたいな返事しか返せずに昼食を終え、ぼんやりと城の中を探索する。


 もう、サファイアは吸血鬼ではないだろう。と、半分以上思い始めている。が、なんとなく、城の中を見て回っている。


 サファイアが吸血鬼ではないのなら、わざわざこの城まで来たのは無意味な行為になるが・・・


 まあ、勘違いの無駄足なら、わたしが骨を折るだけで済むことだ。人的な被害がなにも無いのなら、それを喜ぶべきだと思う。


 そして、虚しさなど感じていない。


 そう・・・徒労であったことを、喜ぶべきだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る