女は緩く溜息を吐いた。


 分厚い雲が降らせる雨のせいでひやりと薄暗い城内を、フィン君の案内で食堂へ向かう。


 扉を開けて中へ入ると、既にドレス姿の若い女性がテーブルへ着いて待っていた。


 白い髪に青白い肌、美しい顔立ち。


 なぜだか確信があった。


 この人物はきっと・・・


「このレインディア地方を納める領主、サファイア・レインディア様です」


 後ろに控えた執事が、女性の紹介をした。


「初めまして。神父様」


 サファイア・レインディアがにっこりと微笑む。


 しかし、その瞳の色・・・・・は、サファイア・・・・・という・・・名前には・・・・そぐわない色・・・・・・をしている。


 一瞬呆気に取られ……挨拶をされたのだから、挨拶を返さなければと思い返す。


「わたしはテオドール・クレシェンドと申します。本日のお招き、大変感謝しております」

「いえ、雨が降る前に来て頂いて、よかったと思っておりますわ。神父様」

「ええ。わたしも・・・こんな雨に打たれていたかと思うと、ゾッとします。本当に助かりました」


 旅を続ける上で一番気を付けなければいけないのは、天候だ。


 雪は勿論、雨にも注意が必要。


 弱い雨だとしても、侮ることはできない。

 夏でも、冷たい雨に長時間打たれると、然程さほど気温が低くなくても体温が奪われ続け、低体温症で死んでしまうことがあるからだ。


 そして、雨が長く続けば、降り続いた分だけ、地滑りや川の氾濫などを引き起こす危険性が高まる。


 人間は、そういった自然災害には常に勝つことはできないのだろう。


「数日の間、ご迷惑をお掛けします」

「いえ、神父様をお迎えできて、嬉しく思います。至らぬ点が有りましたら、どうぞ遠慮無く仰ってください。では、食事に致しましょう」


 サファイアの言葉で、高価そうな皿に乗った料理が運ばれて来る。


「わ~い! 頂きまーふっ!」


 言うや否や、凄い勢いで料理を口へ運ぶフィン君。


 昼食を食べられるのかと心配したのが、馬鹿らしくなる程の食べっ振りだ。


 唖然とするわたしを余所よそに、数日前からの滞在で慣れてしまったのか、サファイアはマイペースに食事を続けている。


「どうかされましたか? 神父様」

「い、いえ。なんでも・・・」


 首を振り、小さく祈りの言葉を口にしてから、食事へと手を付ける。


 卵やバターの使われた、白くて柔らかい贅沢なパン。透き通った琥珀色のコンソメスープ。新鮮な野菜とチーズのサラダ。どれもこれもが美味しい。


 当たり障りの無い会話。


 ゆったりと食事をするサファイアの手付きは、とても優雅だ。


「神父様は、どうして旅を?」


 にこやかな質問に、ヒヤリとする。ゴクンと野菜を飲み込み、


「……人の役に立つ為、です」


 答える。と、一瞬だけ、


「……それは、素晴らしいことですね」


 キラリとサファイアの瞳が鋭い光を帯びたように見えた気がした。


「ええ。ありがとうございます」


※※※※※※※※※※※※※※※


 フィンとテオドール神父が食事を終え、出て行った食堂。


 空になったテーブルにスッと背筋を伸ばして座る女と、憂い顔の執事が残っていた。


「やはり、教会関係者は苦手です」


 感情を窺わせない平坦な声が言う。


「そうですか・・・」

「ですから、なるべく早く出て行ってもらいたいものですね。神父には」

「……はい」

「それも、天気次第なのですが・・・」


 窓を叩き続ける雨に、先程のような激しさはない。が、未だ止む気配も感じられない。


 この分だと、道も大層泥濘ぬかるんでしまっていることだろう。


 太陽が出たとしても、道が乾くまでと言って、神父が城への滞在を延ばす可能性もある。


「……そうですね」

「・・・」


 憂慮するような執事の返事に、女は緩く溜息を吐いた。

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