キャンディは好きかな?
城内を散策していると、
「あ、雨だ~」
のんびりしたような子供の声がした。
「うわー、結構降るかもー」
声の通り、雨足が次第にザーザーと強まる。
数十分前はあんなに晴れていたというのに・・・そういえば、明日は雨だとか言っていた村人がいたような気がする。
「おじさん誰?」
お、おじさんっ!?
「ええと、わたしのことかな?」
無理矢理笑みを浮かべ、声の主を見下ろす。と、ぽやんとした印象の、けれど声よりは幼くない・・・十二、三歳程に見える黒髪黒瞳の少年だった。
「え~、他にいないでしょー?」
間延びした返事。不吉……と称される色彩を持っているにしては、そう言うのが
おそらく、この子が現在城にいる滞在客の一人だろう。
顔立ちは普通。黒髪黒瞳……であることを除けば、目立つこともないだろう容姿に……なぜか黒く染められた爪が、悪目立ちを更に促している。
「お兄さんはね、まだ三十歳にはなっていないんだよ?
引きつりそうな顔面を、意志の力でどうにか抑え込み、にこやかに少年を見下ろす。
「君は、誰かな?」
「ボク? ボクはフィン」
「? ファミリーネームは無いのかい?」
「ヤだな、もうっ。会ったばかりで見ず知らずの人に、フルネームを教えるワケないでしょー?」
ある意味、真理だ。
しかし、それは、わたしが神父服を着るようになってから、初めて言われたことだが・・・
「わたしは聖職者なのだけど?」
「それがどうかしたー? ボクねー、神父服を着た山賊見たことあるんだー」
「・・・え?」
「なんかねー、聖職者の格好していると、みんな安心していいカモになって楽だぜ。とか言って笑ってたんだー。物騒だよねー」
にこにこと笑う少年。
本当に、物騒な世の中になったものだ。誰なのだろうか? 神聖な神父服で山賊などを始めた愚か者は・・・天罰が下って滅びろっ!
「コホン・・・ええと、フィン君? わたしはね、本物の神父なんだよ?」
「そうなの?」
「ああ。そうなんだよ」
「だからなーに?」
「・・・」
絡みづらいなぁ、この子。
「君は、もしかして・・・わたし、というか、神父が嫌いなのかい?」
「うん。嫌ーい」
ハッキリ言うなぁ・・・ああでも、この子には、黒髪黒瞳の見た目で差別されたという悲しい過去があるのかもしれない。
「理由を聞いてもいいかな?」
すると、俯いたフィン君が低い声で口を開いた。
「ボクが日曜日に教会へ行っても・・・」
まさか、神父に差別されたとかじゃないだろうな? そんな奴は、聖職者失格だぞっ!
「お菓子くれないんだよ~っ!?」
「へ?」
「みんなに配ってるクセに、いつもいつも、いっつも、ボクにだけくれないんだよっ!?」
心底悔しそうに涙目で訴えるフィン君。
日曜礼拝が終わると、集まった人々へお菓子を配ったりしている。しかし、フィン君が神父を嫌いな理由が、そのお菓子をくれないから。だとしたら、ある意味差別・・・なのだろうか?
「ヒドいよ! ジャックにはクッキーを二袋もあげたっていうのにさっ!」
今の言葉で判るのは、フィン君が食い意地が張っているということだけだ。
「・・・フィン君は、神父様のお話をちゃんと聞いていたのかな?」
「話? なにそれ?」
きょとんと首を傾げるフィン君。
あ、わかった。
「日曜日に教会へ行くのは、お菓子を貰う為じゃなくて、神父様のお説教を聞く為なんだよ?」
おそらくフィン君は、聖書の朗読や神父のお説教が終わって後に、お菓子だけを貰おうとしたのだろう。礼拝に参加せず、神父の話を聞かない子には、お菓子をあげないという方針の教会もあるからな。
「ウソぉっ!? お菓子の為じゃないなんて、そんなの有り得ないよっ!?」
黒い瞳を真ん丸にして驚くフィン君。
「お菓子はね、ついでなんだよ」
と苦笑するものの、小さな子供がお菓子目当てで教会へ通うのは本当のことだ。
・・・ケチケチせずにお菓子くらい分けてやればいいと思う。お菓子をくれないから教会を嫌うなど、そんなつまらない理由で神の教えを嫌いになられる方が余程問題だというのに。
フィン君は、自身の見た目で差別されているのだと勘違いをしてつらい思いをしたのかもしれない。
全く、どこの教会だ?
「フィン君」
「なーに?」
「貰えなかったお菓子の分には足りないと思うけど、キャンディは好きかな?」
「? お菓子は大体なんでも好きだよー?」
「じゃあ、これをあげよう」
ポケットから飴を取り出し、フィン君の手に乗せる。棒付きの渦巻きキャンディ、包み紙に入った飴玉、バターキャンディ、キャラメルなどなど。
小さい子供と話すとき用の飴を、
「いいのっ!?」
キラキラした瞳で見詰めるフィン君。
「どうぞ」
「うわ~! ありがとうっ!?」
とても嬉しそうに破顔したフィン君は、早速飴を食べ始めた。包みを開けて取り出すなり、口へ入れ、ガリガリと飴を噛み砕いた。ガリガリ、ガリガリと、両手いっぱいの飴は、あっという間に残り少なくなってしまった。
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