冴えてるってことなんだからねっ!


 翌朝。


 ヴァンは惰眠を貪るフィンを起こして仕度させ、朝食の席へと向かった。


 案の定、サファイアの姿は無い。


「申し訳ありません。サファイア様は・・・」


 と、謝るレガット。


「いえ、昨夜は遅くまで起きていらしたようですし、ある意味では私のせいでもありますので。サファイア様にはご無理をさせてしまったようで、大変申し訳ありません」

「い、いえ、決してヴァン様のせいではありませんので・・・」


 謝るヴァンに、レガットが恐縮する。


 そんな二人を余所に、ぽや~っとした顔で朝食を食べ進めるフィン。


 昨夜、ヴァンが戻ったときには、フィンは既に寝ていた。そして、今朝は寝坊までした為、昨夜の詳細が伝えられていない。


 自身とヴァンが誘拐の嫌疑を掛けられたというのに、フィンは全く気にしていない。


 のんびりと、能天気そうに、実に幸せそうな顔で朝ご飯をパクついている。


 ヴァンを信頼しているのか、はたまた疑われたのがヴァン一人だと思っているのか、それともただ単に、昨日のことを忘れているのかは、ほけほけとした顔からは読み取れない。


 そして、またしても給仕係が引く程の朝食を食べたフィンは、


「ご馳走さまでした♪ヴァン、お散歩お散歩~♪」


 苦しげな様子もなく、ヴァンに声を掛ける。


「はい。では、失礼します」


 一礼し、ほてほてと歩くフィンへと付き従うヴァン。二人で食堂を後にする。


 城の中を宛もなくふらついて、二階を歩いていたとき、フィンが窓にベッタリ貼り付いて声を上げた。


「あ、チューリップ!」


 昨日は中庭をチラリと見ただけで気付かなかったが、咲いているのは薔薇だけではなかったらしい。


「チューリップも黄色なんだ~。可愛い色だよねー♪」


 黄色いチューリップが植えられている。


「黄色、ですか・・・」

「ねー、ヴァン。やっぱりサファイア様は、黄色が好きなんだよ~」


 チューリップという花自体の花言葉は『思いやり』『恋の宣言』『博愛』『名声』などだが、黄色いチューリップの花言葉は『望みなき愛』だ。


 黄色の薔薇に、黄色のチューリップ。どちらもネガティブな花言葉を持つ花だ。


 単純に、黄色が好きだとも思えない。ヴァンには、なにかが引っ掛かる。


「いいよね~♪黄色の薔薇とはまた違って、レモンイエローって感じ?」

「・・・いいですよね。マスターは能天気で」

「ヤだなぁ。そんなに誉めないでよ?」


 ヴァンの皮肉に本気で照れるフィン。


「いやですね。マスター。全く誉めてませんよ?」

「ええ~! 脳天気って、頭が晴れてるってことでしょ? クリアなんだよ? 冴えてるってことなんだからねっ!」


 えっへんと胸を張るフィン。


「・・・今のマスターは、能天気というより、頭の中がお花畑でしたね」

「お花畑? ね、ヴァン。それって、どんな色の花が咲いているのかなっ?」


 ワクワクと訊ねるフィンに、


「・・・マスターの頭の中のことは、私にはわかり兼ねます」


 ヴァンは呆れて首を振った。


「あ、そっかー。・・・あれ? でも、ヴァンはどうしてボクの頭の中がお花畑だってわかったの?」


 フィンはきょとんと首を傾げる。


「・・・そうですね。マスターみたいな方は、昔から頭の中がお花畑だと決まっているのですよ。知りませんでしたか?」

「そうなの? ボク、初めて知ったよ?」

「はぁ・・・」


 全く、幼児並みの頭じゃないか・・・という言葉を飲み込んで、ヴァンは深い溜息を吐く。


「マスター。早く頭の中身を成長させて頂きませんか? 幼児レベルと会話をするのは疲れます。せめて、見た目通りの年齢まで引き上げてください」


 フィンの見た目は十二、三歳程なのに、その中身は幼児レベル。残念だ。疲れる程に。


「ボクそんなに子供っぽくないも~ん」


 も~んと言って口を尖らせる様子の、どこが子供っぽくないのか、ヴァンにはわからない。


「・・・・・・とりあえず、マスター。昨日のことを聞いてください」

「昨日? なんかあったっけ?」

「中庭を散策しながら話しますよ・・・」


 中庭へ降り、歩きながら昨夜の村の子供……クラン行方不明事件の顛末をフィンへと語る。


「吸血鬼ぃ? バカみたいなこと言うんだねー。あ、でも、そんなこと言ってるのって、え~と?」

「ゴロツキ未満Aですか?」

「そうそう、それそれ。ソイツだけー?」

「どうでしょうね……一応、疑われるにしても、馬鹿馬鹿しい理由は潰しておきましたけど」

「さすがヴァン♪ご苦労様~」


 誰々の体調が悪い、調子が悪いなどの理由のことだ。怪しげな噂を鵜呑みにするより、医者にかかるべき。立派な正論だ。

 良識の・・・ある大人・・・・は戯言を妄言をやめろというヴァンの言葉はつまり、いたずらに騒ぐような人間には良識が・・・無い・・と皮肉っている。

 そう思われたくない。自分には良識がある。と、思っている人達は、騒ぐのをやめるだろう。


 新たな火種が出て来ない限りは・・・


「マスター。明日は、雨が降るようです」


 晴れ渡る空を見上げ、ヴァンが言う。


「雨かぁ……う~ん。屋根があるって、ホント素晴らしいことだよねっ♪ヴァン」

「そうですね。マスター」

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