ああ……よかった。


 黄色の薔薇が咲き誇る庭園。


 彼は、花の世話をする。主の為に。


 彼の主は、城から出ない。


 ・・・出られ、ない。


 蝋燭ろうそくの灯りの下ではあるが、輝く新雪のような銀髪。ルビーのような赤い瞳。青白く透き通ったきめ細かい肌。物憂げな美貌。


 太陽の光が苦手で、日中は日の差さない地下に閉じ籠もっている。


 好物は血の入ったワインと、焼き菓子。


 彼女が、吸血鬼だという噂を耳にしたことがある。しかし、それがどうした?


 彼女が、わたしのお仕えする主だということに、なんら変わりはない


 彼女は、美しい。


 硝子細工のような繊細な美しさだ。


 彼女は――――


 サファイア様は、わたしの――――


※※※※※※※※※※※※※※※


「あれは・・・?」


 暗い夜道。ヴァンは、城の方角にぽつんとともる灯りに気が付いた。


「どうやら、外で夜明かしをせずに済みそうですね。有り難いことです」


 ヴァンはのんびりした歩みから、早足へと速度を上げ、城へと向かった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 吸血鬼の住む城。


 その噂を聞き付けてやって来た男が一人。


 彼は、目撃した。


 暗い夜道をなんの灯りも点さず、全く闇を恐れることもなく、悠々と歩く人物を。


 遠目でしかその人物を見ることは叶うわなかったが、目立つ金の髪。遠目でも判る、目を惹く美貌。闇に溶けるような黒い服装。


 そして、付近の村でなにか騒ぎがあったようだ。


 一致する符号。


 伝えられている特徴とも一致する。


 あれが吸血鬼でなくてなんだというのだ?


 男は、人々へ安らぎを与える為、獲物を狩ることにした。


 胸に掲げた十字架を握り、目を閉じて祈りの言葉を主へと捧げる。


 ターゲットは、あの城の中。


 さあ、まずは情報を集めなくては。


※※※※※※※※※※※※※※※


「ヴァンさんっ!? ご無事でしたか? 怪我などはありませんか? ああ……よかった」


 心配そうな表情でヴァンを迎えたのは、城の主であるサファイアだった。


「? サファイア様……どうかされましたか?」

「ヴァンさんが心配で・・・そうですわ。お食事は済まされましたか?」

「サファイア様。どうか私のことはお気になさらず。もう夜も遅いですし、お休みになられた方が」

「わたくしに心配されるのは、お嫌でしたか?」


 ヴァンの言葉に悲しげに眉を寄せるサファイア。


「いえ、そのようなことはありません。ですが、サファイア様が使用人である私にまで、わざわざ気を使う必要はないかと・・・」

「ヴァンさんもフィンさん同様、わたくしの大切なお客様です。ですから、そんな風に悲しいことは、仰らないでください」

「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。サファイア様」

「いえ、謝らないでください。わたくしが勝手に心配していただけですし・・・」


 そっと目を伏せるサファイアにふっと考え込んだヴァンは、


「・・・では、ありがとうございます」


 にっこりと柔らかく微笑み、礼を言う。


「・・・え?」


 礼を言われたサファイアは、一瞬意味がわからないという風にきょとんとし、


「そ、そ、そんなっ、わ、わたくしお礼を言われるようなことはしていませんわっ」


 サッとその頬を赤らめた。


「いいえ。サファイア様のお陰で野宿をせずに済みました。それに、わざわざこんなに遅くまで起きて待っていてくれたのでしょう? 誰かに迎えて頂けるというのは、嬉しいものなのですよ? 特に、宿無しの身といたしましては」

「そう、ですか・・・」

「ええ。では、サファイア様。私はこれで失礼致します」


 そう言って一礼するヴァンを、


「はい……」


 どこか寂しげに見詰めるサファイア。


「また明日。ゆっくりとお休みになられてくださいませ」

「! ええ! また明日っ……」


※※※※※※※※※※※※※※※


 びっくりです!


 お、お礼を言われてしまいましたっ!?


 それに、また明日……だなんて、そんなことを言われたのは、初めてですわっ!!!


 どうしましょう? どうしましょう・・・


 すごく、すごく嬉しいですわっ!!!


 まだ、胸がドキドキしています・・・


 ああ……この感動を、誰かに話したい!


 誰か、誰かいないかしら?


 ああ……いえ、誰かじゃなかったわね。


 いつも、わたくしの話を穏やかに聞いてくれる彼。わたくしの我が儘を、なんでも聞いてくれる・・・彼へ話したいわ。


 今の時間、彼はどこにいたかしら?


 アウィス。わたくしの執事は・・・


 もう、寝てしまったかしら?

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