で、なにが原因不明だと?


「本当に、ありがとうございました。さ、どうぞ中へお入りください」


 マイヤーと夫人が、


「大したもてなしはできませんが、どうか是非上がって行ってください」


 口々にマイヤー家へと誘う。


「いえ……」


 申し出を断って早く帰りたいヴァンは困る。


「お、叔父さん! 叔母さんまでこんな奴を信用するんですかっ!?」

「アンタは黙っていなさいっ!」


 マイヤー夫人の強い口調に、


「そ、そんな・・・ね、ネロリは違うよな? こんな奴、絶対信用しちゃ駄目だぞっ!?」


 ネロリ嬢へ取り縋るゴロツキ未満A。しかし、


「いい加減にしてっ!! あなたは、クランがいなくなっても、ただ騒いでいただけ! 人を疑ってばっかり、口だけで探そうともしなかったじゃないっ!?」


 ネロリ嬢の怒りが炸裂。


「ね、ネロリぃ……」


 この場にいる全員の冷ややかな視線がゴロツキ未満Aへと注がれた。すると、


「…………お前のせいだっ!?」


 吐き捨てるような言葉。憎悪の籠った視線がヴァンへと向けられる。


「お前がネロリをたぶらかしたんだっ!? 俺の、ネロリをっ!?!?」

「ちょっとっ!? 変なこと言わないでっ!? 誰がアンタのよっ!? 本っっ気でやめなさいよっ!? 気持ち悪いっ!!!!」


 ネロリ嬢の心底から嫌がる拒絶の言葉。誰が見ても、脈が無いにも程がある。しかし、勘違い男には通じないようで・・・


「ネロリ……俺が目を覚まさせてやる。いいか? コイツは、吸血鬼が住むような城へ泊まるような奴だぞ? コイツだって、吸血鬼に決まってるっ!?」


 ビシッ! と、ヴァンを指差して断言したゴロツキ未満Aの言葉へ、村人達がざわつく。


 金髪碧眼。そして、人を惹き付けるようなヴァンの美貌が、吸血鬼であるかもしれない・・・と、思わせてしまったようだ。


「ランドさんの奥さんが体調悪いのも、きっと吸血鬼の仕業に違いないっ!?」


 キッパリとした断言。ゴロツキ未満Aの自信満々な言葉が、村人達の不安へ火を点ける。


 と、そこへ、


「馬鹿ですか、あなたは。吸血鬼など、そのような世迷言を、誰が信じます? 頭が悪いにも程がある。良識の・・・ある大人・・・・が、そのような妄言を声高に叫ぶのはやめなさい。みっともない」


 ヴァンが馬鹿にしたように鼻で笑う。


「そんなのを信じているのは、子供くらいな……いえ、今時は子供でも信じていませんね。私が疑わしいと言うのなら、ニンニクでも十字架でも持って来なさい」


 燃え上がりかけた不安をサッと鎮静化させる。


「じゃあ、ランドさんの奥さんの不調は、どう説明するんだ? 原因不明だそうだが?」


 またもや、不安を煽る言葉。


 原因不明の貧血、イコール、吸血鬼の仕業に違いない……という図式。


「はぁ・・・全く・・・」


 女性が貧血なのはよくあること。だが、それを今この馬鹿へ言っても無駄だろう。


 ヴァンは深い溜息を吐いて、告げる。


「ここへ連れて来なさい。診て差し上げますよ」


 すると、ざわめきの中心から、おろおろとした顔色の悪い二十歳前後の女性が出て来た。


「失礼。少し、触ります。手を」


 了承を得る前に素早く女性の手を取り、


「あ、おいっ!?」


 脈拍を計るヴァン。ゴロツキ未満Aは無視する。


「え?」


 脈は幾分速いが……名指しされて集団の前に晒されていることを鑑みると、正常の範囲内。爪は白くなく、健康的なピンク色。指を伸ばしても薄紫になることもないし、熱もない。


「失礼」


 と、ヴァンは女性の両頬へ手を伸ばし、


「え? え? ええっ!?」


 べっと下瞼を引っ張る。若干白いか。


「・・・では、今度は本当に失礼を」


 と、女性の胸元へ手を伸ばし、


「おっ、お前っ!?」


 胸の上の辺りをふにふにと確かめるように触るヴァン。更に、女性の下腹部へと手の平を乗せる。


 ヴァンの遠慮無い行為へ、驚く村人達。声も出ないで、絶句している。と、


「おめでとうございます、奥様」


 体調不良の女性へ祝福を述べるヴァン。


「へ?」


 きょとんとした顔の女性。そして、


「なにがおめでとうだっ!? 巫山戯ふざけるなっ!」


 女性の旦那であろう人物が怒鳴り付ける。


「ご主人ですか?」


 しかし、ヴァンは意にも介さない。


「あ、はい」


 女性が頷く。


「おめでとうございます。どうやら、奥様はご懐妊なさっているようですね」

「は? え? ええっ!?」


 旦那が目を白黒させるのを無視し、


「食事はちゃんとっていますか? つわりが酷くても、ちゃんと食べないと、丈夫なお子さんにはなりませんよ? 栄養価の高い食品、肉や魚、卵、ミルク、チーズなどを重点的に摂取するとよいでしょう。または、それらではなくても、食べられる物をしっかりと食べてください」


 ヴァンが的確なアドバイスを述べて行く。


「不安があるというのでしたら、先輩方へ相談されると宜しいでしょう。出産を経験した女性は沢山いるのですから」


 腕を広げ、村の女性達を示すヴァン。


「はい!」


 母であることを自覚したからだろうか、女性からは先程までのおどおどした態度が消え、どこか自信が溢れる表情へと変わった。そして、それとは逆に、今度は父になる予定の男が不安そうにおどおどし始めた。


「で、なにが原因不明だと?」


 ゴロツキ未満Aへと向き直るヴァン。その口元へ浮かぶのは、馬鹿にしたような冷笑。


「くっ!? じゃ、じゃあ、エドワーズさんの不調は一体なんなんだっ!?」


 ぐいっと太った中年男性の腕を引くゴロツキ未満A。男性はとても迷惑そうだ。


「見るからに太り過ぎですね。酒と脂物の多い食事を控えなさい。早死にしますよ」

「ぶ、ブランドンのばあさんは!」


 引っ張り出されたのは、高齢の婦人。こちらもまた、非常に迷惑そうな顔をする。


「高齢になれば、身体のあちこちに不調が出て来るのは当然のことです。軽い運動。そして、食事に肉、魚、卵、チーズを取り入れることをお勧めします」

「っ!?!?」

「身体に不調があるのなら、馬鹿馬鹿しい噂など信じず、ちゃんとした医者にかかりなさい」


 ヴァンは呆れたように正論を言う。


「では、これで失礼します」


 ポカーンとする村人一同を放置し、ヴァンは城の方へと歩き出した。


 暗い夜道など、ものともせずに。

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