それはちょっと・・・


 感動の再開が繰り広げられる中、


「クラン君、どうぞ。顔を」


 ヴァンは淡々とした態度でハンカチを濡らし、クランへ差し出す。


 別に、ヴァンとてクランの発見を喜んでいないワケではないし、再会の邪魔をしたいワケでもないが。


「あ、ありがとうござい……ます」


 掠れた声で礼を言い、言われた通りに顔を拭うクラン。その顔は確かに、彼の姉とよく似ていた。


「そして、水です。喉が渇いていることでしょうが、落ち着いて。ゆっくりと飲んでください」


 次いで、水筒を差し出す。


「……はい」

「では、クラン君も見付けたことですし、帰るとしましょうか? とりあえず、森はさっさと出るべきです。急ぎましょう」


 狼共に勘付かれる前に・・・という言葉を飲み込んで、ラルフへ視線を向けるヴァン。


「私がクラン君を。ラルフさんには、そのまま荷物をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「わかりました」

「では、行きましょう」


 少し落ち着いたクランを薄手の毛布にくるみ、荷物のように小脇に抱えて歩き出すヴァン。に、


「それはちょっと・・・」


 ラルフは若干引き気味の顔で苦情を呈する。


「この方が都合がいいのです。背負うと走るのが遅くなりますし、抱き上げると両手が塞がります。片手は使えないと困りますので。衰弱気味の子供を歩かせるワケにも行きませんでしょう?」

「じゃあ、僕がクランを」

「いえ、クラン君を抱えていても、あなたよりは私の方が速く走れると思うので」

「そうですか……」

「ええ。急いで森を抜けたいのです」


 目線で熊のマーキングを示すエメラルド。


「ああ、そうでしたね」


 本当なら、熊や狼の出る夜の森でこんな風にごちゃごちゃと話している場合ではないのだが、ヴァンはそんな焦った様子を見せず、しれっとした態度で歩き出す。


 そして、ヴァンは行きよりも速度を速め、ラルフもそれに続いて歩き続け・・・


「抜けましたか・・・」


 何事も起きず、三人は無事森を抜けることができた。更にそこから歩を進め、少し拓けた道に出たところで、ヴァンは足を止める。


「では、少し休憩にしましょうか」


 ヴァンは少々ぐったりしているクランをそっと降ろし、松明たいまつを地面へ突き刺す。そして、荷物の中から弁当を取り出した。


「あなたのお母様のお手製です。食べられるようでしたら、どうぞ」


 弁当は一人分には多い量だった。


 おそらく人数分を用意したのであろうマイヤー夫人へ、律儀な人だとヴァンは思う。


「ラルフさんも如何です?」

「では、頂きます」


 と、食べ始める二人へ水を配るヴァン。


「ありがとうございます。ええと・・・その、あなたは食べないのですか?」


 弁当へ手を付けようとしないヴァンへラルフが聞く。


「ええ。私は結構です。お気になさらず」


 ハムや鶏肉のサンドウィッチなので、筋金入りのベジタリアンであるヴァンには食べられない。なのでヴァンは、


「クラン君。全て食べると、お母様が喜ばれるかと思われます」


 全て押し付けてしまうことにした。


「あ、はい」

「素直で宜しい」


 余程お腹が空いていたのか、もしゃもしゃとサンドウィッチを食べるクラン。


「クラン君。着替えが必要であれば、荷物の中に入っています。では、私はマイヤーさんを呼びに行きますので、お二人はここで待っていてください」


 ヴァンはそう言って、一人歩き出す。


「はい、わかりました」

「あのっ、灯りは持たなくて大丈夫ですかっ!」


 松明を持たず歩き出したヴァンの背中へ、慌てたように声をかけるラルフ。


「ええ。私は夜目が利くのです。短い距離なので平気ですよ。ご心配無く」


※※※※※※※※※※※※※※※


「・・・というワケで、偶々秘密基地にしていた木のうろにいたところ、熊が現れ、その木にマーキング。その後は、いつ熊が戻って来るかと怯え、降りるに降りられなくなり、丸一日以上が経過してしまった。以上が、クラン君行方不明事件の、私による推察です」

「そう、ですか・・・」


 クランの無事を知り、マイヤーは深い安堵の溜息を吐いた。


「あまり叱らないであげるといいですよ? いつ熊に見付かるかもしれないという心理的極限状態及び、丸一日以上なにも口にしていないせいで軽い衰弱を起こしています。単純に、戻って来たことへの喜びを示してあげる方が宜しいでしょう。後は、落ち着いた頃に叱ってあげてください」

「っ……ありがとうございますっ! 本当にっ、本当に、ありがとうございますっ!」


 と、マイヤーがヴァンの両手を握り、


「本当にっ……なんと感謝していいのやら……」


 何度も頭を下げる。


「いえ、私は自分への疑いを晴らしただけです」


 そんなに感謝されても困る……と、ヴァンは思う。なので、話を逸らすことにした。


「では、マイヤーさん。そろそろクラン君のところへ行きませんか?」

「ああ、はい! ありがとうございます!」


 ヴァンはすっとマイヤーから自分の手を抜き、すたすたと早足で歩く。


 村の境界から少し歩くと、松明の灯りが見えて来た。丁度、ラルフが弁当を片付けている最中。


 マイヤーがクランへ駆け寄り、ひしっ! と強く抱き締める。感動の再会、親子バージョン。


「では、さっさと帰りましょうか。一応森は抜けましたが、食べ物の匂いをさせてしまいましたからね。ここへ長居すべきではありません」


 またしてもヴァンは、水を差す。


 ひしっ! と抱き合っていた親子が硬直し、ぎこちなく離れた。そして、


「そ、そうですね。い、行くぞクラン」


 照れくさそうにクランの手を握るマイヤー。


 ヴァンは、そんな親子をちゃんと家まで送り届けることにする。


 その後自分は、城の近くに戻って一晩を明かそうと考えながら。

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