この偽者めっ!? 本物のマスターをどこへやったっ!?


 翌朝。


 ヴァンは身仕度を整え、溜息を吐く。


 今から、とても寝汚いぎたないフィンを起こさなくてはいけないからだ。


「ああ、めんどくさい」


 寝汚いフィンを起こすのは、骨が折れる。と、とりあえずドアをノックした。

 コンコンと、軽い音が鳴る。いつもこれくらいで起きてくれれば苦労しな……


「あ、ヴァンー?」


 その声が聞こえた瞬間、バッ! と、ヴァンは勢い良くドアを開けた。そして、


「おはよー。今日はボクの方が早かったみたいだねー? ふっふっふっ、このお寝坊さんめっ☆」


 とか、のたまいウインクを寄越す準備万端なフィンの姿を見てしまった。


「…………っ、この偽者めっ!? 本物のマスターをどこへやったっ!?」


 ヴァンは素早くナイフを取り出すと、偽フィン? の首筋へと突き付けた。


 やはり、物語の定番通り――――アホなマスターが最初の犠牲者になったのだろう……と思いながら。


「え? は? ちょっ、ヴァン? なに言ってんの? ボクだってばっ!?」


 両手を上げて本物だと主張するフィン。しかし、


「さあ、本物のマスターをどこへやった? 今ならまだ、許してやるぞ?」


 ヴァンはキツく偽フィン? を、睨み付ける。あのアホマスターとは、まだ主従の契約期間が残っている。拠って、あのアホマスターに勝手に死なれると困るのだ。と、思いながら。


「ちょっ、落ち着いてよヴァンっ!? ああもうっ、バニーちゃんっ!?」


 慌てたフィンがヤケクソ気味に叫ぶと、


「バニーちゃん言うなっ!? ・・・って、あれ?  もしかして、本物でしたか?」


 怒鳴り返したヴァンが少し落ち着きを取り戻したのか、会話ができる状態になった。


「もしかしなくても本物だよ・・・全くもうっ」


 ムッとしたようにヴァンを見上げ、フィンは退りながら呟く。


「それは、すいません」


 しれっと謝るヴァン。しかし、ナイフはフィンへ向けたまま動かさない。


「謝る前にナイフ退けてよねー」


 嫌そうな顔でナイフを見やるフィンへ、


「本当に本物、ですよね?」


 念を押すヴァン。


「そんなに疑うんなら、バニーちゃんの初恋相手の名前言おうか?」


 じと目で問い掛けるフィンに、


「っ!? わかりました。本物ですね? 本物のマスターなんですね?」


 慌ててナイフを退くヴァン。


「ヴァニティア・S・カラレスのSは、サディストのSー」


 フィンしか言わないヴァンの悪口。それを言われたら、これが本物のフィンだと納得するしかない。が、ヴァンはムッとして否定しておく。


「私、サディストではありません。それと、マスター。バニーちゃんとか、頭悪そうな名前で呼ぶのはやめてください。不快です」

「わかったから、早くナイフ仕舞ってよ」


 つ、とナイフの刃を掴むフィン。ナイフは、退いただけで、まだフィンに向いたままだ。


「失礼しました。大変寝汚いマスターが珍しく早起きをしたものですから、思わず疑ってしまいました」


 サッとナイフを仕舞い、頭を下げるヴァン。


「あのねー、ヴァン。ボクだって偶には早起きするのっ!? 全くもう・・・」

「そうですか・・・実のところは?」

「朝ご飯が楽しみでさー♪早く目が覚めちゃったんだよねー♪」


 ああ、本物のマスターだ。寝汚さより、食い意地の方が勝っただけか……と、ヴァンは思った。


「いつもこれくらいすんなり起きて頂ければ、これ程に疑わなくて済んだのですけれどね?」

「あははっ、無理! だってー、いっつも携帯食料ばっかで味気ないしー? ご飯食べる楽しみが無い!」


 笑顔でキッパリと言うフィンに、


「マスター。携帯食料だけでも、あるだけマシでしょうに?」


 呆れ顔で返すヴァン。


「それはそうなんだけどー」


 フィンは口を尖らせる。


「そんなに食べるのが楽しみなら、ご自分で調理でもされたら如何ですか?」


 ヴァンは料理ができない……ということもない。が、肉、魚、卵を一切使わない料理はおよそ限られて来る。つまり、彼女が作る料理は野菜のみ。

 野菜オンリー、ビバ☆ベジタブル!

 フィンには、「もうお前料理作るなー」と言われるくらいには絶不評だ。


 ただ単に、一日三食毎日そこらに生えている野草(別名雑草という)で、サラダを作っていただけなのに……一応、塩コショウやドレッシングで味付けもして、水とパンも添えていたというのに。


 更には、雑草のソテー。雑草のスープ。雑草のリゾット。雑草のパスタなどなど・・・飽きないようにレパートリーもちゃんと増やした。


 こんなに気を遣って(嫌々ながらも)というのに、マスターがなぜ不満に思うのか、ヴァンには本気でわからない。


「それはヤだ。ボク、料理は誰かに作ってもらいたい派なんだよねー」

「料理なんて、食べたい方が食べたい物を、食べたいだけ作ればいいのですよ」

「お前なー、そんなんだからあんな悲惨な料理が出せるんだよー」

「失礼な」

「大体さー、ボクはうさぎじゃないの。毎日毎日、一日三食雑草ばっかり食べさせられてみてよー? あれを悲惨と言わず、なにを悲惨と言う? って気分になるからさー」

「我が儘ですね」

「大体さー、ヴァン。君の理論で言うと、料理屋さんとかレストランとか、全く成り立たないよー?」

「一般家庭は、多くが自炊なのですよ?」

「家庭を持たない寂しい奴だっているってー」

「自炊すれば食費が浮きます。浮いたお金を、結婚資金に当てればいいのですよ」

「・・・よ、世の中、そう正論ばかりが通ると思うなー」

「それもそうですね。現に今、マスターに逆ギレされていますし」

「そうだそうだー」

「・・・もういいです。さっさと行きましょう。朝食が待っていますよ」


 思わず溜息が出るヴァン。


「っ! そうだよねっ!? 早く行かないと、無くなっちゃうもんねっ!?」


 そんなワケはない。仮にもフィンとヴァンの二人は客だ。泊まった客に朝食を出さないなんて、そんなことがある筈が無い。あるとしたら、余程嫌われているか、自分で朝食を断った場合。もしくは、捕らえられた場合だろうか?


 まあ、私達は罪人ではないし、昨日の城主……サファイアの様子からも、嫌われているという感触は無かった。なので、朝食の心配は要らないと思うが――――


 と、ヴァンは能天気に食事の心配をする主を、冷めた目で見下ろした。

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