ボクの朝ご飯が無いだなんて~っ!?


「申し訳ございません」


 二人が朝食の席へ行くと、レガットがいきなり頭を下げて来た。その様子に、


「ま、まさかっ・・・」


 フィンの顔が強張こわばる。


「ええ、誠に申し訳ないのですが……」

「まさかっ、ボクが寝坊したから朝ご飯抜きなんて言わないですよねっ!?」

「はい……」

「そ、そんな~っ!? ボクの朝ご飯が無いだなんて~っ!?」


 潤々と黒瞳に涙を滲ませるフィンに、


「は? い、いえ。そうではなく、ですね……」


 困惑したように視線を彷徨さまよわせるレガット。


「・・・レガットさん。サファイア様がいらっしゃらないようですね」


 フィンがアホなことをのたまって喚いているので、ヴァンは溜息ついでに仕方なく口を開く。私は空気が読めるのだ。と、思いながら。


「え、ええ! そうなのです!」


 レガットはホッとしたように頷いて口を開く。


「サファイア様の具合いがよろしくなくて、フィン様と朝食をご一緒できないのです。サファイア様も、大変申し訳ないと仰っていて……」

「あ、そうなんですか?」

「ええ。折角さっかくのお客様なのに……と」


 恐縮するレガット。


 貴族が、招いた客に一人で食事をさせるなど、客本人が望んでいない限りは失礼に当たる。なにより、主人がもてなさないなど、外聞が悪い。


 しかし、フィンは柔らかく微笑んだ。


「いえ、サファイア様のお体の方が大事に決まっています。ボクらのことなんて気にしなくていいですから、レガットさん。サファイア様には、無理をせず、ごゆっくりなさってください。と、伝えてもらえませんか?」

「ありがとうございます、フィン様」


 深々と頭を下げるレガット。しかし、フィンの内心は・・・『一人頭の朝食の取り分が増えたー♪』に決まっている。と、ヴァンは思っていた。だから、レガットが礼を言う必要もないと思う。


「ところで、ヴァニティア様」


 そして、頭を上げたレガットがヴァンへと向き直った。


「レガットさん。私のことは、ヴァンとお呼びください」


 ヴァンは、少し強めに言った。


 あまり親しくない他人には、正式な名前で呼んでほしくない。あだ名で十分だと思っている。


「わかりました。ヴァン様」


 本当なら、様も要らないのだが、これはヴァンをお客扱いしているということだろうと、妥協する。


「はい、なんでしょうか?」

「昨夜は、あまり夕食を召し上がられていないようでしたが、お口に合いませんでしたか?」


 昨夜はヴァンの食事は、メイドルームへ用意されたのだが、なんと驚いたことに、フィンとサファイアが食べていた晩餐と同じメニューだった。


 使用人にまで同じメニューを出すとは豪勢なことだと驚きはしたが、生憎ヴァンは本格的なベジタリアン。肉や卵などの食材が入った生臭なまぐさ物へは手を付けられなかった。


「申し訳ありません。昨夜は、伝えるのを失念しておりましたが、私は肉、魚、卵などを一切口に致しません。なので、水と卵を使用していないパンだけ頂いたのですが、大変勿体無いことを致しました」


 食べ物を粗末にすることは、いけないことだとヴァンは思っている。例え、自分が食べない物でも。


「それは、事前にヴァン様へ伺っておかなかったこちら側のミスです。大変申し訳ありません。本日からの食事は、ヴァン様の分は別メニューとさせて頂きます」

「そこまでして頂かなくても」

「いいえ。お客様へ不自由な思いをさせるワケには参りません!」


 ヴァンの言葉を遮り、レガットがキッパリ宣言した。客|(フィン)の使用人であるヴァンにもこの扱い。これはもう、彼へなにを言っても無駄だろう。


 本当に、執事というものは・・・と、ヴァンの胸に懐かしさと同時に誇らしさが甦る。


「では、一つだけ。私は少食なのです。それを踏まえた上で、食べ切れない量を出すのはやめて頂きたく思います」

「はい。承知しました」


 そして・・・


「頂きますっ♪」


 と、フィンはサファイアのいない朝食の席で、給仕係が驚く程の朝食を一人で食べ尽くした。


「・・・」


 ヴァンは、その恥ずかしさに小さく溜息を吐く。

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