あぁ……帰したくなんて、ないわ。


「あ~、美味しかったぁ♥️」


 ベッドの上で寝転がり満足そうにぽんぽんとお腹をさするフィン。を、


「……よかったですね。マスター」


 冷めた瞳で見下ろすヴァン。


「ヴァンも食べればよかったのにー」

「いいのです。使用人は、主人とは別で食事をるのがスタンダードなのですから。それに、あんな血生臭い食事は勘弁願います。私の口には合いません」


 不機嫌な様子のヴァンにフィンはきょとんと首を傾げ、思い至った。


「あ、そっか。ヴァンは生臭なまぐさ物が食べられないんだったねー」

「ええ」


 ヴァンは、肉や魚、卵類なども食べられない、本格的なベジタリアンだった。


「じゃあさ、きのことかは? 美味しかったよ」


 ベッドの上からヴァンを見上げるフィン。


「私はパンと水だけで結構です」

「チーズもなかなかでー」

「……本当に貴方は、呑気なものですね。私はいささか疲れたので、下がります。では失礼」

「あ、待ってよヴァンー」


 まだ話をしたそうなフィンを放置して、ヴァンは部屋を繋げるドアからメイドルームへと移動。


 そのまま窓を開けると、生ぬるい風が吹く。


「旅人の生き血をすする吸血鬼の住むお城、ね……? 物語では定番だわ」


 そして、物語だと――――一番最初の犠牲者は、アホな奴だと相場が決まっている。


※※※※※※※※※※※※※※※


 今日はいい日ね。


 吸血鬼の住む城……という噂が広まってからは、初めてのお客様達になる。


 行商人だという彼らは、黒髪黒瞳の少年に金髪碧眼の女性という組み合わせ。


 少年の方はわたくしよりも年下。だというのに、子供にも商売ができるという。実際に、女性の方も彼の方を主人としている。


 不思議な関係。


 年下の可愛らしい少年、フィン。


 彼は、地方では不吉とされる黒髪黒瞳の持ち主だ。偏見や差別もされたことがあるだろうに……それを感じさせない明るさを持っている。


 そして、男装の麗人ヴァニティア。


 蜂蜜色の淡いハニーブロンド、透き通った最高級のエメラルドをそのまま填め込んだような瞳。


 彼女はまるで――――神に愛されたかのような色彩をその身に宿している。


 口数が少なく、高い身長と男装姿とが相まって、凛とした雰囲気の美女。


 わたくしを見ても、動じなかった二人。


 もっと、もっと仲良くなりたいわ。


 彼らなら、仮令たとえ――――


 わたくしが、本物の吸血鬼だとしても…………


 数日間だけなんて、そんなの寂しいわ。


 あの二人には、ずっとこの城にいてほしいと、そう思ってしまうわ。


「あぁ……帰したくなんて、ないわ」

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