主共々のお招き、感謝致します。


「ごきげんよう、お客様。わたくし、この辺り一帯を治めております領主の、サファイア・レインディアと申します。以後お見知りおきを」


 晩餐の席で丁寧な挨拶をしたのは、十七、八程の見目麗しい美少女で、領主というには若過ぎる。


 そして、青白い肌に少し癖のある真っ白な長い髪。なにより特徴的なのは――――


 その名前と一致しない、血のように赤い色をした瞳。


 成る程、吸血鬼と噂されるのも頷ける……と、ヴァンは思った。


「ご丁寧にありがとうございます、サファイア様。まずは泊めて頂けることへお礼を申し上げます。そして、自己紹介を。ボクはフィン。ホーリー・ヒューと呼ばれています」


 子供……フィンがにこりと名乗る。


「フィン・ホーリー・ヒュー? フィンさんとお呼びしても?」

「はい、構いません」

「そちらの方は?」


 サファイアがヴァンへと目を向ける。


 通常、貴族というのは使用人へはあまり目を向けるものではないのだが……と、思いつつも、ヴァンはサファイアへと頭を下げる。


「ヴァニティア・カラレスと申します。主共々のお招き、感謝致します」

「ヴァニティアさんですね?」

「主にはヴァンと呼ばれております。サファイア様も、そうお呼びくださいませ」

「わかりましたわ、ヴァンさん。それにしても、随分とお綺麗ですね?」


 しげしげとヴァンを見詰めるサファイア。その視線は、熱心というには強過ぎて、突き刺さりそうな程に感じるくらい。


「蜂蜜色で真っ直ぐな金髪、透き通ったエメラルドの瞳。本当に、綺麗……」


 ヴァニティア・カラレスの容姿は、十分過ぎる程に鑑賞に耐えられる容姿をしているが、


「はぁぁ……」


 と、切なげな溜息。サファイアの赤い瞳は、熱に浮かされたようにヴァンを見詰める。


 その様子に、ヴァンは若干引いた。が、


「お褒め頂き、ありがとうございます」


 どうにか微笑みを作る。


「ところでヴァンさん」


 続けられた言葉に、まだ私に関心があるのか……と、ヴァンは内心で冷や汗ものだ。


「はい」

「あなた、女性ですわよね?」

「ええ」

「では、なぜ執事の格好をなさっているのでしょうか?」

「それは、主が子供だからです。女子供の二人旅は、どうしても賊に狙われ易くなるのです。パッと見でも私が男に見えれば、襲われる確率が低くなりますからね」


 ヴァンは女性にしては背が高く、スラリとした体型をしている。黙っていれば存外性別が判り難く、誤魔化すのに向いている。


 あとは、ヴァンの個人的な趣味でもある。執事服は、趣味と実益を兼ね備えた、まさに完璧な服装だとヴァンは常々思っている。


「そうですか、お二人で旅を……それは大変ですね。旅の理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「ボクらは流しの商人なんです」

「まあ! そんなにお若いのにっ?」


 サファイアが驚くのも無理はない。


 正確な年齢は判らないが、フィンはサファイアよりも幾つも年下に見える。


「やろうと思えば、子供でも商売はできますよ? 舐められたり、信用され難いなど、それなりのリスクはありますけれど」

「ご苦労も多いようですわね。それで……フィンさん達は、どのような物を売っているのかしら?」

「物ではありませんね」

「物ではない? それでは、なにを売っているのでしょうか?」

「お客様にしか、お教えできません」


 にっこりと、笑顔で答えないフィンに、サファイアはツンと唇を尖らせる。


「あら、買う人にしか教えないだなんて、少しズルくありませんか?」

「それは……そうかもしれませんが、ボクらは、本当にそれを必要としている方としか、取引をしないようにしているんですよ」

「それだけ、大事なものを取り扱っている……ということでしょうか?」

「サファイア様は鋭いですね」

「少し話を聞けば、それくらい誰にでも判ります」


 フィンの誉め言葉に、サファイアはムッとしたように眉を寄せる。


「いいえ。存外判らない方が多いので…………意外と苦労しているのです」

「そうなんですか?」


 会話が途切れたのを見計らって、城の使用人達が食事を運んで来た。


「準備ができたようですわね。では、頂きましょうか」


 テーブルへ並ぶ豪勢な料理の数々。


「はい、ご馳走になります」

「ヴァンさんも席に着けば宜しいのに」


 サファイアが、フィンの後ろへ控えるヴァンを見上げて言う。


「お気遣いありがとうございます、サファイア様。しかし、私は使用人ですので」

「そう、ですか……残念ですわ」


 顔を曇らせるサファイア。


「申し訳ありません」

「いえ、無理を言ったのはわたくしですから。謝らないでください。でも、気が変わったら、いつでも席に着いてくださいね? 二人だけで囲むには、このテーブルは広過ぎますから」


 そう言ってサファイアは、寂しげな表情で広いテーブルを見渡した。


「ありがとうございます、サファイア様」

「じゃあ、冷めないうちに頂きますね?」


 微妙に空気を読んだのか、ただ単に我慢の限界だったのか、フィンが食事を始める。


「ええ。どうぞ。フィンさん、ワインは如何です? この地方のワインはとても美味しいのですよ?」


 サファイアのグラスに注がれたのは、濃い色の赤ワイン。彼女はくるくるとグラスを回して匂いを嗅ぎ、うっとりと目を細める。ワインのフルーティーな香りには、微かに鉄錆びのような匂いが混じり、妙にとろみがあるようにも見え……


「すみません。僕、お酒はちょっと……」

「そうですか。残念ですわ」


 明らかに子供のフィンにサファイアは無理にワインを勧めず、グラスに口を付ける。


 フィンが断ったワインをコクリと飲み干したサファイアは、血が滴る程のレアステーキに取りかかる。


 その様子に、ヴァンは気付く。蒼白だったサファイアの頬が、食事を進めるにつれ、うっすらと赤みが差して行くことに……

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