さっきのこと、ネイトには内緒にしてね?


「なんだとっ!?」


 なぜ激昂するのかが、本気でわからない。僕とネイト子供のことなんて、好きじゃない……いや、むしろ嫌っているクセに。


 誰が見たってこの男が大事にしているのは、そこの、泣けばそれで済むと思っている女。


 それ以外には、大して関心が無いクセに。


「お祖父様達にも内緒で、僕の独断なんですけどね。あなた達の酷い言動を見て、お祖父様とおばあ様の負担を増やしたくないと言ったら、使用人達も喜んで協力してくれましたよ?」


 ネイトが隣国の親族へ預けられることになってから、僕はネイト以外の弟妹は要らないと思った。


 だって、可哀想でしょ? こんなクズ共を親に持つだなんて。


 最初は使用人達も渋っていたんだけど……虚弱な長男出汁だしにして、看病するという名目で貴族夫人の務めを果たさず、りとてその看病の実態は侍女達や医者への丸投げ。だというのに、当主夫妻を責める為のパフォーマンスの道具として使う。


 そのときだけ、長男に構う振りをする。


 更には、おばあ様に似ているという理由だけで次男ネイトを冷遇し、育児放棄。挙げ句の果てには、無自覚の殺人未遂。『この状況を見て、次に生まれて来る子はどうなると思う? どうせまた、面倒を見ないだろうし。お祖父様とおばあ様の負担になることは目に見えてない?』と、執事と侍女長へと訊いたら、すぐに避妊薬を用意してくれた。


 バッと、気まずそうな顔の執事を見やる男。


 まぁ、所詮は子供の浅知恵。子爵邸の采配、使用人の管理をしているおばあ様には全部筒抜けだっただろうけど。おばあ様はなにも言わなかった。けれど、使用人達は動いていた。それがおばあ様の答えだ。


 お祖父様は知っているのかどうなのか……


「お、お前は狂ってるっ!?」


 思わず込み上げて来る笑い。


「ふふっ、あはははっ!」

「なにがおかしいっ!?」

「いやですねぇ。他ならぬあなたが、それを言いますか? あなた達みたいに性根の腐った馬鹿共と長らく暮らしていたこの僕が、まともに育つとでも? あなた達のその、愚かな言動を見て育ったのに? そんな筈、ないじゃないですか」


 僕はネイトと引き離されたけど・・・ネイトは両親この二人と離れたお陰で、僕みたいに歪まず、真っ直ぐな優しい子に育った。


「もし、僕が多少はまともに見えるのだとしたら、それはネイトやお祖父様とおばあ様のお陰ですよ。今でも……後腐れなく処理・・したい気持ちはありますけど。僕はネイトや婚約者、その弟に顔向けできなくなるようなことは、あまりしたくないので」


 ハッキリとは明言しない言葉の含みを理解したのか、みるみる失せて行く顔色。そして、理解できないものを見るような、恐怖に満ちた視線が僕へと向けられる。


 僕からすると、この二人の方が全く理解できないんだけどなぁ?


 まあ、そう怯えなくても・・・ネイトにケイトさん、リヒャルト君が悲しむようなことはしない。なるべくなら、ではあるけど。


「でも……必要に迫られたら、仕方ないですよね?」


 僕が、幼少期に変なこと・・・・を考えても実行しなかったのはひとえに、ネイトがいたからということに尽きる。多分、考えていたこと・・・・・・・を実行していても、お祖父様が揉み消してくれたかもしれないけど。


 僕から可愛い可愛いネイトを何度も引き離して取り上げた、憎い人達。


 それでも踏み留まったのは・・・小さい頃のネイトは、コイツらから冷たくされて、悲しんでいたから。


 こんな人達でも、仮にも血縁。いなくなると、ネイトが悲しむと思ったから。だから、やめた。


 そんな、僕の大切な人達に手を出すなら――――


 あのとき、ネイトを喪うかもしれないと感じた恐怖と、なにもできなかったことに対する自己嫌悪。


 そんなものを味わうくらいなら、僕は、自分の手を汚すこともいとわない。


「では、さようなら。もう二度と会うことは……ああ、いえ。どちらかとは、あと一度だけ・・・・会うことになるかもしれませんねぇ」

「セディー? お母様に会いに来てくれるの?」


 今までの話を理解していないのか、なにも聞いていなかったような、なにかを期待するようなブラウンの瞳が向けられる。まぁ、おそらくは理解していないのだろう。


「埋葬くらいはしてあげますので。どちらかが亡くなったときに、片方が生きていれば顔を合わせることもあるでしょうね。二人一編に二度と死んでくれれば顔を合わさない方が手間は省けるんですけどね? では、失礼します。呉々も、ネイトの視界に入らないように。これからは、お祖父様と僕の手を煩わせるようなことはしないでくださいね?」


 と、使用人達に人員整理の通達をして、ハウウェル子爵邸実家を後にした。


「セディック様」


 見送りにと付いて来た執事が、伺うように口を開く。


「なに?」

「わたくしに、エドガー坊ちゃまのお世話をさせてください。坊ちゃまがああなってしまったのは、わたくし共がお諫めできなかったからです。故に、どうか償わせてください。お願い致します」


 白髪の増えた頭が深く下げられる。


「・・・いいよ。他にも希望者がいるなら、そのままあの二人の世話をすればいい。但し、この家には馬と馬車などの移動手段は置かない。人数分の食料と生活必需品、医者は定期的に手配してあげるけど。あの二人に、外部との接触は一切させないこと。これが条件だ」

「ありがとうございます」


 もう、この家に用は無い。


「宜しいのですか? セディック様」


 複雑そうな表情でライアンが尋ねる。


「まぁ、本人達がいいって言うなら、いいんじゃない? 監視を置く手間が省けるし」


 自分から閉じ籠るのと、他人から閉じ籠められること。自分で外部と接触しないのと、外部からの接触を絶たれることでは、感じ方が全く違う。


 好奇心は猫を殺すという言葉があるけど、退屈は文字通りに人を殺す。外部からの刺激が無いと、人間は衰退して行く。


 やることがなにも無いと、人間は通常よりも早く老いるのだという。そして、若くとも早くける。最終的には――――早く死ぬ、のだそうだ。


 もしかしたら、あの二人はお祖父様とおばあ様よりも早くに死ぬことになるかもしれない。


 まぁ、どうでもいいことだけど。


「それより・・・僕が怖い? ライアン」

「そう、ですね……正直に言えば、少しだけ。ですが、セディック様は高位貴族ですからね。見た目を裏切るその苛烈さとしたたかさも、むしろ頼もしいと言えるのでは?」

「そっか……ああ、言い忘れてたけど。さっきのこと、ネイトには内緒にしてね?」

「はい」

「ふふっ、ライアンはいい子だねぇ」


 馬車と馬を全て侯爵家本邸へ移動させるように手配して、ネイトの待つ馬車へと向かった。


__________


 なんだか、セディーのヤンデレホラー劇場っぽくなりましたが、両親への微ざまぁでした。


 ヤトヒコ的には『微ざまぁ』のつもりですが……どうでしょうかね?


 ちなみに、ヤトヒコ作品の中ではセディーはマイルドな方のヤンデレです。(笑)

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