これで、満足か? セディック。


 相変わらず・・・本当に、なにも変わらない。目障り極まりない。


 でも、ネイトは優しいから。コイツらみたいなクズ共でも、死ぬのはネイトが嫌がるだろうから。


 ネイトがなにも思わないなら、始末してもいいかな? って思っていたんだけどなぁ・・・


 この家に来る前。馬車の中で――――


「これからあの人達に会いに行くんだけど・・・ネイトには、すっごく嫌な思いをさせるかもしれないから。先に謝っておくね? ごめん、ネイト」

「ん~・・・元々あの人達とは良い思い出は無いし。気にしないで」


 と、困ったように苦笑気味で返されて、なんだかすっごく情けなく思った。


「それより、セディー」

「なぁに?」

「変なことは考えていない、よね?」

「変なことって?」


 心配そうな顔に、質問を返す。


「・・・そうだね。言い方を変えようか。わたしは、あの人達になにも望まない。積極的に関わろうとも思わない。ただ、どこかで息をしていればそれでいいよ」

「・・・そう」


 息をしていれば、か。


 なにかを察しているかのような言葉。


「あと、これ読んで」


 と、ネイトに渡されたのは薄くて小さいケース。なんだろうと思って開けると、


「? 手紙? 僕に? 誰から?」


 中にはシンプルな封筒が一通だけ。裏を見ても差出人の名前は無い。


「読めばわかる……らしいよ?」

「?」


が為に、なにを成すのか?


 お前が成そうとしていることは、本当にその者の為を思ってのことか?


 己が感情を優先させてはいまいか?


 それは、お前の弟が真に喜ぶことなのか?


 よくよく考えろ』


 中身は、短い手紙だった。


「これは・・・?」

「キアンからの手紙」

「え? キアン、君? 彼と手紙のやり取りしてたの? いつの間に・・・?」

「ううん。奴は住所不定だし。うちの住所も知らないと思うよ? 去年会ったとき、セディーに手渡せって言われて預かってたの」

「え? ちょっと待ってっ? 去年っ? これ、去年の手紙なのっ!?」

「うん」


 なんで彼から? しかも、このタイミングでっ!? と驚きつつも、なぜだか妙な納得感。


「えっと、ネイトはキアン君に僕のこと話したの?」

「ううん。多分、話したことはないと思う。でも、『お前の兄に渡せ』って。それで、なんて書いてあったの?」

「ネイトは、読んでないの?」

「うん。一応、わたしが読んでも構わないって言われたけど、セディー宛の手紙だし。渡されてから、一度も開けてない」

「そう、なんだ・・・ねえ、あの子、なに・・?」

「ん~・・・よくわからない。やたら直感に優れているんだよねぇ。幼少期から命を狙われ捲ってるからかな? それと、占いが得意。悪いことに対する的中率が凄く高い。いいことは全く当たらないんだけどね? でも、奴の忠告を無視すると、かなりの確率で怪我をしたり、なんやかやと酷い目に遭ったりするし。わたしはあんまり占いとかは信じてないけど、多分キアンは本物・・なんだと思うよ?」

「・・・そう、なんだ」


 僕も、占いなんかはあんまり信じない方だけど・・・


 あの子と交わした意味深な会話。


「確執に、引け目だか負い目だか、罪悪感だかは知らぬが・・・それらを抱くのは自由だ。しかし、それらを理由にして自身を不幸にするのは如何なものだぞ」


「お前の弟は、自身が理不尽な目に遭ったからとそれを嘆き、誰かの不幸を願うような狭量で陰険な男か?」


「数年一緒に過ごしたが、俺にはネイサンがそのような男には見えなかったぞ? あまり、自分の弟を見縊みくびってやるな。お前になにかあれば、あれは悲しむだろう」


 尊大な態度と、どこか見透かすような視線。さも、自分はネイトのことを理解しているというような言葉の数々。


 少し苛付いて、意味もよくわからなかったけど――――なぜか、彼の言葉が腑に落ちたのも事実。


 そして、この内容の手紙を約一年も前に書いていたというのなら・・・単なる偶然かもしれないけど。本物・・、だと言えるのかもしれない。


 なんかこう・・・毒気を抜かれたような気がする。


 ネイトは、自分が理不尽な目に遭ったからと言って、誰かの不幸を願うような子じゃない。キアン君がそう言っていたことは、僕がよくわかっている。


 その僕が・・・自分の自己満足でネイトを悲しませるようなことをしちゃ、駄目だよねぇ。


 というワケで――――


 本当は、とっとと始末してなにもかも終わらせたいと思っていたけど。


 ネイトの為に、我慢することにした。


 下手に市井に下りられるよりは、この家の中で飼い殺しにする。ネイトの目に触れさせない為に。


 そして、案の定な選択。


「……僕とメラリアは、この家で……暮らす。これで、満足か? セディック」


 低い、憎しみの籠るような声と視線。


「いいえ? 僕としては、然程さほど満足とは言えませんが・・・一つ言うとしたら、ネイトと僕の婚約者に感謝することですね。彼らは、仮令たとえ自分達が理不尽な目に遭ったとしても、他人の不幸を願うようなことはしない。眩しいくらいに真っ直ぐだ。あなた達を目障りだと思っている僕と違って、ね」


 憎むというのなら・・・その期間が長いのは、僕の方だろう。ネイトが生まれて、この人達に疎まれて。生後たったの数ヶ月、何度か見ただけでネイトと引き離されて。二歳で無理矢理お祖父様の家から連れ帰って来たと思ったら、あんなに可愛い天使みたいなネイトを冷遇。


 そしてっ・・・花畑に置き去りにした。僕がどれだけこの人達に落胆し、腸が煮え繰り返る程の怒りを覚えて、恨んだことか。


「これはあなた達の自業自得なので、あまり変なこと・・・・は考えないように。ああ、そうだ。ついでだから僕達に弟妹ができなかった理由、教えてあげますね? あなた達を親に持つ子供が増えるのは可哀想だと思ったので、避妊薬を盛らせていました。もう十年以上になるので、多分これからも弟妹ができることはないと思います」

「なんだとっ!?」

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