僕は、必要無いって言ったんですけどね。
久々に足を踏み入れるハウウェル子爵邸。
侯爵本邸よりも、敷地も屋敷も小さい。
クロシェン家で暮らす前の数年と、帰って来てから騎士学校へ入れられるまでの数年しか暮らした覚えがない・・・一応、わたしの実家ではある。
だというのに、懐かしさも、帰って来たという感じもあまりしない。私物も、こっちには小さい頃の物しか置いてないし。
まぁ、家自体に思い入れはないけど、使用人達には可愛がってもらった。というか、随分と面倒を見てもらった。使用人の子供達と遊んだこともある。
そういう意味では、懐かしい顔ぶれを見たと言える。
でも多分、もうここはわたしの家じゃない。
昔より年を経った執事の案内で、応接間へ。
両親が待っていた。
数年……いや、父に至ってはまともに顔を見たのは、十数年振りになるかもしれないな。まぁ、わたしの方を見ないのは相変わらず。
露骨な嫌っているアピールだな。別にいいけど。
こんな顔だっけ? 昔より老けたな、という感想。お祖父様と似てはいるっぽいけど、性格の悪さが顔に出ているように思う。無論、お祖父様の方が渋みと深みのあるイケメンだ。
「それで、なんの用だ? 僕は忙しいんだ」
へぇ、この人の一人称は僕なんだ。こんなことさえ知らなかった。忙しい、ねぇ?
「まあ、エドガー様ったら。
にこにこと不機嫌な父を宥める母。
「ああ、こちらとしても長居をするつもりはないので結構です」
「そんな冷たいこと言わないで? 久々に家族が揃ったのよ? みんなで一緒にお夕食を食べましょう。デザートはなにがいいかしら?」
「……本題に入ります」
話が通じないと思ったのか、母を無視して話を切り出すセディー。
う~ん……この塩対応をされて、よくもまあにこにこしてられるものだ。
「なんだ」
「単刀直入に言います。僕がハウウェル侯爵を継ぐ為には、お祖父様とおばあ様に可愛がられているネイトをこの家に置いておくことができないんですよ。なので、ネイトの除籍を願います」
冷ややかな声で、セディーが言う。
「ふん……いいだろう。除籍届の書類は用意しているんだろうな」
「ええ。勿論です。あとは、あなたのサインとネイトのサインを書くだけですぐにでも提出できます」
と、ライアンさんが父へ書類を差し出す。
「まあ、ネイトを除籍ってそんな・・・」
書類を確認し、躊躇いなくサインをする父。
「ほら、書け」
ネイサン・ハウウェルをハウウェル子爵家からの除籍に同意するという旨のサイン。そう書かれた書類とペンが、ライアンさんからわたしへ差し出される。
「・・・ネイト、書いて?」
申し訳なさそうな顔でサインを促すセディー。
「ごめんなさいね、ネイト。セディーが、あなたがいると安心できないそうなの。セディーと仲のいいあなたならわかってくれるでしょ? セディーが侯爵を継ぐためなのよ? 早く書いてあげてちょうだい」
にこりと微笑む母。ニヤニヤと笑っている父。
申し訳なさそうな顔をしているセディーと、ぐっと唇を噛み締めているライアンさん。
感情を出さないようにと、けれど老齢に差し掛かった執事が僅か顔を顰めているのが見て取れる。
ペンを手に取り、ハウウェル子爵家からの除籍届にサインをする。
「は、はは……ハハハハっ!? これでもうお前は僕の息子じゃないっ!? 貴族でも家族でもない他人になったんだっ!?」
と、いきなり笑い出した父にドン引きだ。
「そうですね。ありがとうございました」
にっこりとセディーが晴れやかに微笑む。
「僕は、必要無いって言ったんですけどね」
「セディー? なにが必要無いの?」
ふぅ、と溜め息混じりの呟きに、きょとんとした問い掛け。
「あなた達に権限なんて無いんだから。ネイトの除籍願いも国に提出すれば済むことで、わざわざあなた達の同意は要らないって、僕は言ったんですけどね? それでもお祖父様とおばあ様は、あなた達に肉親の情というものを期待していたみたいなんですよ」
「え?」
「そんなの、期待するだけ無駄なのに」
「セディー? なにを言ってるの?」
「仮定の話ですよ。もし、あなた達がネイトの除籍に同意しなければ、あなた達の処遇を少しは考えると言っていたんですけどねぇ?」
緩く弧を描き、酷薄な笑みを浮かべる唇。
「処遇だと? どういう意味だ?」
「そのままの意味です。では、続けてこちらの書類にもサインをお願いします。ライアン」
「はい」
と、先程の書類とは別の書類を父へ差し出すライアンさん。
「なんだこれはっ!?」
さっと書類に目を走らせた父が激昂。
「見ての通り、エドガー・ハウウェル。あなたの、ハウウェル侯爵家からの除籍届です。サインを」
「どういうことだセディックっ!!」
「
「侯爵を継ぐのは僕だっ!? それを、今更除籍っ? あり得ないだろっ!!」
「さっきの話を聞いてなかったんですか? ハウウェル侯爵を、お祖父様から継ぐのは僕ですよ。あなたをすっ飛ばして、ね」
「は? なにを言ってるっ!? 父上がそんなこと許す筈が」
「馬鹿ですか。それこそ今更だ。子爵夫人としての務めも果たさず、子供の育児放棄をして、社交どころか醜聞を提供する女を野放し。本家当主夫妻へと迷惑を掛けて、尻拭いをさせる。あまつさえその状況を楽しむような性根の腐った男が、侯爵になれるとでも? 侯爵位というのは、それ程甘くないんですよ。あなたが継いだら、没落するのが目に見えている」
「お、お前みたいな若造に侯爵が務まる筈」
「あなたより、僕の方がずっとマシですよ。
「う、煩いっ!? 僕とあの女を比べるなっ!? それに、女なんかが当主になれるワケないだろっ!!」
「なれますよ。我が国は、女性にも爵位の継承権が認められていますからね。貴族として知らない筈ないでしょう。まあ、もし本当に知らないのであれば、無能を露呈していますが」
爵位を継ぐ女性は珍しくはあるけど、全くいないワケでもない。数十年に一人くらいは出ている。常識だ。
「せ、正当な嫡男は僕だっ!!」
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