全く・・・相変わらずの世話焼きだな?



「おい、お前なに笑ってる?」

「いや、他人だれかに心配されるのは、久々だと思ってな。その麗しきかんばせに思わせ振りに見詰められると、心の鼓動が高鳴るではないか」


 ニヤリと艶っぽく笑う琥珀の瞳を、


「いや、そういうおふざけもマジ要らん。やめろ。不快だ」


 表情を消して見やる。


「ハウウェル先輩のあのおっかない無表情を意に介さないのって、キアン先輩くらいですよね~」

「当然だ。潜って来た修羅場が違うからな!」


 ふふんと胸を張るキアン。


「・・・ふむ。どうやら、嘘ではなさそうだ」


 と、キアンを観察していた低い声が断定する。


「え? こんな間抜けな理由が? マジで?」

「フハハハハハ、だからあまり言いたくなかったのだ!」

「なにその高笑い。威張って言うこと?」

「ふっ、間抜け過ぎて笑うしかなかろう!」

「とりあえず、キアン先輩に大事がなくてよかったです~」


 はぁ~と安心したような深い溜め息。


「それに、な。一応、食ったキノコは以前にも別の場所で食ったものだと思うのだが、そのときには毒は無かった筈なのだ」

「それは単に、見分けの失敗なんじゃないの?」

「その可能性も否めんがな!」

「いや、そうでもないかもしれん。キノコは、同じ種類のものでも、土壌によって毒を持つものもあるからな。ある日突然、それまで毒を持たなかったキノコが毒を持ち、それを知らずに食べてしまい、どこぞの部隊が全滅した……という話もある」

「ほう、キノコとはそんなに愉快な性質を持つ食い物だったか!」

「うむ。毒の可能性が低くて無難なのは、人の栽培したキノコだな」

「それは、流浪の身としては難しいところだ」

「一応、留意しておくといい」

「やはり、生食がいけなかったのだろうか?」

「もうっ、知ってるキノコ以外は絶対に口に入れないっていうのは、野営の鉄則ですよっ! それに、生食なら余計に気を付けないと駄目じゃないですかっ! せめて火を通してくださいよっ!」

「幾ら鉄則であろうとも、餓えには勝てんさ」


 確かに。お腹が空いて、尚且なおかつ手持ちの食料が無ければ、知ってるキノコに手を出すのは当然かもしれない。当たったのは、運が悪いけど……


 行き倒れているところを、フィールズ家の使用人に拾われたというのは、さすがの悪運の強さか。


「それに、追われている身で悠長に調理などできるか。食えると思ったから食ったのだ」


 キアンの言う通り。雨天の野外で調理をするのは、雨宿りできる場所を探したり、火をおこしたりと、かなりの時間と手間が掛かる。そしてなにより、火をくと煙が出る。


 追われている身で長時間一所に留まり、自身の居場所を報せるような真似はできないだろう。


「そ、そんなにお腹空いてたんですね……ごはん、いっぱい食べてくださいね!」

「感謝するぞ、小動物よ」

「はぁ・・・」

「どうした? 麗しきかんばせが曇っているぞ? その美貌に憂いは似合わん」

「君さ、それいい加減やめなよ」

「ん? それ、とはどれのことだ?」


 ニヤリと人の悪い笑み。この野郎……


「とりあえず、襲撃やらなにやらは来ないってこと前提でいいんだよね?」

「ああ。連中も、異国の権力者のお膝元で無茶をしようとはすまい」

「それにしても・・・君を即位させる、ねぇ? 大丈夫なの? その連中の頭とか」


 キアンは、その置かれた特殊な環境と生い立ちのせいか、どこか生死について達観しているところがある。『自分が死んでも誰も悲しまない』、と。そうやって自分の命を軽く見る者が、為政者に向いているとは思えない。そもそも、為政者としての教育どころか、王族としての教育すらも受けてはいなさそうだ。


 それになにより、コイツは明確な変人だ。


 幾ら占いが得意で、その的中率が割合高めだとは言え、厄介な連中に追われている最中さなか、その道行きを単なる棒倒しだけで決めるなど、わたしからすると正気の沙汰ではない。


 普通の人にはよくわからない独特の基準で動く、なんとも酔狂な奴だ。


「相変わらず、麗しいかおで毒を吐く」

「顔は関係無いでしょ」

「まぁ、あれだ。亡き母上が相当に優秀で、そのせいで俺への期待値がやたら高いか、傀儡かいらいの王を欲する者がいるのか、今の王冠を頂く者が余程の愚物か……いずれにしろ、俺の知ったことではないがな」


 ふん、と冷ややかな顔が嫌そうに鼻を鳴らす。


「そう。それじゃあ、君はもう寝なよ。体調悪いんでしょ? この部屋に泊まってあげるから、お休み」


 と、話を打ち切る。


「ほう、共寝でもしてくれるのか? 麗しき同志よ」

「はいはい、頭沸いてる奴はさっさと寝る。眠れないなら、鳩尾みぞおちか顎に一発食らわせるけど? それとも締め落とされたい? 勿論、やるのはわたしじゃなくてレザンだけど」

「ふむ……いいだろう」

「小動物と同志はかく、さすがに屈強なる剣士相手では分が悪いな」


 キアンは幼少期より、幾度も刺客に狙われ、それを退け続けて生き残っている。騎士学校ではそれなりに手を抜いていたが、それでも五指に入る実力の持ち主。わたしとエリオットでは相手にならない。


 命を懸けない正面切っての戦いであれば、分が上がるのはレザンの方。しかし、これもまた、正々堂々の戦いでなければ勝つのはおそらくキアンの方。


 まぁ、今のキアンは弱っているから、案外あっさりとレザンに制圧されるかもしれないけど……多分、怪しい薬物やらなにやらを使用されなければ、ね。


「暴力はあんまりよくないと思いますけど……」

「どうせ君、ず~っと浅くしか寝てないんでしょ。それじゃあ治るものも治らないよ。君の代わりに警戒してあげるから、爆睡して来れば?」

「全く・・・相変わらずの世話焼きだな? 麗しき同志は」


 やれやれと呆れたような、けれど嬉しさの滲み出るような柔らかい笑みが零れる。


「だって君、よく拾い食いとかするし。今回もそれでしょ? アホの子過ぎて見てらんないんだよね」


 なんかこう、キアンのことが……なんでも口に入れる幼児に見えて、心配になってしまうことがある。それにキアン本人も……無自覚かもしれないけど、どこか心配されたがっている節がある。


「ククッ……そうか。では、ありがたく寝るとしよう」


 そう言ってキアンは、ベッドルームへ入って行った。


「で、順番はどうする?」

「俺からで構わんぞ」

「じゃあ、その次がわたし」

「えっと、それじゃあ僕は、朝うんと早く起きますねっ」

「はい、決まり。じゃ、わたし寝るから」


 体調の悪い、子供みたいなどこぞのアホ元殿下の為、交代で寝ずの番をすることになった。


 多分、必要ないとは思うけど・・・


 ソファーで一旦仮眠して、夜中の一時頃に起きてレザンと交代。


 部屋に置いてあった本を読みながら時間を潰し……


 朝の四時にエリオットが起きて、交代。


 まだ夜明け前だし、少し寝よう。


✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰

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