キアン先輩、少しお話いいですか?



 それから急いで部屋を決めてから荷物を運んでもらって、荷解きをする前に夕食だと呼ばれた。


 食堂へ向かうと、にこにこと上機嫌に食事を待つキアンとエリオットがいた。


「小動物は相変わらずめごいな。少しは伸びたようだが、ちゃんと飯は食っているか?」

「えへへ、わかります? ごはんはちゃんと食べてますよっ♪」


 可愛いと言われて照れているのか、それとも背が伸びたと言われて照れているのか……と思っていると、キアンと目が合った。


「そうか。おお、来たか麗しき同志よ」

「あのさ、それ、いい加減やめない?」

「ん? なにがだ?」


 首を傾げるキアンに『麗しき』って言うの。と口にする前に、


「よう、今日の夕飯なにー? って、なんか色黒イケメンなにーちゃんがいるっ!?」


 やって来たのはテッド。


「ふっ、イケメンとは言ってくれる」

「もしかしてさっきの変なにーちゃんっ?」

「そう、さっきお前が踏んだ変なにーちゃんことキアンだ!」

「……自分で変なにーちゃんと名乗るとは……やはり、ハウウェルとレザンの友人だけあって、かなりの変わり者だな」


 呆れともなんとも言えない顔でぼそりと呟くリール。しかも、なんか変な納得をしているし。


「レザンとはまた違ったタイプのイケメンですね! レザンが強面系なら、優美とワイルド系の間っつー感じ? なんかめっちゃモテそう!」


 まぁ、さっきは暗い廊下で、しかも浅黒い肌とも相まってキアンの顔が見え難かったのだろうけど……キアンは王族だし。世の王族に美形が多いという例に洩れず、整った顔立ちをしている。浅黒い肌にすらりと引き締まったしなやかな身体付き。後ろで括った長い黒髪に琥珀の瞳。


 顔立ち自体は優美と言える。しかし、飄々として悠然とした態度を取りつつも、どこか鋭さを醸し出す雰囲気が野性味を感じさせるのだと思う。


 まぁ、ある意味ガチでサバイバルな育ち・・をしているせいか、マジで野性的ではあるけど。


 ムキムキで威圧的なレザンよりは、女性に受けはいいだろう。多分、顔と身体だけなら。中身は変人だからアレだけど……


「ほう、屈強なる剣士との比較か。面白い」

「うん? 呼んだか?」

「おう、来たか。剣士よ」

「はいはいっ、質問!」

「ん? なんだ?」

「なんでレザンを屈強なる剣士って呼ぶんですかっ?」

「見たままだが?」

「……そのまま、ではあるが……?」

「ああ、名前を呼ばないのはキアンの癖……というか、お国柄みたいなものだから。ちなみに、そっちの騒がしいのがテッド・メルン。で、あっちの眼鏡がリール・グレイね?」


 まだ名前を紹介していなかった。キアンが二人を呼ぶとは思えないけど、一応は紹介しておく。


「ほう、そうか。では、お前らの家業はなんだ?」

「なんで家業? 一応、俺ん家は服飾系の店やってるけど」

「……うちは没落貴族」

「そうか、では仕立て屋と……眼鏡にでもしておくか」

「仕立て屋?」

「……眼鏡? まぁ、掛けてはいるが」

「お国柄ってのは?」

「ああ、我が国ではそこそこいい家柄の者の名が、やたら長くてな。まずは身分や役職によって名乗る名があり、次いで氏族名とファミリーネーム。それから、ファーストネーム。先祖からもらったミドルネームと続く。これらを一々呼んでいると長くて敵わん。だから、見た目や特技、特徴からのあだ名や、自称での通り名などで呼ぶ習わしがあるのだ」

「へ~」


 そんなことを話しながらわちゃわちゃと夕食。


 ちなみにテッドは、なにか質問をする度、キアンに食べ物を奪われていた。


 レザンとキアンの食べっ振りに、忙しく回る給仕。二人共、かなりよく食べるんだよねぇ。


 そして、夕食が終わって――――


 とある部屋の前で、


「やはり、気になるか。ハウウェル」

「そりゃあね」

「あ、レザン先輩にハウウェル先輩。やっぱり、お話し聞かなきゃですよね?」


 と、レザンとエリオットとかち合った。


「キアン先輩、少しお話いいですか?」


 コンコンとエリオットがドアをノック。


「いいぞ、入れ」


 キアンの許可で部屋へ入る。


「小動物に屈強なる剣士と麗しき同志まで、俺との旧交を温めにでも来たのか?」


 寛いだ姿勢で床に座り、ニヤリと人の悪い笑みが見上げる。これはきっと、わかっていて聞いているのだろう。


「単刀直入に訊こう。ナーガルージュナ」

「ああ、キアンでいい。それは騎士学校入学の際に、便宜上付けた名に過ぎんからな。その名の持ち主は、もういない。今の俺はさっきも言ったように、ただのキアンだ。殿下も要らん」


 見下ろす三白眼の威圧を悠然と受ける琥珀。


「ではキアン。なぜここへ?」

「ふむ・・・偶然、だと言った筈だが? お前らも知っての通り、俺は悪運が強い。棒倒しで選んで来た道が、小動物ゆかりの地であった。それだけだ」

「・・・その言い方だと、どこぞからの追手から逃げ込んだ場所が、偶々フィールズ家縁の地だった、って風にも聞こえるんだけど?」

「概ねその認識で間違ってはいないな」

「やっぱり厄介事じゃないか」

「一応、追手の方はもう全て振り切った筈だ」

「なにを根拠に? しかも君、具合悪いんだよね?」

「そうだな・・・追手が、小動物の祖父殿と揉めることを厭ったから、では答えにならんか?」

「僕のお祖父様と事を構えたくないというのは理解しました。でも、キアン先輩の体調が悪いというのは、どういうことでしょうか? それに、キアン先輩の言い分だと・・・この地域を離れたら、また追手が掛かるという風にも聞こえますよっ」


 心配そうな顔がキアンを見詰める。 


「小動物よ、そう案ずるな」

「偶然とは言え、わたし達を巻き込んだんだから、ちゃんと説明してよね」

「巻き込んだというか・・・今回の追手は暗殺目的ではない。どちらかと言うと穏健派だ。俺を捕らえて即位をさせようと狙う一派らしい。が、その連中はこの雨のお陰で、ちゃんとこちらへ入る前に撒いたのだ。しかし・・・」


 と、キアンの顔がしかめられる。


「しかし、なに? 他にもまずいことが起こったワケ?」


 なにか、深刻な事態が……?


「ああ。連中を撒く為に、一週間程食料補給ができていなくてな。その辺りに生えているキノコを食べたら、見事当たってしまったのだ。毒には慣れているから一応動けるが、ここ数日はそこそこ体調が悪い!」

「はあっ!? なにその間抜けな理由はっ!? 人が心配したって言うのに!」

「ふっ……」

「おい、お前なに笑ってる?」



__________



 キアンはインド系なイメージをしていますが、なかなかの変な人ですね。(笑)


 生い立ちはかなりハードなのに、悲愴感がないのが彼の持ち味です。

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