噂をすれば影が差す、というやつだな。


「え? なにこの面白そうなにーちゃん! お前らの知り合いっ!?」

「ふっ、単なる知り合いではない。そこの麗しき同志と屈強なる剣士、そしてめごい小動物とは、切磋琢磨し合った学友という間柄だ!」

「……もしや、例の王族ではないのか?」


 そう。この、なんとも言えないテンションやらなにやらが色々とおかしい奴は、騎士学校時代の同級生。残念な『物乞い殿下プリンス』こと、異国の王族。キアン・ナーガルージュナだ。


「ん? なんだ、俺のことを知っているのか? 確か、そこのお前とお前は初対面だったと思うが?」

「ああ、ちょっと前にキアン先輩の話をしたんですよっ」

「成る程。噂をすれば影が差す、というやつだな。俺はキアン。ただのキアンだ。物乞いでも、異国人でも、へぼ占い師でも、面白いにーちゃんでも、好きなように呼ぶがいい」

「ホント、相変わらずマイペースだね? 君は。で、いつまでそうやって座ってるつもり?」


 と、床へ座ったままのキアンへ手を差し出す。


「腹が減ってへたり込んでいたところ、そこな見知らぬ男に踏まれたのだ。今日は暗いからな。俺が見え難かったのだろう。麗しき同志よ。お前こそ、相変わらず……いや、益々そのかんばせの美貌に磨きが掛かっているのではないか?」

「男に顔言うな」


 立ち上がりながらすっと顔を近付けるキアンに文句を言い、ふらりとよろける様子に違和感を覚える。


 「・・・ もしかして君、 具合悪い?」


 暗いのとキアンの肌が元々褐色なのとでかなり判り難いけど、顔色が悪いのかもしれない。わたしの気のせいでなければ、だけど。


 「言っただろ?  空腹なのだと」


 小声での問いに、苦笑が返された。


 「・・・厄介事?」

 「もう済んだ」

 「そう」


 きっと、ガチの厄介事があったのだろう。もう済んだ、と言うキアンの言葉をどの程度信じればいいのやら? まぁ、ここはフィールズ公爵家の手が入っているであろう地域だ。滅多なことは無いと思うけど・・・


「な、な、ハウウェルはなんで同志? あと、めごいってなに?」

「ふっ、聞きたいか? よかろう、なれば対価として食料を寄越せ!」

「キアン先輩は相変わらずぶれませんね~」

「食料は生きる糧だからな!」


 見上げるエリオットに、ふふんと胸を張るキアン。


「あ~、ちょっと待って。なんかあったっけか?」


 言いながら、ごそごそとポケットをあさぐるテッド。


「お、あったあった。クッキーでいいです?」

「よし。取り引き成立。麗しき同志については、あれだ。出てるだろう? 思いっ切り女難の相が」


 さっとクッキーを口に入れ、もごもごとわたしを指す褐色の手。


 『女難』と言われて、まず思い浮かぶのはあの人の顔。キアンは、既に亡き……現王よりも賢いと評判だった王妹を母に持つ。それで生まれる前から命を狙われ捲っているのだから、彼の方もある意味、『女難』だと言えなくはないのかもしれない。


「へ? あ~、女難なー」


 ニヤニヤと笑う顔が、なんかムカつくな。


「女難と、他にも地図読みの同志だな。めごいというのは・・・あ~、もっと崩した言葉ではなんだったか」


 言葉を探すように首を捻ったキアンに、


「……『愛い』は愛らしいや可愛らしい、という意味の古語だ」


 ぼそりとした答え。


「そう、それだ!」

「なんで古語?」


 質問と同時に差し出された手に、今度は飴玉が乗せられる。この調子で、ガンガン食べ物が奪われて行くことだろう。


 なんでも、他人が自分で食べる用に持っている食べ物は毒物が仕込まれていることが少なく、比較的・・・安全だということを、経験上知っているのだとか。


 色々と人生経験が違う。


「ああ、それは教科書が古かったとしか言えんな。この国の言葉は我が国とは異なっている故、教材に使われている言葉自体が古かったのだ。一応、俺の面倒を見てくれたばあやがこの国の言葉を話せたが、使用したのがばあやよりも上の世代の教科書でな。優に百年程は前のものだったらしい」

「……道理で、なんとなく言葉が堅いワケだな」

「つか、言葉上手いですね? めっちゃ勉強したんですか?」

「勉強というよりは、異国の言葉を複数使い分けている方が面倒が少なかったまでのこと。文法が滅茶苦茶でいいのなら、六ヶ国程の言葉を知っている」

「うおーっ! めっちゃハイスペック!」


 なんて廊下で話していると、


「エリオット坊ちゃま、まだご案内していなかったのですか? ……キアン、あなたはこんなところでまたふらふらして」


 フィールズ家の使用人が現れてキアンを咎めるように見やる。


「あ、キアン先輩を咎めないであげて」

「キアン先輩、ですか? エリオット坊ちゃま」

「うん。僕の騎士学校時代の先輩で……」


 チラッとキアンへ伺うような視線を向けるエリオット。キアンは、ニヤリと笑って首を振る。多分、王族であることを口にしていいかという目配せなのだろう。そしてキアンは、否とした。


 フィールズ公爵家の方の使用人には、キアンが何者かは知られてそうだけど、フィールズ伯爵家の方の使用人は、まだ知らないのかな?


「僕によくしてくれた人だから、失礼の無いようにしてね?」

「それは、失礼しました。エリオット坊ちゃまがお世話になった方とは知らず、申し訳ありませんでした。これよりは、お客様として扱わせて頂きます」

「気にしていない。というより、金子きんすは入用だからな。客としての扱いは半分でいい。代わりに、なにかさせてもらえるとありがたい」


 客として扱いを半分で、これまで通りに雇ってほしいというキアンの言葉に思案する様子の使用人。扱いに困るお客様だと思っていそうだ。


「部屋を手配して参ります」


 と、返事は保留にして行ってしまった。


「キアン先輩、働くんですか?」

「・・・雇い主の息子であれば、坊ちゃんと呼んだ方がいいだろうか?」

「えっと、その、普段通りでいいですよ?」


 まぁ、そりゃあ王族(自称かろうじて、だけど)に坊ちゃんなんて呼ばれたくはないだろう。


「そうか、では小動物」

「はいっ」

「小動物なのは変わんねーのな」

「俺はなにをすればいいんだ?」

「ふぇ? え~っと・・・とりあえず、ごはん食べません?」

「よし、では食事だ!」


 と、夕食を食べることになった。

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