どんだけねーちゃんがコワいんだよ。


「な、な、ハウウェル。もしかしてアホの子?」

「まぁ、見ての通りだね。ありがと」


 声を潜めて聞くテッドの手を取って立ち上がる。ああ、背中と脇腹が痛い。


「その、背中と脇腹が痛いとのことですが……大丈夫でしょうか? ネイサン様。それにそちらの方も、どこか痛いところはありませんか?」

「っ!! お、女の子がいる~~~っ!?」


 ケイトさんが言った途端、ビクッ! として、レザンの背中に隠れるエリオット。ケイトさんはさっきからいたんですけどね?


「ハウウェル先輩、レザン先輩っ、ここ、このがっこう、女の子がいっぱいいるんですっ!? 助けてくださいっ!?」

「は? ここ共学だぞ? 女の子いて当然だろ、なに言ってんのコイツ?」

「……まあ、ちょっと気持ちはわかるが……」


 エリオットの言葉に、アホを見る視線になるテッド。わかると呟いたリールは……まぁ、女の子が苦手だったな。


 でも、エリオットはリールよりも深刻のようだ。


「女の子こわい、女の子こわい……」


 がたがたと震えながらレザンの後ろでぶつぶつ呟くアルトの声。


「まぁ、落ち着けフィールズ」


 ぽんぽんと、あやすように震える背中を撫でるレザンの手。


「レザンぜんばい~っ」

「えっと、わたしは席を外した方が宜しいでしょうか? 怪我も心配ですし、ご挨拶もしようと思ったのですが……この様子だと、無理そうですよね?」


 情けないエリオットの姿を、困ったように見詰めるケイトさん。


「ああ、いえ。あれは放っておいて大丈夫です」


 まぁ、挨拶は一応しといた方がいいとは思うけど・・・どうせコイツは一頻ひとしきり泣いたら、またきゃんきゃん喚き始める。


「え? ネイサン様?」

「つか、え~と、フィールズだっけ? 部長にめっちゃ失礼じゃね?」

「ああ、フィールズは女性が苦手だからな。なんでも、年の離れた三人の姉君におもちゃにされて育ったのが原因だと聞いたぞ」

「ぁ~、ねーちゃん達のおもちゃかー。ドンマイ」

「……同情する」


 なんて話していると、そろそろ馬場を閉めるから出なさいと顧問に促された。そう言えば、十八時はとっくに過ぎている。


「では、出ましょうか」


 と、馬を厩舎へ連れて行って馬場を出た。


「今日はお疲れ様でした。ゆっくり身体を休めてくださいね」

「はい」


 返事をすると、ケイトさんは心配そうな顔でレザンに引っ付いたままのエリオットを見ている。


「フィールズ様はミラベル様の弟君だと思うので、ご挨拶をしたかったのですが……」

「っ!? み、ミラ姉様のお知り合いですかっ!?」


 姉君の名前に反応したのか、パッと顔を上げるエリオット。


「え? ええ、はい。ミラベル様がご在学の頃には、よくして頂いたので」

「ご、ごめんなさいっ! 失礼な態度をとってしまいました! ミラベル・フィールズの弟のエリオット・フィールズです! 謝罪致しますので、ど、どうかっ、ミラ姉様には言わないでくださいっ!!」


 「どんだけ ねーちゃんが コワい んだよ」


 小さく呟くテッド。


「ええ、わかりました。わたしはケイト・セルビアです。宜しくお願いします。フィールズ様」


 ケイトさんが頷くと、


「ケイト・セルビア様……って、ハウウェル先輩のお兄様の、セディック様の婚約者様ですかっ!?」


 驚いたようなアルトの声。


「はい」

「知ってたの? エリオット」

「もちろんです! セディック様は、ハウウェル侯爵家の跡取りと目されている方ですからね! 僕がハウウェル先輩方にお世話になったということもあって、お祖父様がお祝いを贈っていました」

「ああ、そう言えば君って、フィールズ公爵のお孫さんだったっけ」

「はいっ!」

「え?」

「……公爵令孫?」

「うむ。フィールズは、フィールズ伯爵令息でもあるがな」

「マジでっ!?」

「マジだねぇ。しかも、嫡男だったりするし」

「え? 伯爵令息がなんでそんなもんで顔隠してんの? めっちゃ怪しいんだけど?」

「え? 怪しいですか? この格好してると、誰も僕に話し掛けて来ないんですよ? 女の子が避けて行くんです! すごいでしょ!」


 ふふんと得意げに胸を張るエリオット。女の子避けということで、ストールで顔をぐるぐる巻きなのか。女の子というか、普通の生徒もエリオットを避けていると思うけど。


「すごいっつーか……なぁ? ハウウェル」

「まぁ、ねぇ……」

「? どうかしたんですか?」

「どうっていうか、あれだね。人に挨拶するときには、ちゃんと顔見せろ? 失礼だ」

「ええっ!! こ、ここには、お、女の子がっ……ミラ姉様のお友達がいるんですよっ!!」


 イヤイヤと、ストールの巻かれた頭を振って拒否を示すエリオット。


「? ケイトさんが君の姉君のご友人だとして、なにか問題が?」

「えっと、ネイサン様。フィールズ様が嫌がるのでしたら、無理はしなくてもいいですよ?」

「っ!! け、ケイト様は、僕の嫌がることはしないんですかっ!?」

「? ええ」

「本当の本当にっ!? 遊びましょうって言って、僕の服を無理矢理脱がしてコルセットやドレスを着せたり、僕を縛り付けてお化粧を塗りたくったり、痛がっているのにぐいぐい髪の毛を引っ張って結い上げたり、ダンスの練習だとハイヒールを履かせて女性パートを踊らせたり、おままごとで妹や赤ちゃん役ばっかりさせたり、ペット役だからって首輪を着けたりしませんかっ!?」

「ええ、はい。勿論です。ままごとをするような年でもありませんので、そんなことは絶対にしないとお約束します。フィールズ様」


 にこりと優しく、エリオットを刺激しないように応えるケイトさん。


「ケイト様はとっても優しいんですね!」

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