ハウウェルぜんばいっ、あいたかったでず~~~~っ!?


「これで、一応勝負は付いたという形になると思うのですが、ネイサン様はどうしますか?」

「そうですねぇ・・・」


 勝負は先輩が体調不良で途中棄権。レースは最後まで走らず、わたしの勝ち。ということになるみたいだけど、耐久レースの時間は、あと一時間半程(十時間とは言ったものの、馬場の使用時間の関係でレースの時間は休憩時間を除くと九時間半になった)残っている。


「まだ時間が余っているので、どうせなら最後まで走り切ろうと思います。後で、わたしが最後まで走っていないから勝負は無効だ、と言われてもなんなので」


 さすがに、そういうこと文句を付けるような人はなかなかいないとは思うけど。またケイトさんに因縁を付けるような人が出ないとも限らないし。


 ケイトさんに因縁を付けると、ネイサン・ハウウェルわたしが相手になりますよ? ということを周知させるのに、いい機会でもあるだろう。


 それに、一度こういう実績を作っておくと、次にまた因縁を付けられたら、こんな風に勝負をすると取り決めがし易いだろうし。


「そうですか」

「あ、ケイトさんは先に上がって頂いても結構ですよ? 長時間外にいてお疲れでしょう? これはわたしの自己満足のようなものなので」

「お気遣いありがとうございます。でも、どうせならわたしも最後までお付き合いします。最後まで、見届けさせてください」

「・・・では、疲れたと思ったら、無理しないで上がってくださいね?」

「はい」


 と、予定通り十五分の休憩後、わたしは一人でレースを再開することにした。


 スタート位置に着く。


 先輩が運ばれて行ったことで勝負は付いたようなものなので、ギャラリーは減った。でも一部、わたしが走り出したことで見学を続けている生徒も見える。


 さて、先輩もいなくなったし、馬も走りたがっていることだし・・・


 いつもは乗馬クラブの部員が銘々、思い思いに馬を走らせているトラックには誰もいない。これはもう、久々に……思いっ切り走ってみますか。


「ハッ!」


 と、馬の腹を蹴って走らせる。


 いやぁ、実は一度、思う存分ここのトラックで走ってみたいと思っていたんだよね。前にレザンが人がいるときに爆走させてたけど、あれはさすがに真似できない。誰かに接触でもして、まかり間違って怪我でもさせたらと思うと怖くてできない。


 偶に爆走するとは言っても、やっぱり人がいるとある程度気を遣うから、こんな風に人のいない場所で走れるチャンスなんて滅多に無い。


 どうせわたしの勝ちは決まっているし、体力もペース配分も考えなくていい。と、何周回ったかを数えながら楽しく一時間半を走り切って、馬を降りると・・・


「お疲れ様です、ネイサン様」

「頑張ったな、ハウウェル」

「なにしてんのハウウェル?」

「……最後、走る意味あったのか?」


 と、ケイトさん、レザン、テッド、リールに出迎えられた。


 リール、来てたんだ。


「……ああ、ちゃんと、最後まで走らなかったから……無効、だって。後で……因縁、付けられても……嫌だから。最後まで、走り切ろうと、思って」


 さすがに、疲れた。息も切れている。


「や、その言い分はわからなくもないけど! なんだあの最後の走り! 八時間走った後で最後あんな走りするとか、お前どんな体力してんだよっ!?」

「がんばってみた」

「や、がんばったのはわかってっけどな!」

「?」


 テッドがなにを言いたいのかわからなくて首を傾げると、


「ネイサン様、タオルをどうぞ」


 ケイトさんからタオルが差し出されたので受け取って、


「ありがとうございます」


 汗を拭う。ストレッチしないと明日が大変だなぁ、なんて考えていると・・・


「ハウウェルぜんばいっ、あいたかったでず~~~~っ!?」


 アルトの声が響いて、ドン! と脇腹になにかがぶつかって来た。


「ぐっ、がっ!?」


 長時間の乗馬の疲れからか、踏ん張ることができず、べしゃっと地面に倒れ込む。頭突きの入った脇腹と、ぶつけた背中が痛い。そして、上に乗っている奴が重い。


「人にっ、いきなりタックルすんなって何度も言ってんだろうがっ、このボケがっ!?」


 イラッとして怒鳴り、わたしにしがみ付いている奴を蹴飛ばして退かす。


「かはっ!?」


 息の詰まる音が聞こえたけど、気にしない。痛む背中をさすりつつ、身を起こす。


「は、ハウウェルが襲って来た奴怒鳴って蹴っ飛ばしたっ!? つか、なにそれ?」

「?」


 それ、と言われて蹴飛ばした奴の方を見ると、ストールで顔をぐるぐる巻きにした男子(多分)が地面に倒れていた。イラッとして思わず蹴飛ばしたけど、なんだかすっごく怪しい奴だ。


「えっと、ハウウェル先輩、とネイサン様を呼んでいましたが、お知り合いでしょうか?」

「名前、呼ばれてました? 脇腹に頭突きされて、背中もぶつけて痛かったのでちょっと……」


 あと、なんて怒鳴ったっけ?


「ふむ・・・もしかして、フィールズだろうか?」

「ふぇ? その声は、レザン先輩ですかっ!?」


 と、ストールで顔をぐるぐる巻きにした奴がパッと立ち上がる。


「そうですっ、僕です! エリオット・フィールズです! エルです! 会いたかったですっ!! ハウウェル先輩っ、レザン先輩っ!!」

「……もしかしなくても、騎士学校時代の後輩か?」

「はいっ!! ハウウェル先輩の弟子ですっ!!」

「え? 弟子?」

「や、違うから」

「そんなっ、ヒドいですよハウウェル先輩! って、なんでそんなところに座っているんですか? 服が汚れますよ? あ、もしかして怪我でもしたんですか? 大丈夫ですか? 立てます?」


 と、わたしにいきなりタックルをかましたアホが手を差し出す。


「ははっ、つい今し方、どこぞのアホにタックルかまされて転ばされたんだけどな?」

「ハウウェル先輩にそんなことをする奴がっ!? 一体誰ですかっ!?」


 と、辺りを見回すストールぐるぐる巻きの頭。その状態で見えるのか? というか、なぜにそんな格好しているんだか?


「や、今ハウウェル押し倒したのお前じゃん」

「ふぇ? ええっ!? 僕ですかっ!? ごめんなさいハウウェル先輩っ!!」


 がばっと頭を下げるエリオット。


「な、な、ハウウェル。もしかしてアホの子?」

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