この状況を狙っていたっ!
レース、再開。
様子見でゆったりと走らせていると、先輩の方はやはり具合が悪いのか、先程よりもペースダウンしている。まぁ、吐いた後って、気持ち悪いよねぇ。そして、揺れるともっと気持ち悪くなるという悪循環。
半ば意地で走っているのかもしれないけど、頑張れるところまで頑張ればいいと思う。
一応、落馬とかしそうなら助けてあげるとしますか。わたしとの勝負で大怪我でもされたら、かなり寝覚めが悪いし。
と、先輩の様子とその馬、そして自分が乗ってる馬の様子を見ながらトラックを進む。
お腹が空いたと思ったら、ポーチからお菓子を取り出して口に放り込む。
喉が渇くのと、暑いのは我慢。一応、暑いことは暑いけど、風はめっちゃ感じているから我慢できないこともないし。
タッタカとひたすら駆け、ぐるぐるとトラックを回る。ぐるぐる、ぐるぐると・・・
「……ぁ~、眠くなって来た……」
今日は早起きしたからなぁ・・・って、こういう気の緩んだときに事故が起こり易くなるんだよね。
目、覚まさなきゃ。と、お菓子を口に放り込む。キャラメル美味しい。糖分が身に染みる。
そうこうしているうちに、四時間が経過。
二回目の休憩時間。
スタートの位置まで戻って馬を降りると・・・
「ぅえっ……」
「?」
くぐもった呻き声がしたので横を見ると、先輩が馬に突っ伏していた。
どうやら、馬から降りられないくらい気分が悪くなってしまったらしい。先輩の取り巻きっぽい二人の男子は、おろおろしている。
「大丈夫かー、ハウウェル」
と、テッドが寄って来たので頼むことにする。
「わたしは大丈夫だけど、先輩が大丈夫じゃないみたい。養護教諭を呼んで来てくれる?」
「おう、任しとけ。あ、これほい」
ぽいっとタオルをわたしに放って、
「ありがと」
テッドはダッシュで養護教諭を呼びに行ってくれた。さて、先輩を馬から降ろしますか。
「大丈夫ですか? 先輩」
「・・・」
声を掛けてみるも、先輩は口許を押さえて返事をくれない。吐きそうなのかな? 先輩の取り巻きは相変わらずおろおろしている。
「自分で降りられます? 降りられないようなら、手を貸しますよ?」
と、手を差し出すが、先輩は首を振ってわたしの手を取らない。
「ふむ……どうやら具合が悪いようだな。降ろすか。ハウウェルは馬の方を頼む」
「わかった」
レザンが先輩を降ろしてくれるというので、わたしは馬が動かないよう宥めることにする。乗ってる人を降ろしても、馬が暴走すると危ないし。手綱を握ったままで、中途半端に降りられず、馬に引き摺られても危険だ。
よしよしと馬を宥めていると、
「もういいぞ」
低い声が言った。
「わかった」
返事をして手綱を先輩の取り巻きに渡すと・・・
「くっ……」
先輩はぐったりと、レザンの肩に担がれていた。
「ああ、ちょっと待ってレザン」
そのまま先輩を運ぼうとするレザンを呼び止める。
「うん? なんだ、ハウウェル」
「先輩は具合が悪いみたいだから、きっと肩に担ぐと、更に具合が悪くなって吐くんじゃないかな? だから、
「成る程。わかった」
と、頷いたレザンは肩から先輩を降ろし、横抱きにして、颯爽と馬場の外へ向かって歩き出した。
「あ、あっちですあっち! って、先輩がレザンにお姫様抱っこされてるっ!!」
そして、養護教諭を連れて来たテッドが大きな声を上げた。
ギャラリーが一気に、俗に言う『お姫様抱っこ』の体勢でレザンに抱えられた先輩に注目する。
「動かないでください、落ちますよ先輩」
降ろせとでも言って足掻こうとしているのか、レザンの低い声が聞こえる。
「ふふっ……」
思わず洩れる笑み。
実は、先輩に勝負を吹っ掛けたときから……この状況を狙っていたっ!
長時間乗馬をしたことない人はきっと足腰が立たなくなる。だから奴には・・・お姫様抱っこで運ばれるという羞恥と屈辱を味合わせてやろうっ! と。
けど、まさかこんなに早く、そして上手く行くとは思っていなかったぜっ! よっしゃ、やったっ!
散々、人のことを「女顔」や「なよなよした奴」だとかのたまってた奴が、衆人環視の中で、それも男にお姫様抱っこで丁重に運ばれる、だなんてどんな気分なんだろうな?
わたしが運んでやってもよかったけど、ちょっと八時間乗馬の後は、先輩を落とさないでいられるか怪しい。その点、レザンなら先輩がどんなに喚こうが暴れようが、絶対に落とさないで運んでくれることだろう。あのお姫様抱っこの体勢のまま、是非とも保健室か寮の先輩の部屋まで、学園内をゆっくりと練り歩いてほしい。
きっと明日には、学園中で噂になることだろう。
いい仕事をしてくれたレザンとテッドには、後でデザートでも進呈しよう♪
と、運ばれて行く先輩を見ていたら、
「上機嫌ですね? ネイサン様。おめでとうございます、でいいのでしょうか? 勝負としては、尻切れトンボな感じになってしまいましたが……」
少し心配したような表情のケイトさんに声を掛けられた。部長を辞めろと因縁を吹っ掛けられたというのに、ケイトさんは彼の心配をしているようです。
「まぁ、この勝負は、わたしを舐めて掛かって節制をしなかった先輩が自爆したって感じですからねぇ」
「節制、ですか?」
「ええ。多分、先輩は朝食を普通に食べたのだと思います。そして、一回目の休憩のときに気持ち悪くなって吐いてしまったのだと。一応、さっきの……二回目のスタート時に、気分が悪そうだったので、棄権を促したのですが、ふざけるなと一蹴されてしまいました」
「スタートの前になにか話しているとは思いましたが、そんなことを話していたのですか・・・それでは、彼の自業自得の部分もありますね。仕方ありません」
「ええ」
「これで、一応勝負は付いたという形になると思うのですが、ネイサン様はどうしますか?」
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