さあ、耐久レース開始だ。
学園側に馬場の貸し切り申請をしたところ、使用時間は最大で朝の八時から夕方の十八時までの十時間とのこと。
それ以外の時間は、職員が時間外とのことで、不測の事態が起きても対処が難しいという返事だそうです。
まぁ、職員に『ボランティアで付き合ってください』とは言えないよねぇ。
一応、十二時間耐久レースとは言ったものの、馬場の使用時間の関係で十二時間以下になることも想定していたから、レース時間は十時間に変更になってもいい。
それから、養護教諭に参加のお願いをしたり馬丁や調教師の方へ相談をしたり、馬を選んだり、あれこれとレースの準備をして回った。
そして、あの不快な先輩にレースのルールや時間が変更になったことを伝えに言って、
「できないなら、素直にできないと言って謝ればいいものを。こんな茶番に付き合ってやる俺に感謝しろよ、女顔が」
だとかなんとか、イヤミを言われた上、女顔呼ばわりされてイラっとした。
「……決着はレースで……奴の面子を潰すのはレースで……奴を叩き潰すのはそれまで我慢……」
そう呟いて我慢したわたし、偉い。
テッドには、
「不気味っつーか、コワいから真顔でそんなこと呟くのやめろハウウェル!」
なんて言われたけど、あの野郎がムカつくから仕方ないんだよ。
あの野郎に対する苛立ち馬を乗り回して練習することで発散したり、体調を調えて過ごし――――
やって来ましたよ。耐久レース当日がっ!!
「……ふふっ、これでやっと……あの野郎に吠え面を掻かせてやれる……」
「ヤだっ、ハウウェルが朝からなんか変なテンションで気持ち悪っ!」
「失礼だな」
「……なんだ、今日は寝惚けてないのかハウウェル」
「今日は耐久レースだからな。早目に起きて準備をしていたのだろう」
「まあね」
「な、な、今からレースするってのに、朝飯こんだけでいいのか? つか、いつもより少なくね? 足りなくね? こんなんで勝てんの?」
と、控え目に用意したわたしの朝食を見て、心配そうな顔をするテッド。
「ああ、長時間乗馬をするときに腹一杯食うと吐くからな」
応えるのはレザン。
「マジ?」
「マジだね。忠告を聞かないでお腹一杯食べた奴が吐いたのを見て、何度食事が勿体ないと思ったことか……」
「まぁ、いい勉強になったことだろう。人は、血反吐を吐くことで強くなる」
「いや、なに言ってんのお前?」
重々しいレザンの言葉にツッコミを入れるテッド。
「うん? 訓練で腹を殴られたり、頭や顎にいいのが
「ぁ~、あれは結構キツいよねぇ。お腹やられたときなんか、
「ヤだ! いきなりバイオレンスな話になったっ!?」
「……相変わらず、顔に似合わないことをさらっと言う奴だ」
「なあ、お前らそれ本当に大丈夫だったのかよ?」
「うむ。訓練を受けているうちに慣れるからな」
「まぁ、気を付けていれば、そんなに攻撃がクリーンヒットするようなことも減るからね。それに、どっちかと言うと、わたしはレザンや他の奴にやられた奴を介抱することの方が多かったし。汗臭い野郎共を何度運んだことか……」
「ホンっト、顔に似合わねえ!」
「顔は関係無いでしょ」
なんて言い合いながら、朝食を食べた。
「よし、それじゃあ行くか!」
「うむ」
「ふふっ、先輩がどんな顔をするのか楽しみだな」
馬場に向かう前に、
「……暇だったら、見に行ってやってもいい」
リールがぼそりと言っていた。
さあ、耐久レース開始だ。
♘⚔♞⚔♘⚔♞⚔♘⚔♞⚔♘
最初に乗る馬は、複数頭見繕った中から調子の良さそうな子を選んで決めた。
「よろしくね?」
と、声を掛けてからトラックへ向かう。
「・・・なんか、ギャラリー多いな」
いつもの馬場には乗馬クラブの部員かクラブの見学者が十名ちょいいるくらいだというのに、今日はなんだか人が多い。
休みのときには見学者が増えたりするけど、朝早くからこんなにいるところは見たことない。どこぞで耐久レースの話を聞き付けて、暇な生徒達が見学をしに来たのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「ネイサン様」
少しだけ心配そうな顔をしたケイトさんがやって来ました。
「あまり無理はしないでくださいね」
「はい。大丈夫です。必ずや、あの野郎に吠え面を掻かせてみせましょう。楽しみにしていてくださいね? ケイトさん」
「ええと、そういうことではないのですが……」
わたしの決意表明に、なんだかちょっと困った顔をするケイトさん。なんでだろ?
「ネイサン様。呉々も事故の無いよう、怪我の無いよう、気を付けてくださいね? 少しでも無理だと思ったら、勝敗に構わず棄権してください。元は、わたしに挑まれた勝負ですので。ネイサン様になにかあったら、わたしはセディック様に申し訳なくて、顔向けできなくなってしまいます」
「ふふっ、大丈夫ですよ。十時間耐久レースなんて、騎士学校の訓練に比べたらなんてことないので……あ、これはセディー達には内緒でお願いしますね?」
「……ええ、わかりました」
心配そうに、けれど微笑んで頷くケイトさん。
「わたしは大丈夫ですので。ケイトさんはあの野郎の吠え面を楽しみに、大船に乗ったつもりで見ていてくださいね? では、行きましょうか」
と、馬を連れてスタートの位置に向かった。
「ハッ、どうやら逃げずに来たようだな。どうせ恥を掻くなら、不戦敗の方が無駄な労力は使わなかったんだがな?」
隣に並んだ野郎から、早速飛んで来るイヤミ。
ははっ、もう勝つ気でいやがるよ。気が早いことで。しかも、わたしの負けは確定で、恥を晒す前に棄権しろって? その言葉、後で絶対後悔させてやる。
「ご心配ありがとうございます。先輩の方こそ、後で『体調が悪かったから負けた、今のは無効。もう一度勝負だ』などという見苦しい真似はやめてくださいね?」
にっこりと微笑んで返せば、
「いいだろう! 絶対後悔させてやるっ!!」
顔を赤くさせて声を荒げる先輩。
そして、レザンと先輩が選んだ記録係が紹介されて、部長であるケイトさん立ち合いの下、公平を期する為に調教師の方が審判として裁定すること、正々堂々と勝負することを宣誓し、ルールとお互いの勝ったときの条件の確認。
「俺が勝ったら、お前は副部長をやめる。そして俺は、改めてセルビアに、部長の座を賭けた勝負を申し込む」
「ええ。いいでしょう。わたしが勝ったら、先輩にはセルビア部長と部員に謝って頂きます」
「ハッ、万が一も無いとは思うが、いいだろう」
よっしゃ、言質は取った!
是非とも、みんなの前で謝って頂きましょう。
そして、事故や怪我に対する注意事項を聞いて、わたしと先輩以外がトラックの外周から退避して――――
馬に乗り、定位置へ。それから旗が振られ、レーススタート。
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