……今生の別れでもあるまいし。


「もう、だめだっ……頭パンクしそうっ!?」

「・・・素振りでもして来る」

「……お前らな? 人の家まで押し掛けて来て勉強を教わっているクセに、なにを言っている。そして、人の家を勝手に歩き回ろうとするなレザン」

「え~、だって今、おにーさんもライアン先輩もいないしー。ハウウェルしかいないじゃんよ。つか、いつもこんな勉強してんの? ハウウェルはさ」


 今はセディーとライアンさんがいなくて自習中。ぽいっとペンを投げたテッドと、暗い顔で席を立つレザンを呆れ顔で窘めるリール。


「なに言ってるの? まだ始めてから三時間も経ってないでしょ。わたし、去年の今頃は毎日六時間以上は勉強してたよ?」

「マジかっ!?」

「マジだよ。前期分の詰め込みと、テスト対策で」

「……毎日数時間の勉強は普通じゃないのか?」

「優等生がなんかすごいこと言ってやがるっ!?」

「特待生は成績の維持が大変そうだな」

「学費免除の為だからな」

「リールは教え甲斐があるってセディーが言ってたよ」

「本当か」

「うん」


 頷くと、リールが少し照れたように小さく笑った。おお、ちょっと珍しい。


「な、な、俺は? ハウウェル」

「ああ・・・うん。がんばれ」

「ちょっ、なんでそこで顔を逸らすっ!?」

「……そう言えば、前にセディーが言ってたんだけど」

「うん? なにをだ?」

「勉強を教えたくない相手には、わざと解り難い資料を山程積み上げて、最低限それを読破してちゃんと全部把握してから出直してね? って感じで追い払うんだって。よかったね? まだ・・言われてなくて」

「はっ!? なっ、それどういうことっ!?」

「人に教わっておいて飽きただとかふざけたことを言っていると、セディック様に見放されるぞということだろう。レザンも、席に着け」

「・・・わかった」


 と、リールに諭されて席に戻るレザン。


 そんな風にわちゃわちゃと勉強をして過ごして・・・


 二日後の夕食時。


「・・・わたし、そろそろ学園に向かおうと思うんですけど」

「えっ!? もう行っちゃうの? ネイト……」

「もうって、そろそろ新学期が始まるから。寮に入っとかないといけないでしょ。ギリギリで行くと、すっごく混むし」

「そうだね……」


 しょんぼりした顔をするセディー。


「そうか。では、馬車の手配をしておく」

「はい。お願いします。で、ついでにコイツらも連れて行きますので」

「寂しくなるわねぇ。またいつでも遊びにいらっしゃい」

「ありがとうございます、ネヴィラ様」

「いや、おばあ様。そんなこと言ったらコイツらが調子に乗りますから」


 もう、ホンっト図々しい連中だよね。人がとっとと帰れと思っていることを知っていて、ずるずると今日までうちに滞在しやがって。


 しかもコイツら・・・レザンはいつの間にかお祖父様とチェスをしたりとか、テッドは侍女達とお茶をしていたり、リールはライアンさんと話し込んだりと、なんかうちに馴染んでいるし!


「もう、ネイトったらまたそんなこと言って」

「大方、照れているのだろう」


 照れる照れないの問題じゃないんですけどね。


「というワケで、明日は学園に向かうからちゃんと準備しておいてよね」

「助かります。ありがとうございます」


 と、翌日には学園へ向かうことにした。


✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰


「いつでも帰って来ていいからね? 誰かにいじめられたらすぐに言うんだよ?」

「もう、大丈夫だって」


 心配そうな顔でぎゅ~っとハグをして来るセディーの背中を、ぽんぽんと叩く。


「セディーは心配性ねぇ。ほら、もう放しなさい。ネイトが困っちゃうでしょ」

「はい……」

「それじゃあ、行って来ます」

「いってらっしゃいませ、ネイサン様」


 いつものようにセディーとおばあ様。そしてそこに、微笑ましいという顔をしたライアンさんがプラスされて、三人に見送られて馬車へ乗り込むと……


「麗しき兄弟愛だな」

「相変わらず、ブラコンっぷりは健在だなー」

「……今生の別れでもあるまいし」


 うんうんと頷くレザン、ニヤニヤと笑うテッド、呆れ顔のリールと三者三様の反応。それぞれに微妙にムカついてイラッとする。


「ウルサいな。四年前は、学園寮で会う筈だったのに、一年以上会えなかったんだよ」


 そして、次に帰省できるのが中間テストの後になるから、一月ひとつきくらいは会えない。


 別れるときにはいつも、セディーは不安そうで、寂しそうな顔をしているし・・・


 というか、今まであまり深く考えることはなかったけど・・・出掛けるときにちゃんと戻って来れるのかをわたしが不安に思うように、実はセディーも、ネイトわたしがちゃんと帰って来るのかを不安に思っているのかもしれない。


 セディーは、わたしが物心付く前(乳児期から二歳まで)にお祖父様とおばあ様にこの家で育てられていたことや、クロシェン家に預けられた(六歳から十歳まで)こと、そして騎士学校に入れられた(十二歳から十五歳まで)ことなど、わたしとは年単位で何度も離れ離れになっている。


 だから、次はいつネイトわたし会えるだろう? って、離れるときは不安になるのかもしれない。


 今はお祖父様とおばあ様の家にいることだし、滅多なことはないから大丈夫だとは思うけど・・・一度染み付いたそういう不安さは、なかなか消えないからなぁ。


「ああ……騎士学校は二年に進級して、更に成績優秀者でないと外泊の許可が下りなかったからな」


 レザンが思い出したように口を開く。


「うわ、それマジで学校?」

「うむ。軍事関係者の多く通う、厳しい騎士学校というのが有名になってな。それで、やらかした貴族子弟を更生させる為に入学させることも増えたそうだ。更に、なかなか生徒を外に出さない寮制ということもあり、ワケ有りの者も結構いたぞ」

「・・・わー、一応お前らが通ってたとこヤバそうだとは思ってたけど、なんか想像よりヤバそうなとこ通ってたんだな」

「まあね」

「もしかして、ハウウェルが喧嘩っ早いのってその影響か?」

「うむ。そうだろうな」

「や、なんで君が答える。というかわたし、そんなに喧嘩っ早い方じゃないと」

「いーや、ハウウェルは怒りっぽい。なんだったら、レザンより気が荒い」


 わたしの言葉を遮って断言するテッド。


「いやいや、そんなことはない」


 否定するも、


「……短気な自覚が無いのか」


 リールがぼそりと呟く。


「見た目は強面イケメンだけど、なんだかんだレザンは案外鷹揚だかんなー」

「うん? そうか?」

「おう。見た目の割に取っ付きやすいぞ。ま、それはハウウェルもなんだけどなー」


 そんなことを話しながら馬車に揺られて学園へ。


✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰

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