ありがとう、レザン君。


「・・・ふむ。全員寝てしまったか」


 ふと気付くと、さっきまでの声がしなくなっていて、顔を上げると各々がテーブルに突っ伏していたり、ソファーに沈んでいたりと、誰も動いていなかった。俺もちょっと、意識が飛んでいたようだ。勉強で少し疲れていたのかもしれない。


「えっと、どうしましょうか?」


 ライアン先輩が困った顔で聞いて来た。どうやら、起きていたらしい。それとも、俺の声で起きてしまったのだろうか? そう思いながら考える。


「そうですね、この二人は後でベッドに運んでおきますが・・・」


 起こして起きないなら、運んでやるのもやぶさかではない。意識の無い人を運ぶのは慣れている。


 だが、ハウウェルは・・・寝起きが悪かったからな。起こしたところで、素直に起きてくれるだろうか? そして、ここはハウウェルの家だ。訓練があるワケでもないのに、騎士学校生の頃のように殴ってでも無理矢理起こすのは、さすがにまずいだろう。


 確か、セディック様も寝起きが悪いのだということを、以前にハウウェルが言っていた。「わたしの寝起きが悪い? 一応これでもわたし、兄よりはマシなんだけどな」と。


「ヒューイ様に確認をお願いします」

「わかりました」


 俺の無難な答えに、安心したような顔で部屋を出て行くライアン先輩。


 それから程なくして、ヒューイ様がいらして、ハウウェルとセディック様とを起こして自室に戻るように促した。二人は寝惚け顔で頷いてふらふらと部屋を出て行ったが、ライアン先輩と侍女も一緒に付いて行ったから大丈夫だろう。


「すまなかったな。君達が来て、少しはしゃいでしまったのだろう」

「いえ、我々も似たようなものですので」


 ピクリともしないテッドとリールを見やる。


「そうか・・・」


 と、俺をじっと見据えるヒューイ様。


「俺になにか?」

「・・・ネイサンは見ての通り、美しいネヴィラによく似ている。騎士学校ではネイサンを守ってくれたこと、改めて礼を言う。君が、ネイサンの目付役だったのだろう? お陰で、何事もなく無事にあの場所を卒業できた」


 ヒューイ様の言葉に、少しだけ驚く。


「知っていたのですか」

「これでも、侯爵だからな。話を集める方法は幾らかある」

「そうでしたか。お気になさらず。ハウウェルは確かに綺麗な顔をしていますが、負けん気もかなり強いので、やられたらちゃんとやり返せる奴でしたから。それに、腕の方も決して弱くはなかったので。歴代の先輩方よりも、俺は楽をしていたと思います」


 確かに、俺がハウウェルの近くにいたことで、良くない意味でハウウェルに関わろうとする輩が減ったことは事実だ。しかし、俺が動く前にハウウェルが自力で解決していたことも事実。


 それに、騎士学校には『美しいものを愛で隊』という非公式な組織があって、むさ苦しい騎士学校において、美しいものを愛でたいという酔狂な生徒が発足させたという組織がある。彼らの活動は多岐に渡り、絵画や美術品の保護、花壇の世話や校内に迷い込んだ鳥獣の世話などなど、普通に園芸部や美化委員だと思われるような活動から、一般的に美しいとされる容姿を持つ生徒をがさつな野郎共に潰されないよう、さりげなくフォローするということも自主的にしていた。


 更には、『腹黒姫ファンの会』……ハウウェルが姫呼ばわりをいとった為に名を改め、『腹黒麗人ファンの会』というハウウェルの非公式ファンクラブもあったからな。


 こっちでも、セルビア副部長の『ケイト様を見守る会』という存在を知ったときには驚いてしまった。なんというか、綺麗な顔をしている人はどこでも目立つものらしい。


「そうか。ネイサンは、気性の方もネヴィラに似ているからな」


 うんうんと嬉しそうに頷くヒューイ様。


 まぁ、ハウウェルから聞いた話によると、ハウウェルよりもネヴィラ様の方が少々過激な気もしないではないが・・・


「それでも、保護者として礼を言う。ありがとう、レザン君」


 じっと俺を見据えるヒューイ様へ頷く。


「どう致しまして」

「では、わたしはこれで失礼するとしよう。ゆっくり休むといい」

「はい、ではおやすみなさい」


 と、ヒューイ様が部屋から出て行った。


 まさか、知られていたとはな。


 その昔、俺達の母校である騎士学校で、とある生徒が遺書を残して自殺をしたことがあったそうだ。彼は、一般的に見て美しいと称されるような顔をしていたそうで・・・遺書には、彼の受けた屈辱的なことが綴られていたのだという。


 それを重く受け止めた当時の学園関係者達が、このようなことは二度と起こしてはならないと、遺書で名指しされていた生徒を徹底的に調べた上で厳罰に処し、「綺麗な顔の生徒、華奢な体格の生徒、気弱な生徒のことを気に掛けるように」と、軍関係者の子弟に通達を出したのだとか。


 それから数十年が経った今では、軍関係者の子弟の中でも成績上位者は、『万が一の・・・・最悪の・・・事態・・が起きないように』と、不逞の輩に狙われそうな生徒をそれとなく見守るようにと頼まれることがある。


 兄貴達も、在学中には毎年頼まれていたと聞いた。まぁ、性格的に問題のある奴には、そんな頼み事はされないそうだが。


 そして俺は、ハウウェルのことを見守るようにと頼まれていたというワケだ。


 武骨な男しかいない空間で、綺麗な容姿、華奢な体格の者は目立つからな。ハウウェルは、間違いなく俺達の世代では一番の美人だった。


 初めてハウウェルを見たときには、場違いな奴が入学したと思ったのだが・・・ハウウェルは、最初に絡まれたときに誰かが間に入る前に見事なヘッドバットを相手へとめ、更にはぶつかってしまっただけだと寮監にも上手く言い訳をしていたからな。見た目に似合わず、なかなか骨のある奴だとも思った。


 その後、俺がハウウェルの目付役に決まった。


 対象との相性も鑑みて、相性が悪いと外されることもあるそうだが、俺は三年間ハウウェルのことを見ていた。


 まぁ、ハウウェルの他にも注視していた奴はいたが……とある国の某王族だとか。彼については、明確に・・・不審な・・・事故・・が多かったからな。教官も含め、複数人が彼のことを見ていた。彼も、そのことは承知していたように思う。


 俺達の代は負けん気の強いハウウェルがいたお陰で、他の綺麗な容姿をした生徒も比較的過ごし易かったらしい。そういう・・・・問題・・が少なくて助かると教官が言っていた。


 それにしても、今日は・・・


 ハウウェルは騎士学校時代。校外へと訓練や演習に向かうときなど、やたらと現地までの道のりや地図、荷物の確認、徒歩で戻ることなどの想定を、何度も何度も繰り返していた。それを周囲は、真面目だとか副官に向いているという風に捉えていたが・・・


 ちなみに、某王族も賊や獣に襲われる想定、怪我をして遭難などもあり得る、と言ってハウウェルとああでもないこうでもないと話し合っていた。それを見た教官達は、「頼むから想定外のことは起こらないでくれ」と、神に祈っていたな。祈りが通じたこともあったが・・・通じなかったこともあった。


 ハウウェルのあれは、身内に二度も置いて行かれたトラウマが関係していたようだ。


 ハウウェルの家庭環境はあまりよくはないということは薄々察していたが、今日はセディック様とネヴィラ様、ヒューイ様に囲まれるハウウェルを見て、そんなに悪くはないようで安心と……少しの不憫さを感じてしまった。


 うちは代々軍人の家系なのでそれなりに厳しく育てられはしたが、家族から嫌われていると思ったことはない。俺は末っ子ということもあり、そこそこ好きにさせてもらってもいるし、アホだバカだと言われることもあるが、可愛がられているとも思っている。


 だから・・・実の母親にあんなことを言われて育ったハウウェルの気持ちは、俺にはわからない。だが、両親には疎まれていても、他の家族には可愛がられていることは、ハウウェルにとっては幸いだと思う。


 ハウウェルの家庭環境は、他人から見ればよくないものだろうとは思う。しかし、最悪という程には悪くない。騎士学校時代にはとある国の某王族などを筆頭に、ハウウェルよりも家庭環境が劣悪な連中はざらにいたからな。


 だが、それを家庭環境の悪くない俺が言うのも間違っていると思って、これまで特に口出しはしなかったが・・・


 この家がハウウェルの帰る家で、ハウウェルにはセディック様、ネヴィラ様、ヒューイ様という家族がちゃんといることに、安堵した。


「さて、そろそろ寝るか」


 テッドとリールは、起こしても起きなかったらベッドへ運んでやるとしよう。


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