わたしはいい加減寝たいんですけど?


「仕方ないですね。安眠妨害は至極迷惑なので……」


 溜め息を吐いてチラッとカーテンを捲ると、


「さあ、うちの話を聞くっす!」


 ふふんと笑うアルレ嬢。けど……


「そうですね……窓辺に不審者が出没すると、寮監に相談することにします」

「ここでそう来るとはっ!? ハウウェル様って、マジでウチに容赦ねぇっすよね・・・」

「容赦なら、していますよ? 問答無用で人を呼んではいませんし。女子生徒が男子寮に侵入していることについても、黙っているじゃないですか」


 今はまだ、ですが。


「そうっすか・・・そう言や、ハウウェル様って女嫌いでしたっけ?」

「別に、女性自体が嫌いではありません。単にあなたを信用していないだけです。幾ら諜報員見習いだとしても、今までの態度で信用があるとでも?」

「それを言われると痛いっすねー。でもまあ、ウチも今年度で卒業っすから。ハウウェル様と話す機会はもう無さそうなんで、今のうちに話をしたいと思ったんすよ」

「・・・わたしは特に話すことは無いのですが」

「ほんっと、つれねぇ人っすねー。まあいいっすけど。とりあえず、ハウウェル様の、ナルシストのイタい奴だっつー汚名を被ってでも、ウチの勧誘を断ろうという心意気に免じて、上には『ネイサン・ハウウェル子爵令息は条件が良くて諜報部へ勧誘しようと思っていたが、コンタクトを取ってみると性格に難ありのナルシストだということが判明したので、勧誘は断念した』と、報告しといたっす」


 ナルシスト疑惑を掛けられる発言をしたのは自分だけど・・・アルレ嬢にイタい奴扱いされるのは、なんだか非常に納得がいかない!!


「・・・普段アレなあなたに、イタい奴呼ばわりはされたくないですね」

「ウチはアレ、作ってるっすから」


 ふふんと胸を張られた。


「まあ、『鏡を見慣れてる』っつーナルシスト発言をされたときにゃ驚いたっすけど、よくよく考えるとハウウェル様って、顔綺麗って誉められんの、あんま好きじゃねぇのは見てて判るし。ナルシスト呼ばわりされんのを甘んじて受ける程、ウチの誘いを断りたかったんすねー? と」


 常々人の話を聞かない人だとは思っていましたが・・・実は案外、人のことを見ているようですね。敢えてのあの態度ですか。


「っつーことで、ナルシストを理由に、ハウウェル様を諜報部には不適格な人材だと報告したウチに感謝してもいいっすよ?」

「そもそも、わたしに目を付けていたのはあなた一人でしょうに」


 アルレ嬢がわたしの勧誘を諦めれば、それで問題は無い筈だ。


「ヤだな、そんな筈ねぇっすよ。ハウウェル様ってば、自己評価低過ぎなんじゃねぇっすか? ウチ、前からずっと言ってるじゃねぇっすか、ハウウェル様程条件のいい人材はなかなかいねぇって。大体、クロフトの三男様だってハウウェル様に目ぇ付けてんじゃねぇっすか? あの人がこの学園通ってんの、違和感あり捲りっすよ」


 その可能性は・・・否めなくもない。レザンからお誘いを受けたり、「鍛錬が足りないぞ、ハウウェル」なんてよく言われたりもする。でも、レザンは・・・


「レザンは脳筋だけど、アルレ嬢よりはしつこくないし。余裕で断れますので」

「ぁ~、ハウウェル様ってほんっとに軍人になるつもり無いんすねー。ウチの誘いを断ってんのは、自分の価値の吊り上げと、好条件を引き出す為の駆け引きだと思ったんすけど、ガチで断ってたんすか……諜報部じゃなくても、クロフトの三男様のお誘いを受けたら、エリートコースまっしぐらっすよ? バリバリ出世できるっす」

「わたしは、平穏に暮らしたいので。あんな殺伐とした世界は嫌です」


 そう言うと、


「はぁ~・・・平穏、っすか~。その、顔だけで食ってけそうな見目しといて」


 繁々とわたしを眺めるアルレ嬢。


「なんですか、そのなんとも言えない評価は」

「ほら? ヒモとか結婚詐欺、ツバメなんかで一生食ってけそうな見目してんじゃねぇっすか、ハウウェル様なら男も女も関係無くイケますって」

「誰がするか!」

「怒んねぇでくださいよ? 例えっすよ、例え。そんくれぇ綺麗な顔って誉めてんすよ」

「それは断じて誉めてない!」

「は~、顔がいいってんのは、それだけで人生得してるようなもんだと思うんすけどねー? ウチも、もうちっと綺麗系な顔してたら、苦労してあんな馬鹿女の振りしなくてもガンガン馬鹿共をたぶらかせてたんすかね?」

「知りませんよ。そんなの。というか、してたんですか? 苦労」


 アルレ嬢の顔は、どちらかというと可愛い系。その顔とあざとい演技とで……


「何人も破滅させておいて」


 まぁ、彼女が任務で破滅させているのは、難あり貴族子息という話ですけど。


「それって~、苦労なんてしてなさそうに見えるくらい、わたくしの演技が自然に見えるってことですか~?」


 あざとい仕種と話し方でわたしを見やるアルレ嬢。やはり、こちらの方が嫌ですね。


「自然というか・・・あなた、割とたのしんでいるでしょう? そのイイ性格が時折滲み出ていますよ」

「ふふっ、それは否定できませんね~。わたくしが頑張れば~、その分クズが減ると思えばやり甲斐もありますから~」


 クスクスと笑うアルレ嬢。


 ・・・もしかしてこの人、実はクズな貴族に恨みでもあったりするんでしょうか?


 まぁ、クズな貴族のクズな行動自体が、誰かに恨まれるのには十分過ぎる程の動機になると思いますが……クズな連中のすることに巻き込まれたり、迷惑を被ったりするのは大抵、弱い立場の人達ですからね。


 一応、アルレ嬢も今は諜報員見習いですが、身分としては平民。しかも、実家は商家……を隠れ蓑にした軍人の家系だそうですし。


「でも・・・三年も似たような連中をどうこうしてると・・・ぶっちゃけ、飽きて来るんすよねー。どうして馬鹿共って、おんなじような行動ばっかするんすかね?」


 心底呆れたような表情。


「そんなの知りませんよ」


 馬鹿共の行動が似通っているというのは、なんとなくわかりはする。でも、馬鹿にオリジナリティー溢れる馬鹿な行動をされても、それはそれで色々と面倒だと思うんだけどなぁ・・・


 まぁ、それはそれとして。


「話は以上ですか? アルレ嬢。わたしはいい加減寝たいんですけど?」

「え~もっとウチの話聞くっす! 今までウチのことどんだけ蔑ろにして来たと思ってんすか!」

「押し付けがましい勧誘をする迷惑な人や、深夜に人の部屋の窓に張り付いて安眠妨害をする迷惑極まりない人にする対応にしては、わたしは随分と譲歩しているつもりですが?」


 なぜか話し込んでしまったが、わたしは眠い。


「めっちゃ久々なんすよっ! こうやって作ってねぇ素で人と話すのはっ!」


 ・・・そう言えば、アルレ嬢はなかなか仕事熱心な人でしたねぇ。馬鹿の振りをして難ありな馬鹿な貴族令息の相手をし、その馬鹿を転がして自滅させるのがアルレ嬢のお仕事のようですし。


 馬鹿の振りをして馬鹿と付き合う。それを想像してみると・・・なかなかに苦行のような気がします。話の通じない馬鹿に付き合うのは、無駄に疲れますからねぇ。


 クズな人間が人の上に立つと、色々とやらかしそうですからね。国益や一般市民の為という観点では、アルレ嬢のしているお仕事・・・というのは、非常に重要な仕事かもしれませんが・・・


 うん、普通に無理だわ。わたしを後釜にと考えていたアルレ嬢は、間違っていると思います。選定条件だけで物事を決めると、大失敗することがありますからね。


「それはそれはお疲れ様です。では」


 捲っていたカーテンから手を放し、キッチリと閉めてからベッドへと向かう。


 窓の外から、まだなにかを呟いているような声がするような気もするけど、わたしは眠い。


 まぁ、大きな声で騒いだりして注目を浴びると困るのはアルレ嬢の方ですし。暫く放置していれば、またいなくなるでしょう。


 頭から毛布を被って寝た。


✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰

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