けーとねーしゃま!


 週末や長期休暇に帰省する度にリヒャルトと一緒に過ごして、その可愛さにきゅんとして、リヒャルトのできることが増える度に感動して、その成長を見守って――――


 そういう風に過ごしていたある日。


「ケイト。話がある」


 と、父から切り出されたのは・・・


「リヒャルトは健康で、特に問題がなさそうだからな。そろそろ、セルビアの次期当主として扱おうと思う。今までケイトにはつらい思いをさせたが、これでお前は自由だ。今までの分、しばらくは好きに過ごして構わない」


 父がリヒャルトをセルビア伯爵家の次期当主として遇するというのなら、わたしは次期当主候補から外されるということです。


 そして、次期伯爵候補から、ただの伯爵令嬢になるということですね。


 まぁ、別にいいですけど。


「わかりました。では、失礼します」

「ま、待てケイト」


 早くリヒャルトのところに行きたいのに、呼び止められてしまいました。


「はい? なんでしょうか? お父様」


 振り向くと、


「そ、その、だな。お前さえよければ、リヒャルトに当主としてのあれこれを教えてやってくれないか? お前達は、仲が良いだろう?」


 父が、わたしとリヒャルトの仲が良い、と言ってくれました。


 とうとう、わたしがリヒャルトを愛していることを認めてくれたのですっ!?


「もちろんですお父様。では、早速リヒャルトに伝えて来ます」


 と、部屋を出ました。


 「あ、待て ケイト、 お父様 ともっと 話、を……」


 ドア越しになにか声が聞こえたような気がしなくもないですが、早くリヒャルトのところへ行かなくては!


 ああ、リヒャルトに勉強を教えることができるなんて・・・


 どういう風に教えればいいのでしょうか?


 わくわくしながらリヒャルトの部屋に行き、


「リヒャルト!」


 ドアを開けて両腕を広げると、


「けーとねーしゃま!」


 パッとわたしを呼びながら駆けて来て、ぎゅ~っと抱き付いて来ます。


 ああ、可愛いっ♡


「リヒャルト」

「はい、なんですか? けーとねーしゃま」


 きょとんと首を傾げてわたしを見上げるリヒャルトも、最高に可愛いですねっ!


「そろそろ、リヒャルトもお勉強をしなくてはいけません」

「おべんきょー?」

「ええ。それで、リヒャルトのお勉強を、偶にお姉様が教えることになったのですよ」

「おねーしゃまとおべんきょー?」

「はい。一緒に頑張りましょうね?」

「はーい」


 素直な返事です。


「ああもうっ、リヒャルトはなんて可愛いのっ♡」

「きゃー♪」


 ぎゅっと抱き締めると、高い声を上げてころころと笑うリヒャルト。


 こうして、週末、長期休暇をリヒャルトと一緒に遊んだり、当主教育をしたりして過ごして――――


 リヒャルトの可愛さに夢中で、リヒャルトのことで頭が一杯だったわたしを、深刻な顔をした婚約者が訪ねて来たのです。


 すっかり忘れていましたが、わたしには婚約者がいたのでしたね。


 この方とは、婚約が決まってから数年来の付き合いで、リヒャルトが生まれる前までは、一応仲良くしようと思っていたのですが……


 当主補佐としての勉強をしにうちに通っていたのですが、あまりわたしに顔を見せには来ませんでした。勉強が終わると、疲れたとさっさと帰ってしまっていましたし。


 わたしの誕生日にはプレゼントを頂いたとは思いますが、筆記用具などの消耗品だったような気がするので、特に嬉しいとも思わなかったですね。一応、わたしもプレゼントはお返ししましたが、義務的なものでした。


 それに、なによりこの人は・・・リヒャルトの誕生を、祝ってはくれませんでした。


 わたしがリヒャルトとよく過ごしていることを知っていても、挨拶にも来ない。そんな人の印象が薄いのも当然のような気がします。


「それで、お話とはなんでしょうか?」

「どういうことだ? 君が次期伯爵候補から下ろされたというのは? 弟が生まれても君は、変わらずに当主候補だと言ったじゃないか? 騙したのかっ?」


 いきなり捲し立てられました。


「騙したワケではありません。元々、そういう条件の婚約だった筈です。セルビア伯爵家に嫡男が誕生したら、わたしは跡取りから外される。ケイト・セルビアは暫定の次期当主候補。そういう風に契約書を交わし、あなたの家と婚約したのですから」

「!」


 そんな驚いた顔をされても困るのですけどね。


「わかって頂けましたか?」


 婚約者の顔を見詰めると、


「……伯爵にならないなら、君のように冷徹な女とは結婚したくない。自分が上に立つことしか考えず、男を立てることを知らないからな、君は!」


 始めは小さな声だったのに、言っている途中から興奮したのか、怒鳴るような言葉に変わりました。


「そうですか」


 というか、始めから彼の婿入りが前提の、それも当主の伯爵はわたしという条件の婚約でしたから、わたしが彼を立てるのではなく、彼の方がわたしを立てるべきだったと思うのですが……


 特に、彼に支えられたような覚えはないですね。学園でも、学年が違うので、あまり顔を合わせないですし。


 そもそも、暫定当主候補の入婿その条件が嫌だったのであれば、わたしとの婚約を断ればよかったのです。


「では、婚約解消ということで宜しいですね?」

「君のそういうところが嫌なんだ! 泣いて縋って見せればまだ可愛げがあるのに!」


 泣けと言われても、この方のことは政略結婚のお相手としか見ていなかったので、婚約解消をしても特に悲しいとは思いませんね。


「君の弟なんか、生まれなければよかった!」

「・・・今、なんと?」

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